19・ヒキコモリ少女(自分の世界でひとりぼっち5)
数分ほどで、研究室というより、研究広場というようなところに到着したエレベーター。
そこから出てきてすぐ、ミーケたちはまた、新たな少女に声をかけられた。
「あなたたち、ザラセニタ博士の船で来たんですよね」と少女はかなり興奮している様子。
それにしても情報が早い。
「わ、わたし博士のファンなんです。よろしくお願いします」などと言って、あとは名前も告げないで、少女はさっさとその場を立ち去った。
「えっと、よろしくお願いされたのはいいけど、わたしたちはどうすれば」
「さ、さあ」
リーザもミーケも、また苦笑いするしかなかった。
(それにしても、やっぱりかわいいな)
ある程度自由がきくのか、細かいところに結構違いもあるが、エレベーターに乗っていた少女も、ザラのファンらしい少女も、広場のあちこちにいる女学生もみんな、かわいらしい学生服を着ていた。
あまりおしゃれに関心あるとは言えないだろう女の子であるリーザから見てもだ。
リーザが昔通っていた学校いくつかは、服装が自由か、あまりかわいいとはいえない軍服だったから、ずいぶんと印象が変わる。
「広場以外は見学に許可いるみたいだけど、この部屋4に入りたいな。ミニジオじゃない、縮小版の生体再現ジオがあるらしい」
また案内図を表示させていたミーケ。
「それはわたしもかなり気になるよ」
ミーケの影響もあって、今やリーザも、なかなか古代ジオ、すなわち地球への関心が強くなっていた。
「あの」
とりあえずは、制服を着ていないことから、教師の可能性が高いと判断した女性に声をかけたミーケ。
「ルーム4の見学許可って、どうすればもらえるんでしょうか?」
「あなた、いえ、あなた方は?」
警戒してるというよりも、ただ気になっているというふうな女性。
「おれはミーケ」
「わたしはリーザです」
それから2人は、自分たちがザラセニタ博士の研究仲間であること。カルディラ大学には、 自分たちの研究に関する手がかりがあるかもしれないとやってきたことなど、ある程度を正直に話した。
「ルーム4を見たいのは、研究の関係というよりも、おれ自身の個人的な興味ですけど」
そこも素直に言うミーケ。
「ザラセニタ博士の仲間というのは本当のようですね」
粒子コンピュータの1つを起動して、そのことを確かめたらしい女性。
「それなら大丈夫でしょう。許可はわたしが出しておきます。ルーム4の場所は」
「あっ、大丈夫です」と、ミーケはまた案内図を表示させた。
ーー
その再現地球は見事なもので、しっかりと青色は水であるようだった。
ルーム4という部屋自体は、pパターン分子の維持システムを備えていないようだったから、それはその再現地球自体が持つ仕組みにより維持されているのだろう。
「やっぱり地球の青色は水ってことなのかな」
リーザが呟いた。
「少なくともこれを作った人はそう考えてたはず」
ほとんどなんとなくだが、ちょっとばかしの渦巻きを、その再現地球の水域に発生させたミーケ。
「だけど思ってたより比率がかなり多い。これが正しいなら、この惑星だけに生きていた頃のジオ族は、風が強い日に、水の高波に悩まされてたかも」
「青色の部分、わたしには、あなたのシミュレーションの地球とかミニジオの方が多いようにも思えるけど」
前にリーザが見た、ミーケのシミュレーションの地球は、青色が全体の8割ほどはあった。典型的なミニジオもそうだ。しかし、目の前の再現地球は、青色が半分くらい。
「こっちの方がかなり深いんだ。それに、他の物質に溶け込んでる水がかなり多い。これが正しいかどうかはわからないけど。ただこれを作った人は、pパターン粒子に関して、かなり詳しいんだと思う」
それから、ついて来ていたことに今気づいたかのように、許可をくれた女性の方を向いたミーケ。
「これを作った人って」
「あっ、えっと、スブレットという子です。300年ほど前に学生だったそうですが、何か揉め事があって自主退学したと聞いています。わたしは、ここに教師として来てからまだ50年ほどですので、詳しい事情は知らないのですけど」
ただ、造形技術にかなり秀でた少女であり、再現地球以外にも、いくつか作品が残っていて、そのどれもよくできていると評判高いという。
「スブレット」
その名をしっかり覚えようとしているかのように呟くミーケ。
偶然にもその名は、同時刻に、ザラが掴んでいた手がかりでもあった。
ーー
数時間ほどで、ザラも、ミーケたちも宇宙船に戻ってきた。
当然であろうが、ザラが聞いてきた、現在レコードを所持している可能性が高い少女の名前には、ミーケもリーザも驚かされた。
「pパターン物質の混じりあった再現地球を作る技術、いえセンスというべきでしょうか、確かに興味深いですね」
ミーケたちが聞いたスブレットの話を聞いて、ザラも、単純にその少女自身への興味を強める。
「だけど、彼女もジオ暦か地球か、もしかしたら水に関して興味を持ってたのなら、それはやっぱり、『水文学会』のこととか、何か知ってたりしたのかな?」
「まあ、偶然とは考えにくいとおれも思う」
リーザもミーケも、唯一、学校では話を聞いていないが、トマテクスと一緒に『水文学会』を始めた本人であるエクエスを見る。
「まあ、完全に偶然かっていうと、そうじゃないのかもな。その、スブレットとかいう子は、多分トマテクスの子孫でもあるんだろうよ。実際問題、どういうふうに理解していたのかは知らないが、あいつはおれよりも、レコードの記録を重要に考えていた節がある。そしてそうだとすると、それを受け継いでいくか、あるいは近しい距離にいる可能性が高い自分の一族が、水とか地球とかへの興味をあまり失わないように調整を施していたのかも」
エクエスはさらに、そのような水への興味は、トマテクスかミィンが仕掛けた、彼らが重要とする記録を受け継がせるべき資質に関連する遺伝子の、目印代わりの兆候なのかもしれない。という推測も述べた。
「とにかく、彼女に会いに行きましょう。何にせよ、その価値はあると思います」とザラ。
「それで、彼女の場所は?」
ミーケが聞く。
「人工惑星の《ボロン》、彼女自身の作のようです。地理的には《フラテル》と同じく国家外惑星。生物は彼女1人のようなので、社会が形成されていないぶん、手続きも楽そうです。ただひとつ気になるのが」
彼女、スブレットは自分の研究成果を、自分名義の論文などにしたことがない。にも関わらず、《カルディラ大学》の卒業生からの口コミなどもあって、非常に優秀な人材なのだと、知られているところには知られている。なので、彼女がヒキコモリ生活を始めてからの300年間、彼女を共同研究や、組織に誘おうと訪ねた者もけっこういた。
「ただ、誰も彼も、彼女に会うこともできなかったそうです」
おそらくはそれらもスブレットの作なのだろう。《ボロン》にあり、彼女が暮らしてるという研究施設の周囲には、かなり戦闘に特化したロボットが複数配備されていて、近づいてくる誰でも、侵入者として追い返してしまうのだという。
「わりと、根が深そうだな」
ぼそりと呟いたエクエス。
「うん」
頷くミーケ。
("世界樹"的なじゃじゃ馬娘、かな)
方向性は異なっているだろうが、昔の自分のことを思いだし、まだ見ぬ少女スブレットにちょっと共感したリーザ。
ーー
そのスブレットは、《ボロン》の家の一室で、いつも通りにひとりぼっち。
透き通るような肌に加えて、真っ白なワンピースを着ていて、白い壁の背景に溶け込んでいるかのよう。腰くらいにまで長く伸びていた髪の色は、リーザと比べると、コントラスト的に、金というより濃い黄色。
別に何もかも無視していいという条件付きで、《カルディラ大学》との通信ネットワークも残してはいる。しかし最近は、連絡が来ること自体もめったになかった。
久々の連絡は、わりとよくしてもらっていた教師の1人、カミーラから。
ついでの近況確認とかもあるが、そういう余計なもの以外の部分を要約すると、「普段来るような連中と違って、非常に重要な研究をしている者たちが、スブレットが持っているであろうトマテクスの記録を求めている。どうか、いつものように門前払いなどしないで、話だけでも聞いてあげてほしい」というような内容。
「やだよ、わたしには関係ない」
通信メッセージでなく、ただ聞こえもしない声だけ、スブレットは返した。