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神々のガラクタ船 ーWater alchemist and the Worldtree’s landsー  作者: 猫隼
Ch1・宇宙から失われたもの
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5・どこか別の宇宙から?(不吉な予言5)

[結局のところ、水がどのように失われたのか、わたしにはわからない。神々の敵との戦いの時、偶然に失われてしまったのか、それとも、それを失わせることでわたしたちは勝利できたのか。

 ここから先の話に根拠はない。

 だけど、とても愚かな私には、それが一番辻褄が合うように思えるの。だから、もっと賢い人に、このことを考えてもらいたい]

 その文章は、隣に出現させたモニターに表示させたザラ。


「これは生前の母が、自分の研究に関して、受け入れてくれるだけの研究機関に送った、唯一の公式論文の一節です。そしてこの後の最後の部分は、それはきっとバカにした言い方だったのでしょうけど、'不吉な予言'と呼ばれていたそうです」

 そしてザラは、その部分を続けて表示させる。


[かつて、天然の水はこの宇宙で最もありふれた分子だった。それがほんの一粒たりとも残らないような大激変なんて偶然に起こるだろうか。水は意図的に失われるように環境が変えられたと考えるほうが妥当だろう。

 だがなぜ水を消し去る必要があったのか。

 わたしは、神々の敵とは、つまり特定の物質を媒介(ばいかい)として規模を拡大する、特殊な形の寄生生物だったのでないかと思う。そこで、最もありふれていた物質、すなわち水を媒介として、それはあらゆる宇宙に広がり、どんな知的文明も呑み込んでいった。わたしたちにはそれを直接倒す術がなかったから、仕方なく、それが媒介とする水を消しさった。

 ここまではいい。恐ろしい敵がいた、しかしそれはもう無力化した。それで終わりのはず。

 だけど、実際にそれで終わりと考えられていなかったのは間違いない。なぜなら、神々という領域を跨ぐ存在の影響で、あらゆる宇宙に同盟関係が成り立ち、科学の発展は今の比ではなかったろう当時において、バックアップを取れなかったとは考えにくい。

 ようするに、水を失わせた者たちは、ずっと未来においてすら、それが復活させられることを望んでいなかった。

これは媒介物質がなくとも、敵は不滅であることを意味しているのだろう。

 また、わたしには、まだ用途がわからないけれど、その敵に対抗するために作ったのであろう武器群の性質は、おそらく戦いの期間の間、ずっと一貫していた。これは当時のどの知的文明も、その敵がどのような存在なのかをしっかり理解していたということでなかろうか。それはつまり、とっくにその敵の研究自体は完了していたということ。

 敵は、神々を殺し、戦いを始めるまでよりもずっと以前から、存在していたし、知られてもいた。


 それから、水が失われてからどれくらいの時間が経ったのか。とても長い時間なのは確かだ。そして我々にはもう、他の宇宙との共通の絆であった、神々という存在がいない。仮に、敵がすでに他のどこかの宇宙に現れているのだとしても、我々はそれを知りもしない。

 実際のところ、もう残された時間も少ないかもしれない。なのに今のわたしたちは、その敵がどのような存在かすらも忘れている。おそらくそれだけは急いで思い出す必要がある。

 理解する必要がある。


 実際どれくらいの時間がたったのか、私には自信がないのだけど、だけど、私なりに計算してもみた。

 明らかに、知的文明の誕生から水が失われる時までの時間よりも、水が失われてからこれまでの時間のほうが長い。

 この事実も受けとめるべきだと思う]


「この文の中で語られているいくつかのこと。例えば、天然の水がこの宇宙で最もありふれた分子で、それは意図的に失われたこと。武器群の性質が、おそらく戦いの期間ずっと一貫していたこと。知的文明の誕生から水が失われるまでの時間より、水が失われてからこれまでの時間のほうが長いことなどは、すべて高い確率で当たっていることです。私はこれらの部分については、おそらく母がそうであったよりも確信を持っています」

 そしてそうだと確かめるたびに、ザラは込みあげる不安を抑えられなかった。今、その予言を聞かされたばかりのミーケとリーザと同じように。

「ザラ、きみは、きみのお母さんがいうように、神々の敵がどのような存在だったのかを調べてて、そして手がかりのひとつが、失われた天然水だと思ってる、てことだよね」

 とりあえず確認するミーケ。

「その通りです。ついでに言っておきますが、わたしはあなたの喪失記憶の中にある天然水は本物だと思っています。そういうふうに感じるのでしょう、あなたの独学での成果をみるに、あなたもわたしの母のように、優れた直感力を持っているタイプだと思うんです」

「話聞く限り、仮にそうだとしても、きみのお母さんにはとても敵いそうにないけどね」

 本当に、他のどんな能力も、平均より劣っているような彼女が、直感だけを頼りにそんなシュミレーションにたどり着いたなんて、確かに大天才もいいとこだ。


「だけど、ミーケも確かにそういうところはあるよね。ほら、前にこんな複雑な計算どうやって短時間にって話になった時に、ある程度は適当にやってるって言ってたじゃない」

「前っていうか、それかなり前だろ。なんか今言われると、ちょっと恥ずかしいんだけど」

 20年来の友人の証言に、苦笑いするしかないミーケ。

「だけどどうして天然水を? それは結局失われているんでしょう。やっぱりミーケはそれより以前の時代からの?」

 けっこう当の本人に気を使いながらのようであるリーザ。

「いえ、それはないでしょう」と、即座に、かなりはっきり断言したザラ。

「別に根拠はないですけど、しかしそれはあまりにも長い時間です。その後に何があったのかとかも知らないですけど、しかしかつて水が存在してたという事実すらほとんど記録として残っていないほどの昔です」

 そして記憶を失われる以前に、それほど長い時間を生きていた誰かなら、その頃に関する手がかりが全然見つからないのは、わりと奇妙である。

「どこかにまだ天然水が?」

 自分の記憶を、かなり客観的に見ているようであるミーケ。

「この領域にはないでしょう。おそらくは知られている、というよりも神々やその敵と関わっていたどの領域でも失われたままでしょう。だから答はひとつしかないと思います」

 しかしそれもまたにわかには信じがたいような話。

「わたしは、ミーケ、あなたは、まだ私たちと関わっていなかった宇宙の別の領域に生きていた存在だと思うんです。なぜこっちに来たのかも、記憶を失ったのかもまだわからないですけど」

 その領域すら、かつての激変の影響を受けなかったとは考えにくい。しかし、そういう領域ならば、他の領域の誰にも知られない間に、また環境が変えられ、天然水が復活させられることは十分に考えられる。

「あなた自身に、研究に協力してもらいたいのはぜんぜん本当です。ですけど、わたしとしては最も興味があるのは、その記憶の中の天然水ということもちょっと本音です」

「それが知られてないかはともかく、おれが天然水のある領域を知っているとして、そこになんとか行ければ、貴重なサンプルも手に入るかもしれない」

「そういうことなのですけど、今のあなたはどう思いますか?」

「おれは」

 そしてそれが自分の体であることを確かめるように、その手のひらを見て、重ねたミーケ。

「もともと自分が何を忘れてるのかに関心があるし、きみのお母さんの研究が重要だということも同感だ。それ以前に、神々に、その敵に、他の知的文明に、水が失われた経緯。個人的にもとても興味のあることでもある。だからあらゆる形で研究に協力するのも異存ないよ。ただ」


 ミーケは、知能というものに関する物理的機構である神経系(しんけいけい)や、もっと根源的に重要な要素とされる心層空間(しんそうくうかん)と呼ばれるものに関して、ほとんど何も知らない。


「真面目な話さ。記憶を取り戻す事ってできるの?」

「それは、あなたの記憶がなぜ失われたのかによりますね」

 ザラはそのように言った。

「ミーケ」

 何か言いたそうに、しかし何も言わなかったリーザ。

 だけど彼女のその時の気持ちは、ミーケにもわかった。実のところ、同じことを心配していたから。

 もちろんまだ、かもしれないという段階だ。だが、それでも、もうあっさりとその思い出は復元されるかもしれなかったのである。

「やっぱり不安ですか? もし記憶を取り戻せたら、あなたが、あなたでなくなってしまうかもしれないことに」

 しかしザラも、その点に関しては、はっきり何とも言えない。


 記憶の獲得や喪失に関しては、基本的には神経系の物理的変化や操作のみが関連し、心層空間は実質的に関係ないことも多い。しかし神経系への操作、つまりは記憶喪失が意図的なものであるならば、可逆性(かぎゃくせい)の調整が成されてる可能性が高い。

 では心層空間が関係しているならどうか、と言えば、その方がおそらくどうしようもない。それに関して意図的に干渉する方法は、少なくとも"世界樹"には知られていないから。

 心層空間は、そういう概念が誕生してから本当に想像を絶するほどの時間が経っているにも関わらず、今だに謎に満ちている概念なのだ。

「まあ、わたしは正直、思い出せるかどうかということ自体、あまり期待できないとは思います。はなからわりと淡い期待ですよ」

「でも試してみるよ。自分が何者か思い出せるなら思い出すべきだと思うし。感情論とかじゃなくて、おれも科学者だから、ちゃんと客観的に考えてみてそう思う」

 それからリーザを見たミーケ。

 彼女も、わかっているとばかりに頷く。

「わたしは、科学者じゃないから、こういう時にどうすべきかって論理的に考えられるわけじゃないけど、だけどミーケが望むならいいと思う。だってわたしは、たとえどんな思い出を持ってたって、前どんな人だったって、ミーケはミーケだと思うから」

 笑みも見せた彼女に、彼もまた笑みを返す。

「それもそうだよな。結局今のおれはミーケだし、《フラテル》にいて、それに、リーザといるミーケだから」

「うん、そうだよ。わたしは結局ずっとあなたの、あなたの隣にいると思う」

「ほんと、心配することなんてないな」

 そしてそんな少しのやり取りだけで、ミーケの心はずいぶんと楽になる。


(親友、か)

 ザラにももちろん思い出はある。その中で大切なのは、ほとんどが母とのもの。それ以外は、ただほとんど独りでがんばってきたばかり。

「微妙にうらやましいような、くやしいようなですけど、だけど、だからなのかもですね。もしかしたらわたしは一番に、あなたたちに会いにここに来たのかもです」

 それは急に、とても小声。

「ザラ」

「ザラさん」

 その名を呼ぶ、ミーケとリーザの声が重なる。

「いえ、ただの独り言です。気にしないでください」

 そう言って、ザラもまた笑顔を見せた。

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