カミラ6歳
遂に運命の日がやってきた。
今日まで私は誰よりもお稽古ごとに取り組み、誰よりも自分を磨いた。
王族、公爵家を除き、家柄では一番うちが高貴。
ドレスだって髪飾りだって、厳選に厳選を重ね美しく愛らしく、それでいて悪役令嬢に見えないものを選らんだ。
どうしようもないうねる髪も寝る前に本でプレスして、寝返りをうたないように気を付け簡易的ではあるが、できるだけヒロインに寄せたストレートロング。
前世だってここまで何かに取り組んだことはなかった。
頑張った。
私は頑張ったのだ。
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「(さすが悪役令嬢、モブたちより頭一つも二つも突き抜けて可愛い)」
思わず自画自賛してしまうが、メインキャラでないとはいえ名前のあるキャラクターに成り代わった私はそのお茶会で一番可愛いと自覚した。
成り代わりと言うこともあり、若干他人事のようにも感じる分素直に『私ってかわいい!』そう思えたのかもしれない。
少なくとも前世ではこんなにナルシストの様なこと思ったことはなかったはずだ。
お目当ての人物を自然な振る舞いで探しつつ、習った通りにあいさつ回りをする。
子供のお茶会であいさつ回りってどうなのとも思ったが、貴族社会ではやはりこれが普通なのか、ほとんどがうちよりも階級が低いため周りの子供立ちは私から声をかけられるのを待っている状況だ。
これを無視して王子のところへ行ってしまうのは悪役令嬢でしかない。
早く彼の元へと向かいたいけども、私は真摯に目の前のご子息、ご令嬢たちに笑顔で対応する。
「(私が王子へ取り入るよう両親から言われたように、彼らも私に取り入るように言われたんだろうな。)」
どの程度彼らがそれを理解して実行に移しているか分からないけど、貴族の6歳ともなればある程度、理解しているのだろう。
彼らの私を見る目はあまり気持ちのいいものではない。
純粋に友達になろうなんて話しかけてくる人は1人もいないように思えた。
「(まぁ、身分差がある以上仕方がないよね。)」
6歳の彼らでもそれが分かるのに、16歳で出会う予定のヒロインはよほど無知なのか、神経が図太いのか鈍いのか、よく最高位である王族を始め、名だたる名家の攻略キャラ達と仲良くなったものだと少し呆れる。
折角の庭園、美しい衣装を身にまとう子供たち。
おいしそうなお菓子、一見楽し気な声。
それなのに媚びへつらう嘘くさい笑顔が、言葉のすべてが私へのご機嫌取り。
青空の下で息苦しさを覚える私は、何とかあいさつ回りをおえ目的の人物の元へとたどり着いた。
美しいバターブロンドの髪。真っ白な肌、ヘーゼル色の瞳。
あれほど美しいと思っていた自分の色が恥ずかしくなるぐらい美しい人がそこにはいた。
言葉を失うとはこういうことなのだと後になって気づく。
思わず黙り込んでしまった私は、慌ててカーテシーをして挨拶をする。
「カミラ・キャンベルでございます。」
あれほど練習したのに父の名を告げることも、気の利いた言葉をつづけることもできなかった。
攻略対象キャラの中ではそれほど特別に思っていなかった彼は、とんでもなく美少年だったのだ。
「ルーカス・キングだ。」
この出会いのイベントは一枚のスチルと16歳のルーカスの語りでしか知らないが、本来私が女王に媚びへつらい、お茶会中2人から離れず後日婚約の話を父に持って行かせたという強引な手法を取ったらしい。それがカミラの両親が望んでのことだったのか、カミラ本人の意思だったのかルーカスを見て分かった。
「(絶対カミラの独断だ。)」
流石に王族を独り占めしようなどと今の私には非常識だと分かっている。
すぐさまこの場を離れて、私は無害ですよとアピールしようとした。
「…母上、少し彼女と話してきても?」
まさかのルーカスからの申し出に私はもちろん、女王も目を丸くした。
だってこの頃の彼は婚約もまだだったため、毎週行われるお茶会に疲弊していたはずだ。
『媚びへつらうしか能のない女ばかりでうんざりしていた』
そう語っていた。この後カミラの婚約を受け入れてしまうのも、これ以上お茶会に出たくなかったからだと語っていた。少なくともカミラに対する好意はなかったはずだ。
だから何が起きているのか混乱する。
今日はあくまで顔見せのつもりだったのだ。
この後どう攻略するかなんてまだ何も決めてない、どうしよう、ルーカスの情報を頭の中で慌てて引きずり出す。
♦
ルーカス・キング。
私たちの住むグリモワール国の第三王子。
珍しくも王には側室はおらず、第一、第二王子も彼も正妻の子でルーカスは兄弟内で唯一魔力を持っていた。
魔力を重視する国ではあったが王族だけは例外。王位は魔力よりも統制力を重視する。
そして年子の兄弟はまとめて帝王学を学ぶのだが、子供の頃の年の差は想像以上に大きい。
同い年でも春生まれと冬生まれで、体の成長はもちろん体力的も脳の発達具合にも差が生じるのだ、1,2歳上の兄たちの方が優れて見えるのは当たり前だ。
何をしても兄たちには勝てず、彼はずっと悔しい思いをしていた。
そしてその結果、彼の王位継承権は兄弟の中で一番低い。
「(単純に年功序列なだけだけど)」
それが原因で彼はずっと自分に自信が持てなくなった。
そのことを隠すように横柄な態度を取ってみせるが余計に子供っぽく見えてしまう悪循環。
ゲーム内で彼を称する言葉は『俺様馬鹿王子』。
あの時は何とも思っていなかったが、そんな風に周りから思われるのは少しばかり可哀想だと感じた。
彼のルートではヒロインと出会うことにより王族としての生き方以外を知り、そのことが王族としての責任感を知ることになった。
どのルートにも出てくる『魔獣事件』でヒロインのアドバイス通りにしたところ、見事撃退。両親や兄弟はもちろん学園中から称賛を浴びて彼の自信が戻り始めた。
撃退したことと、学園にいる王族がルーカスだけと言うこともあり『魔獣対策会議』という大人だけの話し合いの場にも呼ばれたことも彼に自信がつく追い風となった。
話合い後、学園に戻ったルーカスは自分の信じられる仲間だけ集め『魔獣討伐』の提案をする。ここでヒロインが
「みんなで頑張ろう」とルーカスに「いい案はありますか?」を選択することでルーカス個別のラブエンドへの道が決まる。
うっかりルーカス以外の「○○はどう思う?」を選んでしまうとルーカスバットエンド決定だから気を付けなければいけない。
ルーカスのバットエンドは国の崩壊だ。
折角ついた自信をヒロインによって奪われたと思い込んだ彼はそんなにオレは頼りないのかと自信を失ったまま討伐作戦に臨み、魔獣追撃に失敗。
自らも深手を負いしばらく病室暮らしとなる。
彼が病室から出ることなく過ごしている間に自体は進み、学園はもちろん中央区を始め魔獣の浸食は進んでしまっていた。
国の情勢も悪化、外に出ることは危険とされたが家の中も危険となったらもうグリモワールにいることが危険とされ多くの国民が他国へと流れた。
それだけではなく、実際に魔獣の被害も増え続けそれに便乗した犯罪か不明だが、謎の変死体も多く報告が上げられ王族はもちろん、騎士団ですらどうすることもできないでいた。
そんな様子を窓越しに見たルーカスは虚ろな目でヒロインの名をつぶやき、再びベッドへと戻る。
そこでエンディング。
「(だめ!そんなの絶対ダメ!)」
国として正常に機能しなくなったグリモワールに安全な場所なんてありはせず、ベッドに戻った王子の安否はどうなった!というのがファンの声。
少なくとも王子でありながらあの状態で放置されている以上、他の王族はすでに魔獣に殺されたか、対応に追われてそれどころではないのか、少なくとも幸せにはなれるはずがない。
バットエンドだし。
♦
そんな俺様馬鹿王子の幼少期がこんなに儚げで愛らしいとは思ってもみなかったし、お茶会にうんざりしていると思っていたのにもかかわらず、声をかけてもらった。
言葉に詰まっていると「大丈夫?気分悪い?」そんな気遣いも見せた。
「いえ、初めてのお茶会でしたので、少しばかり緊張してしまって。」
当り障りなく答えたつもりだったが、彼には何か感じるところがあったのか笑った。
「僕もお茶会続きで疲れていたんだ。」
彼がこんなにも穏やかに話す人だとは思ってもみなかった。
余計に混乱する脳内はボロを出す前に早くここから離脱せよと警告音をならし続ける。
「私一人、王子を独占しては申し訳ないですわ。」
そう言って立ち去ろうとすれば腕を取られた。
「みんな、僕の気を引こうとばかりするんだ。君は違うの?」
よくありがちな『君だけは違う』シチュエーション、王子の目が輝いていることから何かを期待されていることに気づく。
やっぱりゲームでのカミラの行動はルーカスにとってNGだったのだ。