3・偉大な科学の師(不吉な予言3)
長くなりそうな雰囲気だったので、とりあえず自分たちが暮らす質素な一軒家のリビングに、訪ねてきた少女ザラを招きいれたミーケたち。
ミーケ自身、全然知らない話だったが、彼は"世界樹"において、水に関する研究をしている科学者たちの間では、わりと有名な存在となっていた。いったいどこからどう流れたのかは不明であるが、喪失している記憶の中で、天然の水の世界を覚えているのかも知れないという少年として。
「ただ、《フラテル》は国家外惑星で、正攻法ではいろいろ厄介な問題もあるんです。それに、あなた自身が自分の記憶に関連することを研究していて、まだそれは継続中のようだし、ついでにそもそも噂自体半信半疑な人が多いから。そういうわけで、ここに来たのはわたしが初めてだったんだと思います」
ほとんど勘当状態とは言ったが、それでもザラにはまだ一国の王族としての様々な特権などが残っていて、いろいろ厄介な問題も、ほとんど無視することができた。
「それで、ザラセニタ博士」
ミーケが彼女のことを知っているのは、[銀河が化石となる過程]という、彼女自身が著者である本を所持しているからである。
ミーケは2741ページのその本の、235から311ページまでの第2章の部分だけが目当てでその本を入手し、そして実際にそこしか読んでいない。しかしそれだけでも、彼女がなぜ「"世界樹"でも有数な才能」と広く評価されているのかは理解できているつもり。
「ザラと呼んでほしいですね。そしてなるべくなら親しくしたいところです。なにせわたしは、ミーケ、あなたと研究仲間になりたくてここに来たんですから」
「それだよ、なんでおれを? 別に、水に関する研究をしてる人なんて他にもたくさんいるし、おれの記憶なんかよりずっと重要だと考えられるような手がかりだってあるだろ。何よりおれは、何の成果もあげられてない、20年間ずっとそればかり研究してるのに。それは、おれからしたら大学者のきみは憧れのような人だし、一緒に研究できるのも、親しくなれるのも嬉しいことだけどさ。正直」
(な、なんか言い方……)
別に、二人とも互いに変な意味で言ってるんじゃないのだろうが、「親しくしたい」とか「親しくなれるのが嬉しい」などという言葉に、リーザはちょっとドギマギしてしまう。
「わたしは、少なくとも今のあなたよりは」
今のあなたとは当然、20年か、それ以上前のどこかで、ほとんどの記憶を失ってからのミーケのことだろう。
「たくさんの科学者と知り合ってきました」
それはそうであろう。少なくとも、[銀河が化石となる過程]の出版年代的に、それを書いた彼女の年は5000歳は超えているはずだ。
(世界樹第三暦6598.56……23。じゃジオ時間なら今から5000年以上は前か)
リーザも、家のコンピューターを使い、手元に表示させたモニターで、ミーケが持っていたザラセニタの本の年代を確かめる。
世界樹第三暦を標準的小数として表示させた場合、最後の桁が、ジオ時間の1000年となる。そして今はそこが29だから、出版年代が23ということは、それは5000年以上は前ということ。
(わたしよりも歳上か)
リーザは2811歳である。
ミーケは、当たり前のように、その記憶もないから不明だった。
「正直、たった20年なので、判断が難しいところもありますが、わたしとしては、ミーケ、あなたは優秀だと思います、とても」
「何の成果も出してないのに?」
「確かに革新的な発見などは何もしてませんね。ですけどあなたの本の入手履歴は、あなたが思っている以上におもしろいことを示していますよ」
「天然水仮説のこと?」
入手履歴から推測されたというのなら、最近それに関する本ばかりを揃えてるわけだから、おそらくそれだろうとミーケはすぐ感づいたが、まさしくそうだった。
「ええ、わたしの計算では99.97%、あなたは天然水仮説を信じるとまではいかないまでも、検討すべきことだと考えはじめてたはず。個人のアマチュア学者が、20年程度の研究で、その事実にたどり着いたのは、わりと凄いことですよ」
「それって、昔は天然の水が宇宙にたくさんあったって仮説だよね」
リーザも、ちょうど数時間前に、ミーケから教えてもらった説。
「でも、てことは、やっぱりそうなの? 本当に古代の宇宙には天然水が」
その可能性にたどり着いていて、そしてそれが、どれほどにとんでもないことかもちゃんと理解していたミーケ。
「なぜそれが失われたのかに関しては、私の知る限りでもまるで不明ですけど、しかしある時期まで、この宇宙に最もありふれた分子化合物が水だったことは確実な事実です。あなたたちが望むなら、まだ知らないであろう根拠を1000以上あげることもできるくらいですよ」
ミーケはもちろん、リーザとしてもかなり驚きだった話。
「それで、わたしがあなたの協力を借りたい研究に関してなんですが」
そしてその前置きとして、彼女はまず、自分の身の上についてより詳しくを語ろうとする。
「これに関してはあまり気にしないでもらいたいので先に言っておきますけど、わたしは王族ではありますけど、今の女王の子ではないのです」
ザラの言葉にややポカンとするミーケだが、そこでリーザが、アズテアは代々にわたって女王国らしいと、そのことを知らないだろうミーケに教えてやる。そして、実際わかってるのか、わかっていないのか、彼もすぐ納得した。
「わたしの父は女王の弟なのですけど、母のミラは彼を援助者とする科学者でした」
そこで、互いに顔を見合って、ミーケとリーザは頷きあう。
"世界樹"にも国家があり、経済というものもあり、時には、ある研究を行いたくても、財力の問題でそれを行えない科学者もいる。そういう場合、相手にも何らかのメリットを用意することで、財力のある他の者から援助者になってもらうというのはよくある話だが、科学者と援助者の間にはパートナーシップはあっても、プライベートの付き合いがあることは珍しい。しかしザラは、そのような科学者と援助者、それも王族の援助者との子供。
いろいろと複雑な事情がありそうだった。
「あのさ、ザラ、別に話しにくいこととかなら、話さなくてもいいから」
「うん、そうだよ」
ミーケの気遣いの言葉に、自身もどうしても人には言いづらい過去を持っているリーザも即座に同調する。
「あ、えっと」
そしてザラは笑みを見せたが、とてもホっとしたような感じでもあった。
「はい、心遣い感謝します」
それから彼女は、いよいよその研究についての話を語ったが、それはまた途方もないようなものだった。
「4500年ほど前のことです、わたしの母が亡くなったのは。彼女は世間的には科学者として認められてもいませんでした。そして母が死んだ後、その生涯を捧げた研究の資料はほとんど失われてしまいました」
それを大した問題と考える者だってほとんどいない。当然であろう。彼女の研究対象は、彼女の創作した古代神話、つまりは単に妄想なのだと考えられていたのだから。
「これは恥ずかしい話ですけど言います。とても母が好きだったこのわたしも、その研究に関しては懐疑的でした。いえ、懐疑的というのは控えめな言い方ですね、わたしも彼女の研究には何の意味もないだろうと考えていました」
彼女、ミラの研究というのは、彼女自身が神々と呼んでいた、古代に存在したという特殊な生命体群に関してだった。
ーー
ミラの死は4500年前。
そして、その別れの悲しみからまだまだ逃れられないでいたザラ。彼女の元に、母の唯一の弟子であり、師と同様に役立たずの科学者とされていたエルクスという男が訪ねてきたのは、それから150年ほどしてから。
"世界樹"の基準においては、まだまだガキと言われる年代である1600歳程度の科学者だったザラだが、彼女はすでに当時、「銀河系の化石化」と呼ばれる現象に関する研究で多大な功績を打ち立てていた。母と違い、優れた才を持つ科学者として、すでに広く知られていた。
しかし母と娘の関係は隠されていた。それはザラが、自分の家族であるアズテア王家と疎遠になることになった直接的な原因でもある。
実のところ、母を家系の汚点と考えていた伯母の女王や、大嫌いな父はともかくとして、家族の他の者とは後に和解するザラであるが、この当時の彼女は、意固地になっていると言ってもいいくらいに、家族との関わりを完璧に断絶していた。
名声ある科学者としての立場を利用して、自力で集められるだけ集めた資金を投じて作った、研究所兼自宅である人工惑星の《アミデラス》で、ただひたすら、自分の一番の興味対象である地質学研究に打ち込む日々を送っていた。
そんな時に彼、エルクスは、唐突に訪ねて来たのだった。
「ザラ、ザラセニタ博士」
総合的にはかなり圧縮されているため、質量的には惑星の定義として十分なサイズであるが、見た目の大きさは、徒歩で一回りするのに数分ほどくらいで済むくらいの大きさ。少し遠くから見れば、真っ白の粘土作りらしき小型模型の町を認識できなくもないが、近づいてみると、それらがただの適当な凸凹だとわかる《アミデラス》に、その声は急に響いた。
「誰ですか?」
本名とペンネームの両方で呼ばれて、巨大な四角い箱のようなものから出てきた、後にミーケたちに会いにきた時よりも明らかに背が高く、顔つきもやや大人びていたザラ。
「ザラ、ですよね?」
そう聞いてきたのは、薄汚れたローブに、白髪の男。
「ええ、あなたは?」
彼は、ザラがすぐに思い出せる限りの記憶にはない人物だった。
「わたしはエルクス、この名をご存知でしょうか」
「エルクス、母の弟子だったエルクス?」
「そうです。あなたの母ミラは、わたしの科学の師でした」
科学の師。
確かにその通りだったのだろうが、当時のザラとしては、むしろ違和感すら感じる表現だった。彼女は、それまでの生涯で一度たりとも、母が真に科学の道の者なのだと、聞いたこともなかったから。
「わたしは、今はもうほとんどの者を信頼できない。ですが、あなたは、あなたは違うと信じて、ここに会いにきたのです。あの偉大な人が、手塩にかけて育てた娘ですから」
「母が、偉大って」
母ミラが、彼女が生前に何と呼ばれていたのか、ザラはよく知っていたつもりだった。
自称科学者のバカ、中身のない人、狂気的な妄想を抱く者。
そんな母を偉大な科学の師と呼んだ男、エルクスは、本当に必死な様子で、ザラに頭を下げてきたのだった。
「ザラ、どうか助けてほしい。決して失わせるわけにはいかない、あなたの母の研究を続けるために」




