39・水の研究者を待つ者(冷たい手の修道女5)
とりあえずは、《レダトロン》の着陸場の1つで、テレーゼと直に会ったミーケたち。
ただしエクエスだけは、なんだかんだ気まずいのか、あるいは恥ずかしいのか、船に留守番している。
「いちおう言っておきますけど、わたしはあの2人と違って、宗教というものには無関心です」
まさしく一緒にされたくないとばかりに、すぐに許可をもらうや、本来の目的こそどうでもいいみたいに見学ツアーに走りさるミーケとスブレットを指差したザラ。
「えっと、 わたしもどっちかって言うと、あまり、創造神の問題には関心なくて」
いつもならミーケについて行ったろうが、今回は、自分よりずっと話の合うだろう相棒もいるので、あえて遠慮しておいたリーザ。
(でも後で、話ぐらいは聞こうかな)
表には出さなかったが、少しはあった寂しい気持ち。
「ぼくはまず、このレトギナとやらの信仰自体知らないからね。信じるとか信じないとか以前の話だよ」
ルカはそう言った。
「まあ、事前に聞いてた通りですよ。で、これも事前に聞いてたことですけど、何か真の目的があるのですよね。そうじゃないと、ザラ姫、あなたが来るのはおかしいかと」
「まあ、そうですね」
そして、自分たちが今調べていること。つまり水のことや、ミーケの失われた記憶、エクエスのかつての研究、その研究記録のレコードのことなどを一通り説明したザラ。
さらに、エクエスのその研究に関わっていた組織の名称が、《シーム》という銀河系にて最近台頭してきた、怪しげな噂のある宗教組織、すなわち『水文学会』と同じであること。
さらには、ミーケの変換能力が、《シーム》の『水文学会』の教祖たちが有しているという能力と、同じ類のものという可能性があることなども説明する。
「『水文学会』ですか。別に、悪い人たちじゃなさそうですけど」
テレーゼはあっさり言った。
どうやら、レトギナ教に属する国などが懸念している、その新興宗教に関して、むしろレトギナ教会自体は、楽観視している傾向のようだった。
「物質変換能力については、むしろわたしは初めて聞きましたね。そもそもそういう能力って、フィラメント規模で考えても珍しいものなのですか?」
自分自身が、とても珍しい能力というか、体質を持っているテレーゼは、そこは興味ありげな様子でもあった。
「まあ、あなたのような近場の人が聞いたことないなら、そもそもデマかもってくらいには珍しいですね」
少し不満げだったザラ。
仮に、能力の話が誤解だったなら、確かに手がかりの1つがなくなったにも等しい。
「ですが、それは実際本人たちに確かめてみたいと思います。あまり悪い印象の人たちでないのなら、直接会えないでしょうか?」
「そういう事ならわたしから、カルキレという先輩に掛け合いましょう。彼は、ようするにここの偉い人なのですけど、この《シーム》銀河において、かなりの情報通でもあります。きっと『水文学会』の人が、どの辺りにいるかとかも知っていますよ」
そうして、テレーゼはすぐに、《レダトロン》の至るところに透明化状態で設置されているようだった、ゆっくりと飛ぶ虫のような通信機をつかんだ。
「カルキレ様、こちらテレーゼです。わたしが出迎えてるお客様たちが、おそらくあなたを必要としてます」
テレーゼが呼ぶや、すぐその場に立体映像として現れたカルキレ。
どうやらこれまた、透明化してあちこちに設置されていた、カメのような映像装置によるもののようだった。
「ザラ姫。『水文学会』のことかな?」
そうだとすでに感づいていた、情報通らしい、偉い修道士。
「カルキレ様、予想できてたのですか?」
真っ先に聞いたのは身内であるテレーゼだった。
「わたしを呼び出すなら、そうだろうと思ってた。ザラ姫が水の研究をしていることは知っているからね」
「あなたは本来の『水文学会』のことを?」
問うザラ。
確かに『水文学会』という名称に、水という言葉は入っているが、《シーム》で今、活動しているその名前の組織は、別に水の研究に関わりなどないだろう。水の研究をしていると聞いて思い浮かべる『水文学会』なら、それは昔の、まさしく水の研究をしていた組織の方だと考えるのは妥当だ。
「本来のか、そういうことだったか」
どうやら違うようだった。
「いや、わたしの方は納得したよ。そして、わたしが知っていた情報を聞いたら、きっときみたちの方も納得するだろう」
そして、カルキレが次に続けた内容で、確かにザラたちは、彼が自分に聞かれるとしたら『水文学会』のことだろうと推測できていたことに納得した。
「その『水文学会』の教祖の1人はラリーと言うのだけどね。なぜかは知らないが、いつか水を研究している科学者が、自分の持っているレコードを取りに来るだろうと、よく語っているらしいんだ。おそらくそれが君たちなのかなと思った訳さ」
それから、どういうわけだか、少しばかり沈黙。
「とりあえず、ミーケたち呼び戻す?」
「ですね」
沈黙を破ったリーザの言葉に、ザラはすぐ頷いた。
「ラリーのもとへは、わたしが直接案内しよう。すぐにそっちに行くよ」
「あの、カルキレ様」
少し気まずそうなテレーゼ。
「テレーゼ、きみもついてくるんだ。わたしが自分の下につく修道士の経歴を知らないでいるとでも思ったか? きみと、ザラ姫の今の研究仲間であるエクエス教授との関係は知っている。今のキミの様子から、多少は仲直り出来たということも、まあわかるよ。だからこそ、もう少し歩みよってあげたらいい」
「歩みよって、ですか」
ここに来て、してやったりというような笑みを見せる先輩に、もはや観念して、ため息をつくくらいしかできなかったテレーゼ。
「だいたいな、テレーゼ。きみはもしかしたら、そこまで知らないかも知れないが、彼は、本当に長い長い孤独を生きてきたろう、偉大な人なんだよ」
昔の『水文学会』のことは知らなくても、科学者として、そして、おそらくは最も長い時間を歩んできた人としてのエクエスのことを、カルキレは知っているようだった。
ーー
とにもかくにも、テレーゼとカルキレも一緒に、ミーケたちは《レダトロン》をすぐ離れ、ラリーのいるという《ムーム》という惑星へ向かうことになった。
「しかし、わたしの立場で、こんなふうに言うのもなんだが、実に熱心なことだな。正直考えを改めたよ。今時の若い科学者たちはみんな、我々の思想など、余計な感情を抑えるための道具程度にしか思っていないと考えていたのだが」
カルキレは、素直に感心していた。
ミーケとスブレットが、さっきまで聞いていたのだろう、カルキレのありがたいお話に関して、さっそくリーザとルカに説明していたらしいこと。出入りのためにドアが開け閉めされたわずかな間から、ザラとエクエスにもその様子は確認できた。
2人の生粋の科学者が、非科学者の2人に、宗教の話を熱く語っている姿は、なかなかシュールでもあった。
「比率的に間違っているイメージでもないですよ。ただ、ミーケはおっとりな田舎者で、スブレットは大真面目に変わり者というだけです」
ザラの結論。
「まあ、あんたにそんなふうに言ってもらえるなら、あいつらも本望だろうな」
「エクエス、失礼だよ。カルキレ様は修道士の中で「おれからしたら、そのカルキレってやつも、おまえとあんまり変わらないガキだよ」
うんざりした様子で、テレーゼを遮ったエクエス。
「テレーゼ、それは事実ですよ。わたしがあなたと同じ修道士という立場でしかないこともね。それに第1聖典35章1節です、人同士であるだけなら、優劣などバカバカしい」
「はい、すみません、つい」
カルキレ相手には実に素直だが、しかし、それでもエクエスに対する不満そうな表情は崩さなかったテレーゼ。
「まったく」
しかしカルキレも、それ以上は何も言わなかった。
ーー
なんという名前だったか。
罪深きというより、ただ純粋に恐ろしいとされた時期もあったジオ族の宇宙。
正確には領域だろう。
どの宇宙も、直接的なつながりのない別の世界、という印象を持ったことなど一度もない。
《虚無を歩く者》は現れた。
ジオ族の宇宙。
そのフィラメントの1つに。
"世界樹"に現れた。




