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クァクァウティン・テパナウアリストゥリ



 アルフとイヴはオートバイに乗り、研究所へ向けて出発する。


 目的地までの所要時間と、進行経路を示す青い矢印とが、アルフの視界にAR表示される。


 道案内アプリからの情報だ。

 オートバイの運転AIとも連動している。


 求められる運転操作は、曲がる際の体重移動だけだ。


「この矢印の方向にいけばいいんだね」

「にぇえ?」


 イヴが不思議そうに鳴いた。


「そうか、これは僕にしか見えていないのだった」


 エマコによる治療の副産物として、アルフは裸眼でAR情報を得ることが可能だ。


 イヴはスマートグラスもインプラントレンズも身に着けていない。

 それゆえのすれ違いだ。


「ぎゃあ?」

「ぎゃぎゃ!」

「ぎゃあ!」


 楽し気に鳴き声を交互に発しあって、二人は喜び合う。


 オートバイは市内を進み続ける。


 今日もニューエデンはにぎやかだ。

 クリスマスのため一層輝いている。


 闘技場の年末特番対戦表。


 飲料メーカーのクリスマス特別映像。


 知事暗殺未遂事件のジョーク記事。


 ギネス記録取得済み寿司の広告。などなど。


 交差点に近づいたところで、信号が赤に変わる。


 オートバイのセンサはこれを検知し、停止に向けて減速。


 アルフは運転をAIに任せ、風景を眺めている。


 そのためだろうか。

 正面からの飛翔体にも、すぐ気づくことができた。


 アルフは反射的にオートバイを加速させ、ハンドルを切る。


 警報音と共にオートバイは鋭く右折。


 運転はAI制御から手動へ。


 アルフはバックミラーをちらと見る。


 後部車両の運転者は、頭部を石槍で貫かれていた。


 前方の車両を縫うように追い越し、アルフはオートバイを走らせ続ける。


 あのアステカ風の石槍は、間違いなくクァクァウティンのものだ。


 昨日研究所を襲った者たちの仲間が、特殊兵器、すなわちイヴを狙って再び襲って来たのだ。


 アルフがそう判断したとき、再び空に閃くものがあった。


 今度は交差点ではない。

 曲がってかわすことはできない。


 アルフはとっさにジグザグ走行。


 黒曜石の穂先を持つ鋭い石槍は、アルフの胸元、そのすぐそばを通り抜ける。

 猛進する穂先は路面を砕き、地面に突き立つ!


 この執拗な攻撃。間違いない。

 偶然でなく、アルフたちを狙ってのものだ。


「スピードを上げます。しっかりつかまって」

「ぎゃあ」


 アルフはスロットルをフルに。

 オートバイを加速させる。


 この襲撃は予想外だ。

 だが問題ない。勝てばいいのだ。


 石槍をかわして接近し、敵を殲滅。

 その後、ゆっくりと研究所へ向かえばいい。


 研究所への最短経路につながる曲がり角を無視。

 アルフは幹線道路を進みつづける。


     †


 アルフの動きに、クァクァウティンたちは驚いた。


 まともな人間なら、不意の敵襲に遭ったとき、十中八九は逃げを選ぶ。


 確実に安全を得られるし、戦うにしても不利な状況を避けることができるからだ。


 逃走場所が近くにある場合、なお逃げるべきだろう。

 自明の理だ。


 これを前提に、戦士たちは罠を張っていた。


 ために虚を突かれた。


 高度な判断のように見えるアルフの行動は、全くの無思慮から出たものだ。


 アルフは逃げる側に回ったことがない。


 闘技場と賞金首狩りで、戦いに慣れてこそいる。

 だがどちらも、攻めて勝つ戦いだ。


 逃げることで安全と勝利を得られるとは、まったく思いつかないのだ。

 

 アルフのオートバイは、車両の間を縫うようにして進む。

 法定速度は黙殺される。


 アルフは車と車との間をすり抜けることに集中。


 しばらく進んで、ふと違和感を覚えた。


 石槍が飛んでこない。


 どうしたのだろう?

 敵はアルフとイヴを諦めたのか?


 バックミラーに点。

 飛翔する石槍だ。


 気づいたとき、アルフはハンドルを切っていた。


 石槍は路面を破砕。


 難を逃れたアルフたちの後ろで、不運な車両群が事故に陥る。


「後ろに回られた。でも次は追いつきます」

「ぎゃあ」


 回避の勢いでアルフはUターン。


 後続車両が、泡を喰って自損事故を起こす。


 幹線道路を逆走しながら、アルフは目を凝らす。


 倍の速度で疾走する車両群。

 方向と速度とを見て、オートバイを操作し回避する。


 気を配るべきはもう一つ。

 飛来する石槍だ。


 飛んでくる瞬間をよく見れば、敵の居場所がきっとわかる。


 そして、今度こそ殲滅する。


 アルフの作戦は稚拙すぎる。


 だが果敢な挑戦は、時として定石を超える。


 投擲の瞬間、アルフは見た。


 遠く離れた、ビルの屋上。


 空色の羽飾りを付けた人影が、アトラトルと呼ばれる投槍器で黒曜石の石槍を投げ放つ。


 クァクァウティンだ。


 ついに居所を突き止めた。


 アルフが気づいた瞬間、銃声。


 オートバイの前輪がふいに急上昇!

 アルフとイヴは空中に投げ出される!


 後ろからの狙撃だ。

 ために後輪がバースト。


 バランスを失って、オートバイはウイリー姿勢に!


 そう理解した次の瞬間、アルフとイヴは路面に叩きつけられるだろう。


 否。


 その短き間さえ生きられまい。


 転倒死など許さぬと、必殺の石槍が飛来する!


 黒曜石の穂先がアルフの心臓を貫く。


 そして落下。


 加速のために猛烈な衝撃を受け、骨肉がひしゃげる。


 走り来た大型バスが、とどめとばかりに二人を法定速度で踏みにじる。


 だがそれは、二人が空中で動けない場合の仮定だ。


 この世ならぬ奇怪の音楽が響く。


 アルフは昨日の地下道での出来事を思い出す。


 イヴは童女の姿から、白き竜に変じた。


 竜は翼で空を打つ。

 垂直に急上昇!


 背のアルフともども、石槍を回避。


 横転するオートバイ。乗り上げてバランスを崩す車両。連鎖する事故。


 地上の交通混乱を気にもせず、白き竜は天へと舞い上がる。


「ぎゃあ!」

「わかったよ!」


 アルフは竜の背にしがみつく。


 急上昇の反動として、下への慣性力が働く。

 ゆえに多少は安定していた。


 だが少しバランスを崩せば、転落死は免れまい。


 そこに、クァクァウティンが石槍を投擲!


 正確に心臓を狙って。


 かわすために白き竜が動けば、アルフは振り落とされる。


 姿勢を変えても同じことだ。

 仮に心臓を外しても、致命傷はまぬがれない!


「偉大なるウィツィロポチトリ神よ! 今かしこみてアメリカの戦士の心臓を捧げ奉る!」


 クァクァウティンは神を讃える。


 そのとき、白き竜が口を開いた。

 光芒一閃!


 青く輝く光の柱が、竜の口元から一直線に出現!


 瞬時に、青き光柱は石槍を焼き払った!


 光柱の青色と働きに、アルフは見覚えがある。


 昨日の帰宅時、エマコはアニメを見ていた。


 作中で、少年が金属壁を青い光で焼き切っていた。


 きっと、イヴはあれから学んだのだ。


「イヴはすごいね! 見ただけでできるようになるなんて」

「ぎゃあ♡」


 アルフは白き竜の背をなでる。


 誇らしげな童女の声が応えた。


 白き竜は空を翔ける。

 残りは十数メートル。


 クァクァウティンは石槍ではなく、縄の束を投擲。


 一抱え程の、等間隔に呪札のついた縄束は、白き竜の前で超自然的に広がる。

 瞬く間に収束。白き竜を呪縛する。


「にぇえ……」


 気が付くと、白き竜は縄で拘束された童女の姿に変わっていた。


 ナウアロトゥル。


 祭政帝国よりもなお旧き力、自然科学によっては計り知れぬ呪術だ。


 祭政帝国の戦士たちがが誇る、対物ライフル射撃めいた投槍。


 人間同士の戦いでしか破られない防御。


 これらは、呪術ナウアロトゥルの産物と考えられている。


 戦略上無視できない効力から、実在こそ確認されている。


 しかし自然科学は、原理を未だ解明できていない。


 呪縛されたイヴは、アルフのやや後ろで失速。


 ビルの下へと重力に引かれ落ちていく。


 アルフはイヴをつかみ、力任せに引く。


 そのまま慣性で天より落下。


 二人は、なんとか屋上に転がった。


「天晴れ!」


「よくもまかり来たものよ!」


「いざ御名乗りあれ、アメリカの稚き戦士よ」


 動けないイヴを横たえ、アルフはスフィンクスとナイフを抜いた。


「僕はアルフ。アルフレッド・ドゥンスタン・アダム・モントフォートです」


「吾はトラウェリロク」


「オセロヨトゥル」


「モスカルティ」


「エルチパゥアトゥル」


 《鷲の戦士クァクァウティン》たちは名乗りを上げ、それぞれの武器を構える。


「いざ! 技と誉を決すべし!」


「そうですね」


 開戦宣言に、銃声が続く。


 銃弾は心臓を直撃。鷲の戦士を一人射殺した。


 だが残りの三人が襲い掛かる!


 必殺の威力と間合い!


 体を捻り、アルフは発砲しながら跳躍!


 左の戦士を射殺!


 反動を利用した捻り運動で正面の刺突を回避!


 右からの斬撃を跳躍回避!


 アルフは戦士たちの後方に回り込む。

 勢いを殺さず後転!


 落雷めいた刺突を回避!


 さらに後退し追撃を回避!


 銃声。

 クァクァウティンを一人射殺。


「?」


 同時に、アルフは後ろに転倒する。


 奇しくも、射撃を行うと同時に後ろから狙撃を受けたのだ!


 右足は千切れ、鮮血が噴出!


「水入りかな。だが容赦せぬ」


 クァクァウティンは石槍を投擲。


 心臓に直撃!


 穂先は背を抜け、柄の半ばすぎまでが身に埋まった。


「――!」


 重傷を負ってなお、アルフの戦意に陰りはない。

 白皙の稚き手は、スフィンクスを構える。


「ぬぁ!」


 クァクァウティンは接近!

 スフィンクス拳銃を蹴り飛ばす!


 アルフは左足で強引に地を蹴って立ち上がり、刺突。


 ナイフは心臓をわずかに下方にそれ、腹部を刺す。


 だが戦局を左右する傷ではない。


「!」


 クァクァウティンは腕を振りぬく!

 剛毅な拳が、アルフの顎を打った。


 脳の揺れと多量の失血により、ついにアルフは意識を失くした。




本日もプソイド・カライドをご愛読くださいまして、まことにありがとうございます。


異言語の発音の〝なんかふしぎ~感〟は、潤濁なる不労所得ともども、僕の好むところのものです。


好むとは申しましても、語学学習も不労所得獲得も、一向にはかどることがありませんが。


あとがきまでお読みくださいましてありがとうございます。


皆さまと僕とに、いいことのありますように。



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