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神々のガラクタ船 ーWater alchemist and the Worldtree’s landsー  作者: 猫隼
Ch1・宇宙から失われたもの
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13・大災害の研究(水文学会4)

 "暗い太陽"は構成的に、大きさから見たエネルギー総量が少なめだったから、静かなフィラメントなどと呼ばれていた。


 エクエスの質素な丸い家は、《ロムル》という惑星にあった。"暗い太陽"の他の多くと同じように、夜は暗く、朝と昼は薄暗い惑星。その《ロムル》で、ろくに明りもつけない、真っ黒な彼の家は逆に目立つ。

 彼が家に明かりを灯さなかった理由は実にシンプルである。根っからの科学者の彼は、なるべくなら自身の興味のあることの研究以外に、エネルギーを使いたくなかっただけだ。


 現在なら、"世界樹"を除けば、それほど科学研究にひたむきな者は珍しいが、この時代にはそうではなかった。

 もはやたった1つの科学結社がすべてを支配するというような時代は終わっていた。しかしそれでも、実際にそうして全てを支配していた『フローデル』の影響はあちこちに残っていた。ジオの宇宙領域では、科学者が強い力も持つ時代で、あちこちの銀河フィラメントで、科学組織が力を持っていた。

 エクエスが、幼馴染であった親友2人、トマテクスとカーライルと一緒に『水文学会』を立ち上げたのは、彼が『タットワ』という結社を抜けてから、わずか9時間後のこと。

 エクエスは、『タットワ』からしてみると、まだ若いながらも手放しがたい優秀な人材であったが、彼本人からしてみればどうでもいい話であった。

 別に何か気にいらないことがあったとか、そういうわけではない。理由はもっとまぬけなもの。


「エクエス」

「待って、待てよ、待つんだ、後20秒くらい待ってくれ」

 家を訪ねてきた、中性的な顔立ちの少年トマテクスを、即座に停止せたエクエス。


「いや、何なの?」

 待てと言われた時間は20秒だが、一応は倍の40秒ほどしてから、トマテクスは聞いてみた。

 その20秒間も、その後の20秒間も、特に彼が何かをしていたというような感じはない。

「ああ、失敗だ、失敗、失敗、失敗、あああ、失敗したあ」

 とりあえず、何かに失敗したというのはわかりやすかった。


「実は最近、こういうことにこっててさ」

 ずっと後の時代のものと、見かけも性能もあまり変わらないブックキューブの中に入れている、[空気占いの書]という本を、トマテクスの前に表示させたエクエス。

「こういう事って、占い?」

 わりと呆れ顔のトマテクス。

「まあそう、いろいろあってさ、軽い気持ちでちょっとばかし、これについての研究をして、なんだか自分でハマっちゃったというわけですよ」

 つまり、ミイラ取りがミイラになった、というやつだろう。

「ん、待てよ。確かおまえ、タットワを抜けたのは、最近の研究に関する理由って言ってたよな。まさか」

「まあ、そういうことかな。さすがにあの組織は、とても賢い方々が多いからさ、ちょっとこういう迷信深いものは恥ずかしくて」

 そう、そういう事情であった。

「しかし、迷信深いって理解した上でハマってるわけか」

「それは実際のところ、単に見解の相違ってやつだよ。違う違う違う、これは決して迷信ではないと思うんだ、いや、ほとんどは迷信にすぎないけど、中には真実があると思うのだよ」

 もう、ちょっと、トマテクスとしてはひいてしまうほどに、興奮していた様子のエクエス。

「それはそうかもしれないけど、まず何でそう思ったんだ?」

「霊感が舞い降りたんだよ。わかるかい? 霊感だよ。本物だった、間違いないよ。そうまるで運命が(ささや)いているようだった、占いをしろとね。今のところ、16の占い方法を試して、的中率は0%だが、これから徐々に上がっていく予定な予感がする。今パーセンテージは最低ってわけだ、これなら上がるしかない。実に論理的。まさしくここに科学と神秘、融合せりというわけだ」

「そ、そうか」

 幼い頃からの付き合いであるトマテクスにはよくわかっていること。

 エクエスという人の欠点。その類まれな賢さのわりには、ややバカであるということ。


「なんだ、トマテクスも来てたのか」

 そこで新たにその場に現れた、もう1人の親友であるカーライル。

「ああ、それはそれ、2人ともおれが呼んだんだ」

 そして、占いの本を消すと同時に、今度は親友2人それぞれの前に、[大災害に関する研究]と題した、資料集のようなものを表示させたエクエス。

「大災害の研究、マジでするのか?」とトマテクス。


 それは究極的に無意味な研究とされていた。それが人ごときに理解できるようなものだとは考えられていなかったからだ。

 いったい何があったのかを誰も知らないのは、誰もそれを理解できないからだと考えられていたわけである。


「この前さ、久々にリウェリィに会ったんだけど」

 リウェリィは、変換法で作られた子ではあるが、一応はエクエスの妹。元々仲はよかったが、"暗い太陽"においてあまり推奨されていない近親愛にエクエスが目覚めてからは、ずっと気まずい状況が続いている。

「あいつ、なんか別宇宙の研究してたみたいでさ、それは実際あるかどうかもわからない、というか実際、架空の時空間だったんだけど」

 エクエスたちが知っていた限り、当時存在がはっきり確かめられていた別宇宙、あるいは別領域は、当時、3つあった。

 〈ネーデ〉、〈ワートグゥ〉、〈ロキリナ〉。それらは全て、『フローデル』の時代の記録から知られていたもの。そしてリウェリィが研究対象としていたのは、そのどれでもなく、そういうものがあるだろうと仮定された、またさらに別の宇宙空間X。

「なかなか興味深い計算結果がいくつかあった」

 それは大災害が、決してジオの領域だけの悪夢でなかったことを証明していたものだった。

「こんなものが勝手に起こる現象なわけがない。あいつはそう考えてたみたいだ」

「おまえもそうだと思うのか?」

 カーライルが聞く。

「おれとしては、今はまだ、そこまで過激な推測をするような段階じゃないと思う。仮にその通りだとしてもな。ただ」

 『水文学会』なんてものを新しく初めてまで、その原因を調べようと思った理由は、リウェリィに賛同したからでなく、もっと古典的な思想のせい。

「あいつが知りたいことを、おれも知りたいと思ってさ。結局これだよ、恋の力」

「気持ち悪いから」

「気持ち悪い」

 ほとんど同時だったトマテクスとカーライルの、実に正直な反応。


 しかし、なんだかんだ、研究しがいはあるテーマであるので、協力は約束してくれた親友2人。

 それから、『水文学会』がその研究活動を終了するまでの期間は60万年ほどだった。


ーー


 『水文学会』の頃からも、長い時が経った。

 リウェリィ、トマテクス、カーライル。全員もういない。自分が科学者として生きていた頃の知り合いで、今もまだ行方を知っている人物といえば、おそらくは今、ジオの領域で唯一の、フィラメント規模の科学結社、『世界樹学術委員会』のマッドくらい。


 『水文学会』の研究に関してはほとんど覚えていない。

 ただ、今知られている、"スフィア粒子"の起源や、[pパターン仮想宇宙での一般的挙動リスト]などは、『水文学会』の仕事によるものだったことを覚えている。それらは、今現在も、水を研究する科学者たちにとって、非常に重要視されている事象であるためだ。

 1000年に1度くらいのペースで、マッドは、昔のエクエスなら即座に研究に関わらせてくれと申し出たくなるような、様々な発見や発明を知らせてきていた。おかげで、そういうことを忘れたくても忘れられない。


 スフィア粒子は、もともと生物の要素として利用されていた水の代用として開発された、"緑液(りょくえき)"の構成に必要な人工粒子。

 それを開発した、偉大とされる発明家ミーヴィリは、それにいろいろと余計な要素を付属させるために、救えた同胞を大量に見捨てた。おかげで、大災害以降のジオ生物は、それ以前と比べるとまるで超強化型である。

 [pパターン仮想宇宙での一般的挙動リスト]は、その名前通りに、pパターン粒子が普遍的な宇宙における、物質の様々な振る舞いの一覧。本としては、1京9563億2944万1585ページにもなる、正しく気が遠くなるような研究成果だった。

 実際問題、水文学会の活動期間のほとんどは、あれの製作だったかもしれない。


「エクエス博士」

 ああ、誰かが自分のことを博士と呼んでいる。

 博士。

 実に懐かしい響きだが、残念なことに空耳だろう。何せ、今の自分はあまり当たらないことに定評があるだけの占い師。

 しかしまあ、よくよく考えてみれば、当たらないということは当たってるということではなかろうか。なぜならその占いの結果が出ない事がかなり確実ということなのだから。

 おお、大発見だ。必ず当たらない占いは、つまり当たる占いなのだ。

「あの、エクエス博士ですよね?」

「空耳じゃなかった?」

 それはもう、相当に驚いた様子で彼が顔を上げた時。

 そこには声の主と思われる少女と、それよりは少し年上くらいの見かけの少年と、また別の少女がいた。

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