45・修道士枠は別枠です(冷たい手の修道女11)
しかしエクエスたちは、水文学会として研究していた当時は、誰の仕業かはもちろん、いったい何のために水を消してしまったのかも、突き止めることができなかった。
かつてジオ族が、他の宇宙領域の、別の生命体までを支配しようとして、想像を絶する規模の争いを引き起こした歴史。
今は失われてしまった水こそが、実は生命体に最も必要な物質という事実。
さらには水のない宇宙のありえなさなど、その研究から得られた答は、実に恐ろしいものばかりだった。
いよいよ、それ以上はもう、成果など絶対あげられないと判断し、『水文学会』を解散した後。エクエスたちがその記録を封印しようとしたのも、ただただ恐怖ゆえだった。
ーー
どういう原理かはわからないが、《虚無を歩く者》が見せていた姿。それは、エクエスの妹であったリウェリィに間違いなかった。
エクエスの覚えているところによると、彼女は〈ネーデ〉、〈ワートグゥ〉、〈ロキリナ〉以外に想定できる(彼女は別宇宙だと思っていた)別領域の研究をしていた。
そしてある時からずっと行方知れず。
エクエスはただ、リウェリィの研究成果をすべて知ってはいた。
それも長生きの賜物である。長い時間をかけて、ゆっくりと彼女の研究を後追いしたのだ。
だからエクエスは、彼女が開発していた、スペースゲイト技術を知っていて、それを無効化すらできたのだった。
それはランダム性は避けられない代わりに、確定していない領域と情報を送受信できるもの。エクエスが精一杯に普通の言葉で行った説明は、「ようするに、部分的、限定的に時間を巻き戻し、因果関係に要素を紛れ込ませて、情報を伝える経路を構築する」というようなものだった。
「ねえエクエス、ただの例えとは、わたしにもわかるんだけど、実際、時間の巻き戻しなんて可能なの?」
レコードの記録を確認した後。メリセデルやリウェリィなどの説明も終えたエクエスに、まずテレーゼが尋ねた。
「時間の巻き戻しが実際に可能としても、原理的に、他の状態を変えないで、因果関係に意図した要素だけ紛れ込ませることは、確実に不可能です、実用的にはともかく、本質的には、かなり嘘な説明ですね」
答えたのは聞かれた本人でなくザラ。
「重要度は高い。教会の方にも伝える。ザラ、エクエス、ミーケ、きみらの研究をレトギナも支援するよ、少なくとも"世界樹"のわたしたちは、同郷の仲間としてね」
カルキレはそう言った。
「ありがたいですね」とザラ。
"世界樹"というフィラメントにおけるレトギナ教の影響を考えると、その協力は本当にありがたいものだ。
これでザラたちは、フィラメント内で最大の科学組織《学術委員会》、今や最大の国家《アズテア》、そして最大に普及した宗教団体の後ろ楯をすべて得たということになる。
言うなればそれは、科学者たちの銀河フィラメント"世界樹"が、いよいよザラが母から受け継いだ研究の重要度を認めたということ。
「ザラ」
「ザラさん」
ミーケとリーザが、涙を見せていた彼女に気づいたのは同時であった。
「嬉しくてです、嬉しくて」
そう言って、涙だけでなく笑顔もこらえられなかった。
(エルクス、あなたに伝えても、きっと信じませんね)
母を失ってから、ザラが母に関係することで、それほど嬉しい気持ちになれたのは、間違いなく初めてだった。
ーー
いったんミズガラクタ号を《レダトロン》へと戻し、しばしの滞在の後で、再び出発しようという時。
「言っておくけど、わたしも行くからね」
船内に先回りしていたテレーゼ。
「レトギナ教会代表。ミーケくんやスブレットちゃんも、その信仰心はとても強くて素敵だけど、本物修道士は別枠でしょ」
「だめ」と思ってるのはエクエスだけだった。
「だけど、だよな」
エクエス自身、はなから諦めてもいる。
確かに、レトギナの修道士という立場。冷たい手という、物質研究にはとても役立つだろう体質。その上でもう、人見知りなミーケやスブレットともすっかり親しくなっているのだから、仲間入りを断る理由など、普通にはあるわけない。
「そういうことで、みなさん、よろしくお願いします。エクエス、覚悟ね、わたしは堕落しきったあなたのこと知ってるんだから」
そして冷たい手の少女は笑みを見せて、この宇宙で最も長く生きてきた大科学者(だった占い師)はため息をついた。
Ch1これで終わりです。
Ch2からは、別フィラメントや別領域、そしてジオとは異なる別領域の生命体群も出てきます。
話全体では七部作、つまりCh7まであります。ミーケくんは、主人公としてはあまり活躍しない、地味な感じかもしれないですけど、終盤になってきたら、もっと主人公ぽくなります(という予定です)
この話における未来世界では、確定した基底物質(最小基本要素)が発見され、物質がどのような原理で成り立つのかということが、ミクロ観点からは完全に解明されています。しかし、謎はむしろ現在より増えています(いろいろ仮説はありますが、通常は根本からマクロ領域が関わっていて、はなから原理自体が複雑すぎるために、証明は実質不可能みたいなイメージです)
わたしたちが生きているこの現実においては、20世紀の物理学界の連続した革命から、今までで、素粒子物理学はまさに全盛期といえるような時代と思います。
だけど、僕は個人的には還元主義的な考え方があまり好きではありません。(結局は架空の話である)多くのSFでも、すごくそういう考え方は蔓延しているように思います。
真実がどうであれ、この架空の話には、「還元主義への反発」というテーマも込めているつもりです。
ミクロ領域の原理によらない友情とか、知的好奇心とかを描けたらっていうのが理想です。
この先も楽しんでくれたら、とても嬉しいです




