37・詐欺師の助手(冷たい手の修道女3)
ミラが〈ネーデ〉を、おそらく重視していたらしいことはわかっても、結局それだけではまだ、大した手がかりというわけでもない。
やはり今、最も重要なヒントは、『水文学会』のレコードの記録であろう。
「着いたようですね」
ザラのその呟きを聞いたのか、ただの偶然か、部屋から出て、すぐに集まってきたレトギナ信者2人。
「こ、これはまさしく」
「《レダトロン》」
明らかに周囲の岩石を意図的に遠ざけて、周囲に何もない空間を確保し、特別感を醸し出しているその人工惑星。の映像を確認するや、スブレットもミーケも、まるでその惑星自体が崇拝するべき対象であるかのように、恭しくお辞儀する。
「いや、惑星にお辞儀してもしょうがないんじゃないか」
「わたしも思うけど」
実に冷静にツッコミをいれるエクエスとリーザ。
「こういうのは気分的なやつかな。時には感情に任せて、楽しくすることも必要だって」
「大事なのはいつでも正しくあることなの」
ミーケもスブレットも、それぞれ独自の理論で返す。
「第1聖典の第45章1節パスカルと、第1聖典の第500章5節アルキュールですね」
ホログラムとして出現するや、ミーケら2人が参考にしたのだろう、レトギナ聖典の部分を言い当てた女性。
「わたしも、特にパスカルは好きです。いつでも明るくて楽しいですよね。アルキュールの方は、あの異常なかっこよさは乙女の憧れです」
そして彼女は、ミーケ、スブレットのそれぞれに笑みを送り、意図せず少し恥ずかしがらせてから、ザラの方へと顔を向ける。
「あなたが、《アズテア》国のザラ姫様ですね。初めまして。わたしの名前はテレーゼ。あなたたちの案内役を任された者です」
「初めまして。わたしの自己紹介の必要はないみたいですね」
さすがに、修道士なのであろうテレーゼの丁寧な仕草に、同じように丁寧な印象のザラ。
「そうですね。ですが私が知ってるのはあなただけです、のはずなのですが、違った」
そして、少々苦笑い気味で、それよりもずっとはっきり苦笑いな、実質ご老人な男の方に顔を向けた修道士。
「なんであんたがいるんだよ? エクエス」と、実にいきなり砕けた口調のテレーゼ。
「それはどう考えてもこっちのセリフ、あ、いや、まあそうか。そういうわけでもないか。つまりおまえ、修道士になったんだな」
そして、同時に溜息をつき、同時に2人は呟いた。
「「こんな偶然あるか」」
あったわけである。
「あの、つまり、ドウイウコト?」
口に出したのはミーケだが、その場の当人たち以外全員が、即座に抱いた疑問であった。
ーー
『学術委員会』も把握できていなかったことだが、1000年くらい前。
エクエスは、興味深い占いの本を書いていた、ウォーケルという人物に会おうと、彼が暮らす《ミキリサ》という国家外惑星を訪れていた。
(ひどい人工惑星だ)
《ミキリサ》の地を初めて踏んだ時に、彼はまずそう思った。
雑な作りのその場所を作ったのは、おそらくウォーケルその人。適当に、文明基準が遅れたところから連れてきた信者たちを使って、作らせたのであろう。
そういう噂を聞いてはいたが、どうやら彼は、少なくとも善人ではないようだった。
ただ、仮にエクエスが想定したように、その人工惑星の製作者、住人たちが、騙されていいように使われているマヌケたちなのだとしても、関係ないこと。もしかしたら彼らが、もっと酷い、いわば逃げ場を失くされた奴隷たちなのだとしても、それでもエクエスにはどうでもいい話。
彼にとって、その時重要だったことは、ただウォーケル自身が、完全にインチキな詐欺師なのかどうかということだけ。そして仮にそうだったら、がっかりして去っていくだけだし、本当に少しでもそういう類の力を有しているのなら、参考までに少し話を聞きたかっただけ。
(無情だな、無慈悲だな)
ほんの数時間程度の調査だけでわかったことは、やはりウォーケルという男が、占い師でもなんでもない詐欺師だったこと。そして、哀れな信者たちは、いつか自分たちに救いがあるということを信じこまされた上で、彼に好き放題使われていること。その熱心な奉仕が報われることなど、絶対にないというのに。
しかし、やっぱり関係はない。
エクエスは別に、それに関して自分が何か干渉したりはせず、本当にさっさと帰るつもりであった。
この宇宙で誰よりも長く生きてきた彼だからこそ、誰よりもよく知っている。
何もかも永遠の時間の前に、正義とか悪とか、喜びも悲しみも苦しみも、そういう概念なんて全部一時だけの幻。
だがそれが、本当に心の奥からの本音ならば、彼はもうとっくに何もかも、他人との繋がりなど完全に断って、本当の意味で、孤独に静かに生きていたことだろう。後にザラたちに誘われて、一緒に、もっと古い仲間たちが残した記録を探そうとする展開なんて、絶対にありえなかったはずだ。
「あの、お願い」
お願いされたからだ。ウォーケルの助手をしていた、100歳くらいだという少女に。
彼女を、ウォーケルがどこから連れてきたのかは不明だった。ただ2人の間に、物理的に家族といえるような繋がりがないことだけは間違いなかった。少女の記憶においては、一番古いものでも、すでに彼が近くにいた。
出会いについて、もしかしたら少女の本当の家族についても、ウォーケルは知っていたろう。しかしエクエスも彼女自身も、結局それが聞けたであろういつのタイミングでも、その話を聞こうとはしなかった。それは2人ともにとって、どうでもいいことだった。
正確には、少女は真実を知るのが怖かったのだろう。
国家外惑星とはいえ、《ミキリサ》は、別に周囲に存在を認知されていなかったわけじゃない。むしろ《RR114》銀河系などがそうだったように、意図的に隠すシステムはない。ウォーケルには、他国家の情報などをコントロールできるような権力や影響力もない。
つまり、彼が何らかの強引な手段で、少女をその元の家族から奪った可能性はないと断言していい。彼女はつまり、間違いなく望まれて、ウォーケルに引き渡されたのだ。理由は何かの取引かもしれないし、どうしようもないところまで騙されてしまった狂信者ゆえなのかもしれない。
一番可能性が高いのは迷信的なものだろう。少女は、ルカのネオテニーのように、宇宙規模で実に珍しい体質を有していた。しかもそれは、本人すら気づくためには実際に長い年月がいるネオテニーより、かなりあからさまでわかりやすいものだった。
それは超凍結質と呼ばれることがある。
ごく簡単に言うと、彼女の体の一部、その両手それぞれの肘から下は、常にとても、異常と言えるくらいに冷たい。
とても冷たいのだ。
誰かに直接触れるだけで、低体温により傷つけることが可能なくらいに。
しかし、本人にとっても、周囲の人たちにとっても、かなり厄介なその体質は、詐欺師のインチキ現象のトリックにはかなり役立ったことだろう。だからこそウォーケルは、彼女を助手として、側に置いていたわけである。
「わたし、わかるよ。あんた何とかできるだろ、あいつを。何とかしてよ、わたしもう嫌なんだよ、わたしは」
奇妙なものだ。
間違いなくインチキな宗教によって狂わさていた彼女の人格は、おそらくは正しい形と言える別の宗教によって、まともに戻されていたわけである。
信者への話の参考にするために、ウォーケルは"世界樹"で一番人気といえよう、レトギナ教も参考にしていた。ところが、その情報を利用するために与えられていた少女は、何時からか、本当にそっちの方の信者になっていて、自分たちが行っていたインチキの類を、とても憎むようになっていたのである。
つまり正義の心に目覚めていたわけだ。
それもまた1つの運命と言えるだろう。
エクエスが出会った冷たい手の少女。
後の時代に着ることになる修道服でなく、ボロいローブを纏っていて、その髪の毛も後ろで結べるほどは長くなかった。しかし名前はその頃からテレーゼであった。




