ヴァージン・メイデンズ・バストフィーディング・ザ・キューテスト・チャイルド
「まあセーフ? わりと重症だけど、アルフは強い子だから。
それに私もいるしね」
ヴェラの問いに、エマコがアルフに代わって答えた。
「よかった。撃ってしまってごめんなさい、アルフ」
「こちらこそ、プレジデントの身体検査が不十分でした。
お怪我はありませんか、ヴェラ?」
「はい。あなたが守ってくれましたから。ありがとうね、アルフ」
「どういたしまして、ヴェラ」
エマコに応急処置を施されるがままの姿勢で、アルフは穏やかに言った。
「……しかし、本当によくやってくれましたね、アルフ。
あなたのおかげで、私は今日の勝利をつかむことが出来ました。本当にありがとう。
ご褒美、いえ、お礼をせねばいけませんね。
私はあなたの働きをねぎらうために、どんなお礼をしたらいいかしら?
何でも言ってごらんなさい、アルフ」
「うーん……」
特に思いつかなかった。
ついこの前、クリスマスプレゼントをもらったばかりなのだから。
<アルブ・デュクス>ぬいぐるみだけでなく、車やリボルバーも買ってもらった。
アルフは答えに窮する。
しいていえば、何か飲み物が欲しかった。
濃い味付けのロブスターの缶詰やらオイルサーディンなどを食べたために。たとえば牛乳など。
「何でもいいのですよ、アルフ。
私はあなたと、勝利の喜びを分かち合いたいのです」
「それでは、ミルクを飲ませてください、ヴェラ」
「はい喜んで、アルフ。
……ん、その、ミルクだけでいいのですか?」
「はい、ヴェラ」
アルフは無心に言った。
身長差と治療のために取らされた姿勢から、目線はヴェラの胸元に向いている。
「ああねー。
そういえば全裸乗馬パートでは『両親の話をしてやるから私に従え』って話だったね。
その代わりに、お母さんみたいにおっぱいあげるってえのは、代わりとしちゃ自然だもんね、確かに。論理的帰結だ」
にやついた笑みを浮かべ、エマコが閃いたように言う。
特に意味はない。しいていえばヴェラをからかいたかった。
「それは、そうかもしれませんが……」
ヴェラは困ったように、よくわからないと言った調子で言葉を絞り出す。
何者にも聴き取れぬほど小さな声で、恥ずかしそうに。
今は12月だ。
さらにここは高層ビルの屋上。決して暑いはずがない。
しかしヴェラの頬は朱をおびている。アルフは不思議に思う。
「とにかく! それはこの戦果には不適当です。何か他になさいな、アルフ」
「そうですか……」
アルフは他の欲しいものを考える。特に思いつかず、黙りこむ。
「『何でも言ってごらんなさい』ってヴェラ子ちゃん言ってたのにねー。
アルフもついてないね。
約束も守れないような子に大仕事を任されてさ」
「……いいでしょう。そこまで言われては退くわけには参りません。
……アルフ、あなたの働きは本当にすばらしいものです。
名誉ある戦士の望みとあっては叶えぬのは信義にもとる行い。報いられるべき者は報われねばなりません。
ええ、そうでしょうとも。私の度胸のなさなど、顧みる余地のないことです」
ヴェラは自分に言い聞かせるように言って、アフタヌーンドレスの胸元をいじった。
「さあ、いらっしゃい、アルフ」
ヴェラは服を片手でかきあげ、アルフに手招きした。
「はい、ヴェラ」
アルフがヴェラに近寄る。
ヴェラはアルフを抱え込むようにし、胸元を必要最低限だけあらわにし、乳頭をさらす。
「さあ! 心行くまでお吸いなさい! アルフ!」
やけくそになってヴェラは叫ぶ。
「わあい。ありがとうございます、ヴェラ」
「……!?」
ちょっとしたからかいが狂った形に帰結したことに、エマコは仰天し、また非常に困惑していた。
一般常識に乗っ取って考える限り、授乳せよと言われても、自分の子でも乳飲み子でもない相手に授乳する者はいない。そのはずだ。
しかし、眼前の光景は一体なんであろう?
エマコは理解が及ばない。
カルチャーギャップ、ジェネレーションギャップ……そういった観念を持ち出して現況を精査してみるものの、やはり何がどうしてこうなったのかわからない。
何らかの重大な事情があって、ヴェラは授乳を決断したのか?
あるいはエマコ自身、ここ数日の過労からなんらかの脳障害を発症していて、極めて当然の流れであるこの授乳行為に至る文脈を、理解できなくなっているのだろうか?
アルフの応急処置にかかる手を止めることなく、エマコはヴェラの顔を見る。
「ん……あまり時間をかけないでくださいね、アルフ。
ファミリーの者に、このような姿を見せるわけにはいきませんから……」
ヴェラの顔は赤い。
エマコはそれを羞恥によるものではなく、発情した雌の表情だと考えた。怒りが沸騰する。
「メスペドビッチ……! 変態ドマゾの色狂い……!」
恐るべき声でエマコは罵った。
助命を求めるヴェラを拒絶したときよりも、なお冷たい。
「んっ……はっ……」
アルフのうるわしき唇が乳頭を捕らえ、ヴェラの乳を吸う。
ほんのあえかな痛みと共に、甘美なくすぐったさがヴェラを襲う。
この快楽は意外なものだった。ヴェラはどこか昂揚し、アルフをおおうようにして抱いていた。
「……っぁ……」
不意に、アルフが口を離し、ためにヴェラは熱い息を吐いた。
「出ていません。ヴェラ。もっと出してください。まだ一口も飲めていません」
「は、あ、飲む?」
ヴェラは面食らった。何か、アルフとの間に齟齬があるように思う。
「……ねえアルフ、ミルクが飲みたかったから、お乳を吸いたかったのかしら?」
「はい、ヴェラ。
なんだか喉が渇いたので、ミルクを飲ませてもらおうと思いました」
「あ、そう……」
ヴェラは妙な気分で胸元をなおし、アルフの頭をなでる。
アルフは小さい。
背丈でさえ、ヴェラよりも頭一つ分小さい。
実年齢は乳児に等しい。まだほんの、本当に小さな子供なのだ。
「……ごめんなさいね、アルフ。
おっぱいはありますけど、ミルクは出ないのです、私……」
「そうなのですか……」
アルフは残念そうに言った。
「……ではエマコ、お乳――」
「いや出ないからね、私も」
エマコの方を振り向いたアルフの言をさえぎって、エマコが否定した。
「ヴェラよりも大きいのに?」
「出ないよ。大きさは関係ないの」
「大きい方がたくさんのミルクがたまっているのではないの?」
「違うんだ。水風船みたくミルクがつまっているわけじゃなく、これはほぼ脂肪だから」
「脂肪……でもエマコ、おっぱいからミルクを飲んでる赤ちゃんがいたよ」
「子供を産むと出るようになるんだよ。私はアルフを産んだわけじゃないから出ない」
「そっか」
残念がりながらも、アルフは納得したように言った。
「けど、物の試しに吸ってみてもいいのではないかしら?
もしかしたら、おいしいミルクが出るかもしれませんよ」
ヴェラは言いつつ、エマコの後ろに回り込む。
「あ、おいコラ」
ヴェラは左腕をエマコの首に絡ませてホールド。右手でパーカーのジッパーを下げにかかる。
エマコは反射的に抵抗する。体格に勝るために、ヴェラの手は容易に払いのけられる。
だがパーカーのジッパーをほとんど下げた後だった。
ファストファッションの黒いブラに包まれた豊満な乳房があらわになる。
覆面にするために、中に着ていたTシャツは脱いでしまっていた。今、エマコの防御力は低い。
「さ、アルフ。飲んでごらんなさい」
「待て! 出ないって言ってんじゃん!」
「いいではありませんか。お乳の1口や2口。
人を罵った報いをお受けなさい、博士。
むしろあなたは、アルフが撃たれる直接のきっかけを作った分、私より重罪でしょう。
《お乳の出る薬》か何か使って、本当に飲ませてあげてもいいはずです」
「んな面白薬持ってねえよ!
私ゃエロ漫画の展開加速用博士キャラじゃねえんだぞお!」
「では〝なろう小説のメインヒロイン〟とやらにふさわしく、そのまま吸わせてお上げなさい」
「うん、そうだね。
――なんて言うとでも思ったか! このド糞お姫野郎!」
アルフはエマコの乳房を無造作につかんだ。
抱き上げられた乳児のような気負いのなさで。
「ぁ……」
エマコの声音が変わる。
「ブラをずらしてお吸いなさい。私と違って出るかもしれませんよ」
人をそそのかすエデンの蛇の表情で、ヴェラはアルフにささやいた。
「ブラとはなんですか、ヴェラ?」
「その黒い布です」
「そういう名前なのですね」
アルフは言いつつ、ブラをずらす。誰に命令されたわけでもなしに、エマコは足を止めていた。
乳頭が外気にさらされる。
ひやりとした感触が、エマコに走った。
「……私は理知的だから、生後七か月の子におっぱい吸われたからってなんとも思いません」
「それは結構です、博士」
「そうとも。
君と違って――ん……」
エマコの声音が変わる。
羞恥、あるいは快楽の甘さがあった。ヴェラと同様、この行為はエマコを高揚させた。
アルフは口に含んだ乳頭を、先ほどよりも強く吸う。
そうすればもしかすると、ミルクが出てくるかもしれない、との期待から。
しかし何も出なかった。
「……本当だ。出ない。女の人はミルクが飲めて便利だと思ったけれど、違うんだね」
「……そうだよ。こんなのはただぽよぽよしてるだけなんだよ」
「ぽよぽよ」
「人のおっぱいで遊んじゃ、め」
「はい、エマコ。では何を飲もうかな……」
「ぎゃあ」
イヴの声にアルフが振り向くと、服をまくってすべやかな胸をさらしていた。
「君が飲ませてくれるの? ありがとう」
「ぎゃあ!」
アルフはイヴを抱き上げ、稚い乳首に口づけた。吸ってみるも、何も出ない。
「やっぱり出ないみたい」
「にぇえ……」
「でもありがとう」
「ぎゃあ」
アルフはイヴの胸に再びキスをして、腰をかがめて地面におろす。
イヴは喜悦の声をあげ、アルフの額にキスをした。アルフもキスを返す。
「しっかしまあ、フランベ射殺の直後、新鮮な死体をほっぽっといて、おっぱい吸う吸わないできゃあきゃあやるってのも、なかなかサイコだよね、私ら……。
すぐそこに死体落ちてんだよ……?」
「言われてみればそうですね。
……最近まで、目の前で人が殺されるのさえ怖かったのに……。
なんだか夢か何かのようです。極限状態による感覚のマヒとはこんなものでしょうか?」
「かもね。
……ところで、帰ろっか。
アルフに本式の治療してあげたいし、ちゃんとしたご飯もあげたいし、何より気ィ張って疲れたよ」
「まだ治すの? もういいよ」
「アルフとしちゃ痛くもないからそう思うんでしょうけどね、ほんとに重傷なんだよ、君。
ぼうっと生きてるとなんでもないことで死んじゃうくらい。
そんなこと私の目の黒いうちは起こさせないけどさ、ご面倒でももう少し辛抱してほしい」
「仕方ないね」
「ぎゃあ」
その後、マフィアたちの何人かが戻ってくるのを待って、一行はヘリに乗りこんだ。
「ドン・ヴィペルメーラ、見事な処刑でございました」
「どうも、ニコラス」
「つきましてはお手すきのことと存じますので、今こそ御指揮権を返上いたします……!」
「はい、確かに」
ようやく、ニコラスは重責から解放され、心の中で快哉を叫んだ。
「とりあえずここから私たちは去るとして、本部が必要ですね。どこか適当な場所はあるかしら?」
「殉教せるコンシリエーラ・ジュディアの御指示にて、市内東部のホテルを一棟借り上げてあります。
このところの抗争で観光客が減っておりましたので、なんとかなりました」
「結構です。私や博士たちが寝泊まりするスペースもありますね?」
「もちろんです、ドン・ヴィペルメーラ」
「ありがたいんだけど、私とアルフはホテルの前に病院、じゃなく生体ドロイドの管理施設に行きたいかな。
無事なところはありますかね?」
「ヴィペルメーラ・バイオニクスは無償です。
ハジベ博士にお使いいただけますよう、ドンの名前で連絡しておきたく思いますが――」
「ええ、当然そのようになさい、ニコラス。
寝返ったかつての敵でなく、私の主治医として扱うように、しっかり言い聞かせておいてくださいな」
「はい、ドン・ヴィペルメーラ。お言葉の通りに。
ともあれあの場にヘリポートはありませんから、本部ホテルで降りてから、車で移動していただく形になりますね」
「わかりました、細かいとこまでどうもです」
ヘリは離陸。ニューエデンの空を、ローターが音を立てて進んでいく。
砲火も銃声も止んだ今となっては、とても大きな音として響いた。
「……今の今になってさえ、ジュディアに身の回りのことで世話を焼かれるというのは、なんとも、奇妙な気持ちです……」
かすかに瞳を潤ませながら、ヴェラはぽつりとつぶやいた。
「……そうなんだろうね……」
エマコは駆けるべき言葉がわからず、とりあえずそう言ってみた。
「……月並みな言葉ですが、戦争は虚しい営為ですね。
結局、父さまも、ジュディアもいなくなってしまった……」
「僕はいますよ」
アルフが言った。
「ふふ、そうですね、ありがとう、アルフ」
ヴェラはアルフの額に口づけた。
ヘリは進んでいく。
シャムロック・ビルディングから、アルフたち一行は去っていく。
ビルの主であったパトリックたち無数の死体を後に残して。
2048年12月最後の風が、弔うでもなく吹いていた。
今日も〝プソイド・カライド〟をご覧くださり、誠にありがとうございます。
おかげさまで、本日タイトル回収が叶ったように思います。
良かったです。またこの上なくありがたいことです。
読者諸賢、なろう運営諸氏、サーバーを良くしてくださるエンジニアの皆さま、その他すべての関係者の皆様に篤く御礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。
さて「プソイド・カライド」ですが、もう少し続きます。
あくまで大ボスを殺してタイトルを回収したにすぎず、未だ話は結ばれておりませんので。
もうしばらくお付き合いくださいますよう、どうかよろしくお願いします。
あとがきの最後までお読みくださりありがとうございました。
皆様に良きことのございますように。