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神々のガラクタ船 ーWater alchemist and the Worldtree’s landsー  作者: 猫隼
Ch1・宇宙から失われたもの
12/142

12・運命の出会い、来る(水文学会3)

 酒場から少し離れた路地裏で立ち止まったザラ。

「ザラ」

 すぐに追いついてきたミーケ。

「ミーケ、ごめんなさい。ちょっと、情けないところ見せちゃいましたね」

 ザラは振り向かなかったので顔が見えないが、体を震わせていた。もしかしたら泣いているのかもしれないとミーケは思う。

「あのさ」

 精一杯の明るい声を出そうとするミーケ。

「えっと」

 しかしいったい、どんなことを言ってあげればいいのか。それが彼にはわからない。


「母はね」

 体を震わすのはやめて、ぼそぼそと語りだしたザラ。

「お父様の愛人だったの。科学者としての才を見込まれたんじゃない。それに、お父様と出会う前は、こういうところを利用していたことだって、わたしはほんとは知ってました」

 そういうことに限らず、純粋な科学研究以外のことで、研究資金を稼ぐしかない者は、"世界樹"の科学者としては出来損ないと言われる。

 もちろん、別に誰にも援助されないでも、研究できるテーマはいくらでもある。極論を言えば、誰でも科学者を名乗ることはできる。

 ただ身の程を知らない無意味とされるような研究も、そうした研究とも関係ない他者の欲望を利用するような手段も、"世界樹"の普通のコミュニティでは嫌悪される。


「わたしは母を誇りに思ってます。ひとつ残らずあの人を尊敬してます。あの人こそ、どんな理不尽な運命にも、逆境にも負けないで、自分を貫いた真の科学者だと信じてます」

 ミラには、興味あることの研究のために、興味の持てないことを覚える能力がなかった。

 文字を理解できず、機械も使えず、そもそも記憶容量が平均よりも著しく低いようだった。本当に、一般的に言われるような彼女の長所なんて、人を惹きつけるような容姿であったということだけ。

 それでもミラは、ほとんど誰にも気づかれなかったようなその天才を持って、自分の研究の重要性を確信した。ほとんど誰も知らなくても、科学者としての自分を貫き通した。

「だけどわたしには、わたしにはそんなこと堂々と言えるような資格なんてないんです」

 やっぱり彼女は泣いていた。もうはっきりとわかる。

「わたしも、わたしも昔は、お母さんを信じれなかったから。ずっと大好きだったはずなのに、あの人の子供でいることを恥ずかしいと思うことすらあったんです」


 そして、ザラは一旦言葉を止め、ミーケも何も言わず、しばし沈黙が流れた。


「ミーケ」

 いつの間にか彼の後ろに来ていたリーザ。

 実際いつ来たのかはわからないが、しかし彼女も、ザラがさっき吐き出した言葉を聞いていたろうことは、ミーケにはすぐ悟れた。そして2人、互いに考えていることを確かめ合うように頷きあう。

 付き合いはまだまだ短くても、今はザラも2人の友達。そしてミーケやリーザが、友達のためにしてあげられることなんてそんなに多くない。ただ、辛いことや、悲しいことがあるなら、元気になってもらえるように頑張るだけ。

「ザラさん、わたしたちは最近まで、あなたのお母さんのこと、何1つ知らなかったわけだけどさ。知ってからは、その瞬間からずっと、彼女がとてもすごい学者だってこと知ってるよ」

 リーザが何を言おうとしているのかもうすっかりわかって、ミーケは笑みを浮かべる。

「これはもっとたくさんの人に知ってもらいたい事実だからね。これからはバカな勘違いしてるような人と会うたびに、本当のこと、わたしたちが教えていってやるわ。ねえ、わたしたちは最初から1回たりともあなたのお母さんに対して疑いを持ってないんだし、あなたの言うような資格に関しては何の問題もないでしょ」

「リーザ、ミーケ」

 そしてザラは振り向き、次には彼女も笑みを見せた。

「わたしは、あなたたちよりも、きっとずっと子供ですね」

「いや、おれたちなんて全然」

「いえ、わたしたちは別に」

 重なったミーケとリーザの声に、ザラはまたくすりと笑う。


「2人とも、ありがとう」

 そう礼を告げながら、ミーケらの横を抜けて、路地裏から出たザラ。

「本当に、余計な心配かけたことはすいませんでした。あらためてエクエスを探しましょう」

「あ、そのことなんだけどさ」

 リーザは、もう酒場にて、彼の店がどこに存在するのかを聞いていた。

「でも、あの男は?」

「ちょっとばかし驚かせてやったわ。ザラさん、わたしはさ、ミーケみたいに科学の話とかにはついていけないかもしれないけど」

 そこはわりと気にしているようであるリーザ。

「ああいう奴を黙らせるのは得意だからさ、わたしが一緒にいる時は、もっと頼ってくれていいよ」

 強く、そして優しい言葉だった。

「あの、ありがとうございます」と、ザラはまた礼を告げた。


ーー


 その占い館は、他は食べ物の店ばかりの、商店街の一角にある。客はめったに来ない。来ても、冷やかし目的という場合がほとんど。


 (つば)の広い、いかにも魔法使いのそれという感じの三角帽子を首にひっかけている。茶色混じりの黒髪に、垂れ目。少年とはまず言えそうにないが、そこそこ若い見た目。

 彼を探す3人のことなど知りもしないエクエスは、いつも通り水晶玉の前で何枚かのカードを使った、占いごっこ遊びの開発にいそしんでいた。

(今日、運命の出会い、来る)

 彼自身が、原理も何もまったく理解しきれていない占いの結果。そんな結果が出るのは、覚えている限り641回目。そして、それまでに640回外れ続けたその結果だが、この時ばかりは当たることとなった。


ーー


 "世界樹"を構成するどんな物質要素も、まだ存在していなかったようなくらいの昔。

 "(くら)太陽(たいよう)"というフィラメントでエクエスは生まれた。

 彼が生まれた時代には、もう水は宇宙から消えていた。

水は豊富に存在している物質であったという記録も、すでにほとんどなかったわけだが、そのわずかな記録の1つを、彼は両親から受け継いでいた。

 だから彼は、そもそも調べたりしたとかでなく、水が失われたのが、いったいいつの時代のことなのかを、幼い頃から普通に知っていた。


 昔の話。

 存在自体が狂気と呼ばれた忌まわしき生命体リリエンデラ。それに、その後の全てを支配しようとした恐ろしい科学結社『フローデル』との戦い。

 それら2度の連続した大規模な戦いの後。疲弊しきったジオの宇宙が、それでもまた再興を追い求めた、第三次再生期と呼ばれていた時代が始まってから、また、どれくらいかがたってから。

 それは唐突であったともされるが、だとすると、今もジオ族が生きていることと矛盾するようにも思われる。だがとにかく、その現象自体は、ごく短い間の出来事だったらしい。

 普通考えられないような規模で、宇宙に存在するあらゆるエネルギーに変質が生じたのだ。それで水を含め、あちこちにありふれていた様々な物質が、消え去ることになったのである。

 それは単に大災害と呼ばれた。


 そして大災害が過ぎ去った時。生き残っていた人間は、わずか2000人ほどだったとされている。

 生き残りの内の2人は、エクエスの両親だった。2人が受精法により生んだ6人の内、彼は最後の子供。

 エクエスが生まれた時期は、大災害前後に、最も一般的に使用されていたケテナ暦では2653万3111年。

 早いもので、もうジオ族は、18もの銀河フィラメントに、水なき世界に対応した新しい社会を構築しており、人間の数も、意図的な管理があった『フローデル』の時代よりも多くなっていた。

 幼い頃からの親友2人と一緒に、『水文学会』を立ち上げた時、エクエスは300歳ほど。当時の基準では、現在よりもさらに子供といえるような年代。

 その見た目も、今のザラと同じくらいに子供ぽいが、トレードマークともいえる三角帽子は、その頃から持っていたもの。

 そして、その『水文学会』という組織の最大の目的は、水の研究というより、それが失われた大災害とは、実際にはどのようなものだったのかを明らかにすることだった。

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