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デディケイション・オン・トップ・オブ・ザ・スカル



「おっけい」


 ヴェラの問いに、エマコが答えた。


 異様な風体だ。パーカーの下に着ていたTシャツを脱ぎ、覆面にしてかぶっている。


 わずかに目元が覗いているばかりで、ほとんど顔はわからない。


「……すごい格好ですね」


「生主なんてたいていこんなモンでしょ。

 ってか、素顔で犯罪動画上げようとする君の気持がわかんないよ、私ゃ。

 21世紀生まれのわりに、ネットリテラシー低すぎない?」


「私は正義がなされ、悪の滅びる様を喧伝するだけです」


「世間はそう見ないと思うな」


「結構です。

 私はヴィペルメーラの勝利を知らしめねばなりません。神と父とファミリーとにわかってもらえれば、それでいいのです」


「まあ、止めはしないよ。君の決めたことだろうし。

 でも私のこと映さないようにしてね? こっちでも注意するけれど、ヴェラ子ちゃんの方でも配慮よろしく」


「わかりました。

 そのような格好でおれば、映ったところでなんの問題もないとは思いますけれど……」


「捕まった指名手配犯は、みんなそういう油断してたことだろうね。

 現代の映像解析技術はほんとにヤバいしさ」


「まあ、最大限配慮させていただきます、博士。

 それではペントハウスの影にでもお入りになっては?」


「そのつもり。

 ほら、アルフとイヴちゃんもこっちおいで。君らの動画取るなら、もっとかわいいのがいい」


「はい、エマコ」


「ぎゃあ」


 手招きするエマコに従って、アルフとイヴはペントハウスの方へ向かった。


 ヴェラは端末を操作。


 カメラユニットが本体から分離。撮影ドローンに変形し、ヴェラから1メートル強離れた位置に浮遊。


 緑の光が点灯。同時にヴェラの手元でカメラ映像が表示される。


 『放送を開始』とのボタンをヴェラはタップ。映像がインターネットに流れ出す。


「――こんにちは。

 我がヴィペルメーラ・ファミリーの皆さん、そして親愛なるインターネットの皆さん。ヴェロニカ・ヴィペルメーラです。

 ついに正義は達成されました!

 ファミリーの皆さんの血と汗が、私を励ましました。

 そして、我々はついに勝利したのです!」


 ヴェラは包帯の一端を引っ張り、椅子ごとパトリックを地に引き倒す。


 片足でパトリックの顔を踏みつけ、思念入力ニューロインプットで端末を操作。撮影ドローンの位置を微調整。


 満身創痍で、屈辱極まる姿勢を強いられて抗えぬパトリックを、これでもかと見せつける。


 どうひいき目に見ても、パトリックは完全な敗北者だ。


「これなる下郎は、パトリック・マクライナリ。

 ニューエデンにおける組織間の協定――お互いの敬意から生まれたやんごとなく貴ばれるべき掟に唾を吐き、ニューエデンに、ひいては合衆国、国際社会に災いをもたらした卑劣漢です。

 この者は皆さんの名誉を汚し、平和を望む高潔なる意志を踏みにじったのです!

 今、この純粋悪を始末します。

 この行いによって、私、ヴェロニカ・ヴィペルメーラは亡き父パオロの名跡を継承するに足るだけの者であると、皆さんのお目にかけましょう……!」


 ヴェラは端末本体をしまい、腰のホルスターからタンフォリオを抜き、構える。


 既に銃弾は再装填されている。


 瓦礫を相手に、試し撃ちもすませてある。そしてこの距離だ。


 ドミニクを介錯し、フレドーを殺害したヴェラは、もはや殺人に怯えない。


 パトリックをなぶるだけの余裕がある。どうして的を外そうか。


「今ここに、正義は具現します。

 ――偉大なる主よ、私を御心の現し手として使ってくださることを感謝いたします。アーメン」


 ヴェラはパトリックの眉間に、タンフォリオを向ける。


 パトリックの目を見据え、張り詰めた心ながらも平静に引き金を引いた。


     †


 ヴェラの生放送開始直後。


「さ、治してあげようね。ヴェラちゃんが犯罪動画アップしてるうちに」


「僕はもう自分で治したよ、エマコ」


 ペントハウスの裏で、エマコがアルフの火傷を治療しようと手を伸ばすと、アルフはゆるりと身をかわした。


「え。

 さっき治してあげるって聞いたら『はい、エマコ』って返事したじゃん……?」


「それより、僕も動画を撮りたい」


 アルフはエマコがビル屋上に来た時のやりとりなど、既に忘れてしまっていた。


 あるいは、クラッカーを食べていいか許可を取るために、ただ反射的に生返事を返したにすぎなかったのか。


 いずれにせよアルフの興味は、既に他へと移っていた。


「もっとかわいいのがいいのでしょう? 僕にもそれしてほしいです」


 アルフは、エマコが顔に覆面として身に着けたTシャツを指した。


「……これかわいくなくない?」


「では、ヴェラの動画に混ぜてもらってきます」


「あっ、ちょ、待ってアルフ!」


 エマコの制止に取り合わず、アルフは駆け出した。


 進路に残されていたアーサーの死体を疾走の勢いで飛び越える。


 そのままヴェラとパトリックの狭間に、両手を広げて躍り込んだ。

 

「「「!?」」」


 誰もが驚愕するも、放たれた銃弾は止まらない。


 衝撃に、宙に浮くアルフの裸身が揺れる。


 ただ傷ついた自らの肉体で、アルフは前後・・からの銃弾を受け止めた。


     †


 ヴェラがタンフォリオを向けたとき、パトリックは最後の手段に打って出た。


 もはや動かぬ体から力を振り絞り思念入力ニューロインプットで、《バックル・ピストル》と呼ばれる特殊銃を起動した。


 バックル・ピストルは、20世紀のドイツでナチス高官向けに作られた特殊銃だ。


 ベルトのバックルに仕込んだ3発の.22LR弾をちょっとした操作によって発射できるようにしたものだ。


 銃身の短さと特異な発射機構ゆえに、命中精度も威力も良くない。


 用途は非常に限定される。


 拘束された高官が牽制のために発砲し、その場を逃げる隙を作るくらいしか使いようがない。そのため、ほとんど生産されなかった珍品だ。


 このような銃器の使用例は、アルフのアクトウェアにも存在しない。


 21世紀の現代では、武器というよりナチスの文化人類学的な標本資料として、コレクター市場で取引されている。


 パトリックが身につけていたのは、これの模造品を、思念入力によって手を触れずとも起動できるように改造したものだ。


 パトリックは執拗にアルフから銃を奪おうとしていた。


 この行いはパトリックの銃への執念をアルフに印象付けると同時に、パトリックが銃を〝持っていない〟との印象を強調した。


 結果、身体検査は行われず、特殊銃器を隠蔽することに成功。


 アルフを信じ切っているヴェラに大きな隙を作らせた。


 パトリックはこれでヴェラを殺すつもりだったわけではない。


 処刑を延期、中止させるだけのケガを負わせるつもりだった。


 これは十分実現可能性のある作戦だ。


 みじめったらしく命乞いをする自身の振る舞いが、ヴェラに慈悲の心を催させることに成功したのをパトリックは明確に感じ取っていた。


 放送が中断されれば、ヴェラはドン・ヴィペルメーラではなく、16歳の小娘に戻るだろう。


 そうなれば、治療の間に言いくるめることができる。


 銃創の痛みはヴェラに撃たれることへの恐怖を植え付け、また自ら撃つことの恐怖を再び思い起こさせる。


 ヴェラは〝銃を使っている〟つもりで、ただ戦時の恐怖が裏返っただけの昂揚から、〝銃に使われている〟に過ぎないのだ。


 それに気づいてしまえば、もはやドン・ヴィペルメーラとしては振る舞い得ない。パトリックはそう考えた。


 そして。


 何事もなく死んで当然の状況で、パトリックは一矢報いるのだ。


 毒牙にかけられ、瀕死になったカエルが、蛇に傷を負わせるのだ。


 蛇にとっては在ってはならない失態だ。


 しかも、その蛇は戦果を見せびらかすために自ら観衆を呼んできているのだ。


 冷笑家として振る舞うことを、システムに強いられた大衆を。


 この不面目は、威力集団の長としては致命的だ。


 名誉挽回のためには手段を選ぶ余地はない。父親の敵と手を組むことであっても。


 決して愚かではないヴェラは、何が得か考えてを理解してしまい、戦時の昂揚という処刑に不可欠の勢いをなくしてしまうことだろう。


 権力や暴力の隙間を堅実に生き抜いてきた110年の経験から、パトリックは自らの生存を確信していた。


 アルフが飛び込みさえしなければ、パトリックの計画は成功していたことだろう。


 だが結局、アルフが策を狂わせた。ヴェラは傷一つ負ってはいない。


 これでは意味がない。


 むしろ、機転を利かせて飛び込む器量の部下に、自己犠牲を強いるだけのカリスマをヴェラが持つのだと証明してしまったことになる。


あからさまな驚愕を表していたヴェラの顔は、すぐに傲然たる勝者の笑みに隠される。


「――ご苦労です、私のかわいい坊や。

 あなたの働きで助かりました。ありがとうね」


 ヴェラは堂々とのたまい、アルフの黄金の前髪を掻き分けて額にキスをする。


 自分の撃った弾がアルフを傷つけたことに、ヴェラは罪を感じていた。


 すぐにでも謝罪し、アルフの治療のために最善を尽くしたい。


 だが今は、ドン・ヴィペルメーラとして傲然と振る舞うべきときだ。


「さ、どいていなさい。処刑の邪魔ですから」


「はい、ヴェラ……」


 ヴェラはアルフの手を引き、カメラの外側に送り出す。


 動画撮影に混ぜてもらえなかったアルフは、残念そうにペントハウスの裏手へ戻っていった。


 内心、自らも寄り添いたく思いながら、ヴェラはすぐにパトリックに向き直る。


「――あなたもよくやってくれました」


 傲然たる勝者の笑みで、ヴェラはパトリックに声をかける。


「エンターテインメントをわかっていますね。

 ――皆さんもそう思うでしょう? 処刑に際して反撃とは。意外性があってエキサイティングです。

 けれど、これはやらせではございません。この屑蠅のアドリブです。

 また、私の油断とも言えるのでしょうが、実害はなかったようですね。ねえ?」


 ヴェラはパトリックの顔を踏みにじる。


「この通り、私とヴィペルメーラの勝利は揺らぎません。もし先ほどの珍事をやらせとお疑いの方がいらっしゃっても、この者が死ねば違うと信じていただけることでしょう。

 いくらもらったところで、死ねば金銭に意味はありませんものね。さあ」


 ヴェラはパトリックの顔を踏んでいた足をのけ、顔を蹴る。


 さるぐつわが、意図せず外れる。


 迫りくる死から逃れようと、パトリックは椅子を縛り付けられたままもがき、叫ぶ。意味などなくとも叫び続ける。


「俺はプレジデントだ! シャムロックの、そして合衆国のプレジデントだ! まだ――」


 銃声。


 返り血を浴びぬよう距離を取ったヴェラが、パトリックに発砲した。


 パトリックの腹に、赤い穴が空いた。


 椅子に縛り付けられ、地に転がされた身では大した動きは叶わない。至近距離からの銃撃をかわすすべはない。


「がああ、俺はプレジデントだ……!」


 ヴェラはダルモアの瓶を持つ。逆さにし、パトリックに中身をかける。


「ごぼ、俺はプレジデント!」


 パトリックは高級酒にまみれてうめく。


 ヴェラは空瓶を放り捨て、ギブソンタックにまとめた自らの髪をほどき、根元で持つ。


 アルフから借りたナイフを使って、髪束を切断。


 切ったばかりの自らの髪束に、ターボライターで点火。


 火縄代わりに、パトリックに投げつける。


 ダルモアのエタノールに引火し、パトリックの全身が炎に包まれる。


「……がぁぁあああ……!?」


「劣化ウラン弾の焼夷効果で無残に果てた我が父の苦しみを、わずかばかりでも味わいなさい……!」


 ヴェラは表情を変えず、立て続けにタンフォリオの引き金を引いていく。


 9ミリ弾がパトリックを、少しずつ、だが確実に死に近づけていく。


 炎が椅子への拘束を焼き切り、パトリックに束の間の自由を与える。


 だがそれは、わずかに立ち上がりかけるのを許したばかり。


 立て続けの9ミリ弾の衝撃に、パトリックは姿勢を崩す。


 ビル屋上より下方へと、両手を失くして、無数の銃創を負い、焼かれながら落下していった。


 重力に引かれて急速に落下しながらも、なおパトリックは生還を諦めていなかった。


 シャムロック・ユニオンのプレジデントにまで、のし上がった自分が死ぬはずがない。


 過酷な暴力の世界で、110歳まで生き延びた自分が死ぬなどありえない。


 これはさらなる雄飛のための、一時的な雌伏にすぎぬと誤った確信を持っていた。


 いずれ自身はワシントンに認められてニューエデンの知事となり、そしてそこから政界に進出!


 合衆国大統領アメリカン・プレジデント! そして最強国家の力で世界を我が手にし! 世界大統領グローバル・プレジデントに!


「……俺は、プレジデントだ……!」


 飽くなき野望は、地上に叩きつけられた身体が衝撃に四散したとき、ついに潰えた。


 パトリックは死んだ。


 ヴェラは復讐を達成した。


 そのことを宣言する直前、アカウントが凍結された。


 まぎれもない激烈な暴力が、動画サイトの利用規則に違反しているとAIが判断したのだ。


 生放送が絶える。放送が途絶えたのを確認して、ヴェラは声をあげる。


「大丈夫でしたか!? アルフ、ケガの具合は――」



本日もプソイドカライドへご高覧を賜り、誠ありがたく存じます。


ブックマークが増えたように思われます。ありがたいことですね。三か月の節目もとりあえず大きな問題なく乗り越えることが出来ましたので、このまま完結までつつがなく走り抜けたく思います。


あとがきまでお読みくださりありがとうございます。

皆様に良きことのございますように。

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