22・望んでいたもの(自分の世界でひとりぼっち8)
とりあえずは家のドアをノックしたミーケ。
「何か?」
少しだけドアを開けて顔半分くらいを見せたスブレット。
「えっと、おれはミーケで、彼女はリーザ」
少し体の位置をずらして、自分の陰に隠れていたリーザの姿も見せるミーケ。
「おれは水の歴史の研究をしてるんだけどさ。実は《カルディラ大学》で、スブレット、きみが作ったという再現地球を見たんだ。それでなかなか凄いなって思って」
「あれは、あれは」
まるでそれが何か忘れていて、しかし必死で思いだそうとしていたようなスブレット。
「pパターン物質使ってるやつ?」
唐突に思い出したようであった。
「それ。きみは、pパターン物質について詳しいの?」
尋ねるミーケ。
「あれは友達、いや、その、友達だった子から聞いたんだ。その子はあなたと同じで、水の歴史の研究をしてたの」
そしてその友人からスブレットは、pパターン物質は、地球が存在していた頃には普遍的に存在していたものである、という仮説を聞いた。そしてその情報と、ミニジオの典型的な見た目をヒントに、スブレットは、例の再現地球を作ったのだった。
「最初は表面以外はpパターンを使うつもりなかったんだけど、だけど作ってる内にいろいろアイデア浮かんじゃって。それに半信半疑なところもあったんだけど、実際に構成を考えてるうちに、こっちの方が理にかなってるかなとも思うようになって」
話をしているうちに、興奮が高まったのか、もうドアを完全に開けて、スブレットはかなり楽しげだった。
「あっ」
しかし、また唐突に我に返ったのか、顔を少し赤くして、再び顔半分くらいしか見えなくなるくらいに、ドアを閉めたスブレット。
「あの、さ」
またドアを開ける。
「地球じゃないけどさ、わたしは他にもいろんな作品作ってるの。そのいくつかここにあるけど、見てみる?」
不安なのか、だんだんと小さくなっていった声。
「見ていいなら、見たいけど」
「わたしも興味ある」
ミーケに続いて、リーザも言った。
「こっち」
そしてスブレットは、ミーケたち2人を家の中に迎え入れて、そもそも科学者というよりは自分のことを芸術家だと思っている彼女自身、特にお気に入りの自作コレクションを披露した。
ーー
スブレットが見せてくれた作品は、興味深いとよりも、面白いものが多かった。
常に完成絵が変化するために、完成させることが叶わないパズルを組み立て続けるAIシステム。
回転しない代わりに、物質構成の変化で時間を示す、ミニジオもどき。
通常は、オートで動かすのが難しい素材ばかりを意図的に使って作られている、小型のロボットダンサー。
とにかく、実用性や優雅さなどより、見ていて動作が楽しいものばかりであった。
「わたしは、楽しいことを楽しいって認識できる能力と、それによって発生する渇望を満たすための、ようするに技術の無駄遣いって笑い話にされるような創作能力こそ、生物の1番素晴らしい習性だと思ってるの」
そう言いながら、お気に入りコレクションを収縮して格納していた 、手のひらサイズの保存箱をテーブルの上に置いて、それを軽く叩くような動作をしたスブレット。
すると、 保存していた作品を少しだけ大きくし、それらをつなぎ合わせたガラクタマシンというような見かけになる保存箱。
「《カルディラ大学》でわたしのこと聞いたなら」
スブレットは急に暗い顔を見せた。
「わたしがあそこで学んでたことも聞いてるよね?」
唐突な問いに一瞬ぽかんとするも、ミーケもリーザも、すぐに頷いた。
「たいてい科学者って、何かに興味を持っているものだけど、わたしはどっちかって言うと、ただ学ぶのが楽しいって気持ちが強かったの。だか、ら」
しかしそこで急に言葉を止めたスブレット。
「こんなのどうでもいい話、ほんとどうでもいい話。ごめん」
そしてスブレットは、隣の部屋へと去り、ドアを閉めた。
「まだそこに作品あるから、よかったら楽しんでくれたら嬉しい」
ドア越しの言葉。
(ほんと、わたしまだ)
スブレットは、突然変異的だった。
科学研究に対する理解の才能があり、もっと幼い頃は、それ以外の話にあまり馴染めない子。
だから、《カルディラ大学》に入学が決まった時は楽しみだった。そこは、科学に身を捧げようというほどの情熱をもった者たちばかりと聞いていたから。そういう人たちと言えば、自分と同じような存在で、友達同士になって仲良く楽しい日々を送れるだろうと想像していたのである。
しかしスブレットは、結局そういう人たちの中でも馴染めなかった。そういう人たちの中に入って、ようやく気づいたことは、自分はそういう人たちとも違う人種ということだった。
ーー
450年ほど前。
ミィンを祖先とする家系の者が、好むと好まざるにかかわらずそうであるように、スブレットは100歳になるやすぐ、《カルディラ大学》に入学した。
想像していたのと違っていたところもあったが、まったく想像通りというような部分もあった。
例えば授業はとても楽しかった。
さすがに科学者たちの世界と言われる"世界樹"において、学びのための最上の場と呼ばれるだけのことはあり、常駐、非常駐に関わらず、教師陣は、各専門分野において、異常といってもいいくらいの博識ぶり。それに加えて、彼らはみな共通して、人に教えるエキスパートでもあるから、その話も非常に理解しやすい。
授業に教科書として使われる本も、 一般公開されていないものまで含めて、非常に優れた名著ばかり。
そんな、科学人間からしてみれば非常に刺激的な環境の中で、最初スブレットは、元々楽しみにしていた友人作りもそっちのけで、ひたすら様々な研究に没頭した。
自分が、数万年に1人の天才児と呼ばれるようになっていたことに気づいたのは、入学してから5年ほどしてからのことだった。
同窓生たちは、ある種、崇拝の目でスブレットを見るようにもなっていた。そして、最初に期待していたことからは、むしろ遠ざかってしまっていたことに彼女は気づいてしまう。
しかも面倒なことに、スブレットはいよいよ気づき始めてもいた。
自分が周囲の者が思っているほど、それどころか、自分自身がかつて思っていたほどには、科学を愛してるような人間ではなかったということに。
だが、今や手遅れだった。
それは、ずっと前から自分でも自覚していた、生まれつきの性格。
おとなしくて、争いが苦手で、少し臆病だし、優しすぎる。
だから、いろいろな感情が混じりあった結果、みんなに気を使いすぎて、期待された自分を演じるのをやめるのは難しかった。
そして自分と親しくなりたいというような人が現れるたびに、彼女はいやでも思い知らされることになった。
本当に自分が望んでいたこと。
自分の世界は狭い。
自分の望みはそんなに大きくない。
彼女は、誰かに友達になってほしいんじゃなかった。
そうじゃなくて、たった1人でいい、友達になりたいと思える誰かに出会いたかった。
そして出会えたなら、その誰かとこそ、それこそ大勢のうちの1人でもいいから、友達になりたかった。
だけどそれに気づいた時には、彼女はもう大人になりすぎていたわけだった。




