36・宇宙のクリエイターについて(冷たい手の修道女2)
一体何の準備なのかは他の者たちには謎だが、《レダトロン》に行くにあたり、とにかくいろいろ準備があるとして、それぞれの部屋に閉じこもったミーケとスブレット。
エクエスも、ちょっと考えたいことがあると、1人どこかに消えている。
そして、船の1室というにはかなり大きめな共有ルームに、ザラ、リーザ、ルカはいた。
「ぼく的には奇妙に思えるんだけど、ミーケとスブレット、あの2人はちょっと特殊なの?」
要点は抜けているが、ルカが聞きたいことは、問いかけられた2人にもわかった。
つまり、ミーケとスブレットの、あまりに熱心な宗教信者ぶりについて、科学の世界でそれはおかしくないのか、というような疑問。
「特殊と言えば特殊ですが、あまり珍しくもない特殊です」
そう言ったザラ。
「少なくとも、わたしがこのフィラメントに来る前にいたところよりは普通かな」
リーザが、"世界樹"でなく、もっと遠い、複数フィラメントで構成された大国家《ヴァルキュス》の生まれであることは、ルカももう聞いている。
「でも別に、わたしのとこが現実主義だったとか、そういうわけじゃないよ。単に興味持たれてなかっただけだと思う。宇宙は誰かが作ったのかどうかってこととか」
実際リーザもそういう話にあまり興味はないし、そういう話をする人自体、かつてはあまり出会わなかった。
「まあでもそれは、いくら考えたって答が出そうにない問題は、あまり真剣に考えられてなかったって感じかな。そういう意味では現実主義は現実主義なのかも」
そうだと推測もする。
「まあ、あの2人こそガチ信者ですが、結構宗教というもの自体を実用的に考えていて、利用している人もいます」
ザラはさらに、"世界樹"において最重要は、どこでもたいてい学びであり、そのためにこそ、余計な雑念を封印するのに、有効な道具として宗教が使われてきたことも説明する。
「昔の方が実はレトギナの信者は多かったよ」
その場に現れるや、話に参加してきたエクエス。
「ちゃんとした記録には残ってないが、実はこの"世界樹"てフィラメントの原型となった組織が、最初に設定した、最も興味深いいくつかの研究対象のうちに、創造神の有無があるんだ」
「そんな話自体が興味深いですよ。でもレトギナが? 別にクリエイターに関心があるだけなら、参考にする宗教として、そればかり選ぶこともないでしょう」
さすがに生き仙人とも言えるエクエスの前では、ザラもすっかり聞き手である。
「ああ、それは簡単な話だ、おれがオススメしといたからだよ。そもそもここを作ったやつらなんて、みんなおれの信者みたいなものだからな」
じつにあっさりとした、しかしすごい答であった。
「でもそもそもさ、クリエイターがいるかどうかって問題に関心があるとしても、別に宗教の信者になる必要性なんてないんじゃないの。むしろそういうのって、そんな大した根拠もなく、話でっちあげてるイメージが強いんだけど、ぼくには」
ルカも自分なりに気になったことをまた聞いてみる。
「"世界樹"で一般に受け入れられてる宗教ってのは、レトギナも含めて、創造神の探求を基礎としてる学問色が濃いやつだからな。ルカ、おまえがイメージする宗教てのは、わからないことを神の技として定義したりする、比較的古い仕様のやつだと思う。例えば、いろいろ決まり事とか、そういう教義に関して言っても、古いやつは神や預言者が定めたこととかが多いが、レトギナみたいなのは、ただいつかそういう存在に会えた時に、自分に誇りを持てるようにって考えをもとに、完全に人側で話しあい、納得して決めあったものなんだ」
さらにレトギナに関しては、わざわざ予言書を本格的に作ってる辺り、情報統一が行いやすいだろうという、実用的観点から推薦したと、エクエスは説明した。
「エクエスさん、あなたは以前には、そういうことに関心持ったり、信じようとしたこととかはないの?」
今度はリーザが聞いた。
「おれはこれでも昔はけっこうなロマンティストだったからな。そういう事が気になるお年頃の時には、神なんかより人間が好きだったし」
もはや、そのお年頃というのがどのようなスケールでの発言なのか、エクエス自身、おそらく明確にはできないだろう。
「まあつまり、人間の方が偉いし、すごいって考えてたわけだ。それは、創造神の時代なんて、宇宙を作った時点でもう終わってる、ていう考えでもある。そして、おれにとって関心事はいつでも」
しかしそこで一旦、口を止め、何か複雑そうな表情を見せたエクエス。
「いつでもリウェリィのこと、あるいはリウェリィと同じものですか?」
「ああと、なんで知ってるんだ?」
その場の者には、彼女の話をしたことは間違いなくないので、エクエスは驚く。
「マッドから聞きました」
「で、あいつも多分、誰かから聞いたな」
ちょっと苦笑いのエクエス。
「「リウェリィ?」」
リーザとルカが同時にその名前を繰り返す。
マッドから聞いたザラは、さらに他の誰かに彼女のことを話したわけではないので、もちろん他の者たちは知らないわけである。
「おれの妹だ、それに」
少し躊躇はしたが、しかしはっきりとエクエスは言った。
「恋の相手だった、ずっと相手にはされなかったけど」
なんだか、今の彼らしくないような昔の話に、リーザはミーケを、ルカはミリルをなんとなく思い出す。
「で結局、その彼女が、クリエイターに興味ない人だったわけですか?」
「正確には、あいつはそういうのを信じてなかった。今だにおれは理解できないんだけど、定義可能な空間質を細かく調べたら、宇宙に創造神なんていないらしい」
「それは、多重空間シミュレーション?」
母の研究の件で、シミュレーション技術についても、かなりよく調べているザラ。
多重空間は、空間構造の定義の1つで、空間質というのは、そのシミュレーションにおける、よく使われる専門用語の1つ。
「でもあれは」
現代には知られている、その定義、そしてその定義を基盤としたシミュレーションの問題も、ザラはよく知っている。それは宇宙空間スケールでのシュミレーションを行う場合、たとえどのような目的にせよ、絶対に避けては通れないだろう重大な問題。
「そうだな」
エクエスも、もちろんそれは知っている。
「今となっては確かに古い。だけどおれたちの、あの頃には、別の宇宙は〈ネーデ〉、〈ワートグゥ〉、〈ロキリナ〉しか知られてなかったんだ」
「確かに、そういうことなら納得ですけど」
ルカだけでなく、リーザも説明されるまでどういうことなのかわからなかったが、多重空間シミュレーションは、それを全体のものとして適用できる、実質の宇宙の数の限界が42までとされているのである。
「それじゃ、別の宇宙は、今は42以上も知られてるってこと?」
新たに出てきたその情報に、広い世界に出てきて間もないルカは、当然とてつもなく驚くしかない。
「ルカ、この際だからもっと驚かせてあげます。『学術委員会』が存在することを証明している別宇宙の数は少なくとも90000をこえています。もっとも、予測できるだけでも要素が多すぎて、それらがどのような宇宙かや、そもそも、我々の宇宙から見た位置すらも謎なのですけど」
ついでに、まだ彼には話してなかった母の論文や、別宇宙空間を超えることができたと考えられている、管理者の神々の説などについても、ルカにちゃんと説明したザラ。
「ちなみに、別宇宙は90000、正確には300年くらい前の時点で、90091証明されてたのだけど、証明されてないだけで、あるだろうって想定されてた別宇宙は1000000を軽く越えるらしいわ」
さすがに、軍事国家でそれなりの地位にあっただけのことはあり、防衛上の観点からか、そういうことはよく知っているリーザ。
ただ、結局それらすべて、単に1つの宇宙の別領域と考えるべきなのか、それとも本当の意味でいくつもの別宇宙と考えるべきなのかに関しては、今も謎であるらしいことも、リーザはちゃんと説明した。
「別宇宙か、別領域か。だけどそういうのって全部ここと同じような感じかな?」
ここと同じような感じとは表現しても、正確にそれがどのような感じなのかは、やはりよく想像もできなかったルカ。
「環境という意味では、全体的な基底物質群が初期状態だった頃、つまり水が失われる以前は、かなり違っていたはずだ。基底物質の変化のバリエーションは無限と言っていいくらいにあるし、その上で一度決定してしまったら、変えることは難しい。それこそ神々と関係するような、とんでもないことが起こらない限りは。で実際のところ」
そこでザラの方を見たエクエス。
「母の理論が正しければ、それが全ての宇宙で意図的に行われて、どこにも水がなくなってしまったのでしょうから、今はある程度似ているかもしれません。ただ似ているといっても、それは物質構造の話であって、見た目が似ているかと言うと、またわかりません。あくまでも同じか近しいのは基底物質であって、それがどのように上層の物質を構成するかについては、やはり異なっていると考えた方が妥当だと思います。我々自身がそうであるように、その点に関しては基底物質に変化が与えられる前の状態と深く関わっていますから」
「そ、そうなんだ」
一応、とても簡単な言葉で、簡単に説明してくれているのはわかるのだが、それでも自分がちゃんと話を理解できているのか、かなり不安であったルカ。
「エクエス」
そこで急に、何かに気づいた様子のザラ。
「あなたの時代に知られていた別の宇宙、〈ネーデ〉、〈ワートグゥ〉、〈ロキリナ〉と言いましたね。その順番って」
「それは、単に発見されたとされている順番だ。おれもこの点に関して詳しく知ってるわけじゃないけど、〈ネーデ〉が最初なのは間違いないと聞いたことある」
「〈ネーデ〉が、最初」
そこだった。ザラが気づいたこと。
「なんだ? 何か」
しかしエクエスにも、それがどうしたというのか、まるで意味がわからない。
「こういうことです」
そしてザラは、これまで彼女自身は何度も見てきた、母の例のシミュレーションを部分的に表示させた。
それはおそらく宇宙を表しているのだろう、所々ゆがんだ立方体と、そこに表示されたネーデという文字。
「わたしたちが最初に知っていた別宇宙。これは偶然とは思えません。わたしはこれが最初のものだなんて知らなかったから、あまり気にしてなかったのですけど。もちろん母も知っていたはずがありません、最初だからとかでなく、別の理由だったのだと思います」
つまり、シミュレーションにおいて、別宇宙を登場させる必要が生じたときに、ミラが優先的に使っていた別宇宙が〈ネーデ〉だったのである。
「確かにな。これは」
エクエスも、かなり即座に断言した。
「これが偶然であるはずはないな」




