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3ー24・計画された出会い(永遠冬2)

 シャーリド・リーザ・エクヴェド暦-?

 ケテナ暦296111……


 ムクルと彼の11人の子が、フィラメント"冬世界"の惑星《ヴァルカ》に移住してから、ムクルが死ぬ時までに生まれたザードアトヴァの子は、記録の中では「ヴァルカの民の第一世代」と呼ばれている。

 系譜としては、ムクルと《ヴァルカ》の原住民のどちらにも繋がっているが、そのどちらにも関係なく、つまり、ムクルが《ヴァルカ》において始めた軍事国家の計画に関わらないで生きる者も大勢いた。

 実のところミジィは、そうしたはぐれ者の1人のはずだった。《ヴァルカ》とは同じ星系であるものの、主恒星も違っている人工惑星の《フライグ》で、少なくともそこにあった社会の中では一般市民の子として生まれた。


「ミジィ」

「何?」

 部分的に壊れた球体が重なっているような、大きな部屋の中。仮想空間神経系とリンクして、戦闘ゲームをしていたが、外部(リアル)からの父の声で中断したミジィ。

 ちょうどいくつもの球体が回転して、それぞれに開いている部分が連結するようになって出入り口ができ、そこから入ってきたミジィの父は、子供の息子と同じように子供の姿。遺伝的繋がりのために、見た目もよく似ているから、兄弟のようでもある。


 この頃はまだ《ヴァルキュス》という名はほとんど使われていなかったが、その原型はすでに《ヴァルカ》の星系としてあった。後の一族という個と繋がりのシステムに近いものも。

 子供を生むのに"変換法"はあまり好まれなかった。それはこの先もずっと同じだが、このころの特徴として"不可侵(ふかしん)コード"というのがあった。ようするに家系ごとに、普遍の遺伝暗号をセットしているのが基本。この頃の《ヴァルキュス》の親と子は、普通の受精法の場合より、情報学的に近しい存在。

 この軍事国家を作ろうと決意したムクルが見ていた未来はまだまだ遠かった。大災害前の軍事的なデータもほとんどなかったから、ただ戦闘のための力だけでなく、知識を集める必要もあったのだ。ヴァルカの民は全員が、まだ小さな国家の民であるとともに、強力な生物兵器研究のための実験サンプルだった。


「ちょっとな、探してたんだ。ここにいるとは思わなかったが」

「どうも、ぼくが考えてるよりも時間が経ってたみたいだね」

 ミジィはもう、15年ほど、ひたすらにゲームしていた。

「ミジィ、そんなに戦うことが好きなら、なぜお前は軍に行かなかった?」

 父の疑問はもっともだったろう。

 この頃の《ヴァルキュス》は、15から100歳までの間の年齢の者なら、誰でも希望すれば、星系全体で共有されている軍組織に入ることができた。そうすれば、実際の戦闘の機会こそまだあまりなくとも、単なるゲームなどではなく、民間には禁止されている特殊な戦闘シュミレーションなども利用することが可能。しかしミジィはこの時もう200歳、幼い頃から争い事が好きだったのに、軍にはずっと無関心だった。

「誰でも知ってることだろ。《ヴァルカ》は」

 その原型ではあっても、《ヴァルキュス》という名称を使う者は少なかった。

「ずっと未来を守るために作られた。軍は兵器。いつかこの宇宙に現れる、何か理解しがたい存在に対する、人間が持てる一番強い武器を作るのが目的なんだろ」

 ずっと後には一部の者だけに教え継がれるようになった、最大の、あるいは真の目的。しかしこの時は、民の誰もがそれをよく理解していた。

「ぼくには向いてないよ。誰かのために戦う気になんてなれない。ただ戦うことが好きだなんて、狂気だ」

 国家の忠実なコマにはなりえない。そんな存在はいらないと考えた訳だ。ただミジィは、おそらく勘違いしていた。

「十分に準備が整ったら、遠くへ行こうと思ってるんだ。それでもしも、ぼくが十分に強くあれたなら、どこか別の世界をかき乱したりもしてみるよ。それが多分、この国のためにもなると思うし。ぼくができることはそれぐらいだよ」

 しかしそれが、まだ若いミジィの答だった。


ーー


 シャーリド・リーザ・エクヴェド暦-?

 ケテナ暦330096……


 《ヴァルキュス》は銀河の時代にあった。たった1つの惑星から始まった《ヴァルカ》は、少しずつ勢力を拡大し、いくつもの星系を取り込み、この頃にはもう、フィラメント"冬世界"において最大の銀河系になっていた。

 ミジィはもうずいぶん故郷に帰ってなかったが、フィラメント内にはいた。今だに、ヴァルカの民としての自覚はあった。だから、明らかに、昔推測されていたよりも急速に拡大しつつあった故郷に不穏な影を感じた時、探りを入れることに迷いはなかった。


 "時空間戦闘機"は開発途中。この頃にはそれの前世代とも言える、"亜空間戦闘機(あくうかんせんとうき)"というのがあった。すでに"次元変換システム"も次の世代のものに近かったが、"構成粒子加速法"との合わせ技はまだまだ理論段階で、とても実用的なものとは言えなかった。それでも宇宙戦闘機としては十分に強力。

 基本的に研究、開発工場でもある、その戦闘機群の倉庫は、《ヴァルカ銀河》内に4つあったが、その内の1つにミジィは侵入した。

 かつての人工星系を特殊金属の膜で覆った、工場とか倉庫とかいう名前にしてはとてつもなく大きい、無機質な小世界。ほとんど全て金属物質ばかりの中で、生物組織は目立つ。招かれざる誰かがやってきたことはすぐに気づかれたが、問題はなかった。何かの破壊が目的でないなら、追跡セキュリティから隠れるくらいできた。

 ミジィは、別にそういうことには興味なかったが、〈ジオ〉の、むしろどんな生物のテクノロジー史からしても、それは奇妙なことだったろう。つまり《ヴァルカ》において、生物の改造速度に、機械システムの発達が追いつけていなかったのである。後から考えるなら、明らかに大災害という喪失と、緑液という推進剤のためだろう。


 銀色の建物群が、地上空中問わずに並ぶ中、巨大なリングのようなものの端に突き出ている、三角の施設。そこは倉庫の管理者の1人であるマリオルの家。

「ミジィ、お前か?」

 遠慮もなく、ドアを開けて姿を見せたミジィを、彼は知っていた。

「何が目的かは知らないけど、多分無意味だと思うぞ。おまえが今何者でもな。ここはまだ国の核から遠すぎる」

「別にこの国に何かしようとかそういう話じゃないよ。ただいくつか確かめたいことがあって」

 それがミジィが、今も軍の関係者で、行方を知っていた唯一の知り合いに会いに来た理由。

「いいさ」

 迷いも少し見せたが、手元の装置で何かを確かめてからは、どこか諦めたようだったマリオル。

「何でも答えてやるよ。おれが知っていることならな」


 収穫としては予想以上だった。ミジィはこの時、自分で考えていたよりずっと無知だったから。

 ムクルはこの時すでに死んでいて、しかし彼は、後を継ぐ者たちのために、多くの命令を残していた。ミジィはずっと後で知ったのだが、実はその命令情報の中には、ミジィ個人についてのことも含まれていた。

 "構成粒子加速法"は《ヴァルカ》で開発されたが、それを学ぶための方法は、すぐさま"冬世界"中に広められた。ただし当時これを独学で、ある程度実用的なレベルで身に付けられた者など、フィラメント中でほんの数十人程度。だが実はその数十人こそ、ムクルが待っていたもの。

 ムクルが生きていた頃には、他の誰も全ての詳細を実は知らなかった彼の計画において、"構成粒子加速法"という、生物の可能な最大の能力を強制的に引き出しコントロールする技の開発。それに続く外部で独自にそれを学んだ者の登場は、絶対に必要だった過程。

 これも危険な賭けだった。必ず信頼できて、後を、ずっと先の未来を任せられる者が、その外部の者たちにいなければならない。ムクルはミジィを選んだ。

 だが、そこまでのことは知らず、しかしミジィを疑わないようにと、亡きムクルから指示されたマリオルは、前置き通りに、彼の全ての質問に答えてやった。


 構成粒子加速法や時空間戦闘機の理論的な可能性。実体なきものについての情報。そして、国の中の反逆者のこと。

 『フローデル』という組織のことは、すでに知られていた。だが、それは放置されていた。マリオルだけでなく、その事を知る多くの者が、ムクルはまだ何かを待っているとだけ悟っていた。


ーー


 シャーリド・リーザ・エクヴェド暦-?

 ケテナ暦360466……


 "冬世界"は、ジオ宇宙全体のスケールで見るなら、比較的孤独な領域。大災害より後は、局所的には物質密集地帯が増えたが、実質的には空洞(ヴォイド)自体も小さくなっている。"冬世界"というフィラメントは、他に比べて循環エネルギー量が大きすぎて、その周囲に漂っているようないくつもの非フィラメント銀河の位置関係を乱し、必然的にバラけさせていた。

 そのいくつもの銀河世界にも、もう人がいて、すぐ近くに、やがてすべてを飲み込むかもしれない怪物がいることも理解していた。

 戦乱の時代が近づいていたが、それを避けることもまだ出来る段階だった。やがて"冬世界"は全てが《ヴァルカ》となるだろう。だがそれは同時に安定をもたらし、循環エネルギーの影響を小さくするはず。それはすでに危機感を感じ始めている周囲の全ての銀河国家にとって攻撃の好機となろう。だが、そうなることはほとんどわかっているようなものなのだから、そのような反乱の芽を先に潰しておくことは可能。

 ミジィは誰よりそのことがわかっていた。彼は《ヴァルカ》の者であり、いくつかの外部銀河国家と繋がってもいたから。『フローデル』の存在は、どんどん厄介になってきていた。もう外側からでないと、確実には潰せないかもしれないほどに。むしろムクルの子たち、《ヴァルカ》の民たちが、さらに強大となっていく軍組織から排除されつつあった。だから、ミジィは自分が戦おうと決めるところだった。

 結局彼を止めたのは、ムクルその人。


「死んだはずだ」

「死んだ、だが、少しだけは生き返る必要があった」

 巨大な、ほとんど単にさまよう家である宇宙船の一室。盗んだ"亜空間戦闘機"を整備していたミジィの前に現れたムクルは、機械となった半分くらい以外は、ミジィが記憶していたまま。

「ミジィ。わたしは、おまえのことは知っているつもりだ。おまえは《ヴァルカ》の民で、おまえが多分最後になる」

「協力してほしいなら、今全てを話せ。実体なきもののためじゃないのか? なぜ古い者たちを許す?」


 ムクルはおそらく、実体なき敵が再び現れるであろう時期を知っていた。それで、間に合わないと考えていた。

 彼は他の誰かのために戦うことを決めていた兵士で、《ヴァルキュス》というのは、彼が自分だけでは守れない全てを守るために作った、特別な軍事国家。

 避けようはした。それはあくまで最終手段でしかなかった。だが、どうしてもそれを選ばなくてはならない場合に、それならもうやめる、というような道だけは絶対にありえなかった。

 つまり最初《ヴァルカ》に尽くしてくれたた者たちを切り捨てる必要があった。


「おまえは隣の宇宙領域のことは知っているか?」

 〈ネーデ〉、〈ロキリナ〉、〈ワートグゥ〉、ムクルは全ての現状を見た。

「知ってるわけないだろう。今驚いたよ」

「我々のように救われなかった。だがおそらく、我々には残せなかった記録がいくつかあった」


 ミジィはその時に聞いた以上のことを知らない。だが、それだけで十分すぎた。


-ー


 現在。


 リーザは、隠れながらとかは考えず、ただひたすらに急いだ。

 《中枢》において、侵入してきたこと、どんな目的があるかとか、そんな事気づかれてもどうしようもないくらいに、素早く事をすませればいい。

 問題は、そこには、道を探りながらの彼女よりは速い者がいること。《中枢》については、リーザも知らないことが多い。どうするつもりかなのかは予想できなかったが、直接的な戦いになる覚悟は決めていた。

 最初に見つけた、外からの見た目としてはひたすら荒野ばかりのコンピューター惑星に、時空間戦闘機を着陸させて、外に出てきたリーザ。

 同時に、何かが墜落してきたかのような爆発が近くに起きて、そのすぐ後に、ワープで現れた青年。

「やめろ、リーザ」と彼が言った時点で、彼の後ろすぐ上に移動して、蹴りを見舞いする寸前だったリーザ。

「あなた、わたしを誘ったんじゃないの?」

 あまり考えたくなかったが、自分は騙されて、何もないダミー場に来てしまったのでないかと、リーザは心配していた。

「何の質問もおそらく無駄だよ。ぼくは構成粒子加速法を完璧に会得してる、きみと同じでね。つまりぼくはきみに嘘をつける。素粒子の動きの段階から心をコントロールすることで」

「だけど信じてほしいっていうの? 信じられると思うの?」

 すでに、彼の嘘を見抜くことができないということだけは、確実に本当だとわかったリーザ。

「もちろん普通に信じてもらえるなんて思ってないよ。だけどぼくの方は、きみの兵としての能力を信じてる。きみは戦場では必ず可能性の高い方に賭けるはずだ。いつでも全てを計算した上で」

 確かに、状況的には彼は少なくとも、敵ではありえない。あまりにも無防備すぎる。リーザがその気にさえなれば、どんな動きの防御も起動する前に殺すことが可能な距離で、自分に何の操作も行おうとしない。

「あなた」

 さすがのリーザも少し不気味に感じた。

「誰なの?」

「やっぱり」

 彼は笑みを見せた。

「ぼくの顔は知らなかったんだな。ぼくはミジィ。リーザ、きみが最初にシャーリドに反抗した時、それにきみがこの国を出ていく時に、いらない手を貸した黒幕だ」

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