ドリンク・ブレイク
「フランクリン大佐、こちらはエチオピア帝国皇子、メスフィン・ハイレアムラク殿下だ」
「紹介に感謝する、エストラーダ将軍。
というわけでメスフィンだ、よろしく。ご存じとは思うが、民間警備のM&GのCEOでもある」
「ええ、ええ。こうして会って話すのは初めてですが、お見かけしたことは何度かあるのでしょうな。
初めまして、メスフィンCEO。ニューエデン州兵のウェンディ・フランクリンです」
儀礼的な握手を交わし、一同は着座する。
「さて、とりあえず儀礼的な内容――つまりはこの休戦会議の本題を済ませてしまいましょうか」
「そうしよう、大佐」
「俺も将軍に賛成だ」
「では、メスフィンCEO。ニューエデン州兵としては、この度の契約違反に厳重な抗議をさせていただく。
集団での敵前逃亡をなしたエストラーダ将軍の連隊と共謀してのニューエデン市方面への道路の占拠、航空設備の占拠など、どれも重大な不当行為だ。
折り悪く、旧サウスカロライナの復興を掲げる過激派が州内に侵入した。
反乱罪での刑事告訴を含めた断固たる対応を、州政府に要請するつもりです」
熱のない口調で、ウェンディは建前をのたまった。
この席は、集団逃亡をなしたエストラーダ将軍の連隊、――つまり州境防衛隊のヴィペルメーラ派閥の原隊復帰勧告のために、ウェンディが自己の裁量で参加を決めた休戦会議だ。
州中央での争いに決着が付くまで、こちらの主張が受け入れられるはずもない。
だが、少なくとも言うべきことは言っておく必要がある。
シャムロックが勝利を収めた場合に備え、ウェンディがヴィペルメーラ勢の反乱に対し何もしなかったわけではないことを示すために。
「その抗議は不当であると言わせていただこう、フランクリン大佐。
我々M&G社の行動は、ニューエデン州兵の責任者エストラーダ将軍からの正式な要請に基づいたもので、至って正当である、と」
「そして私の部隊の行動は、ニューエデン州知事パオロ・ヴィペルメーラ閣下からの命令によるものであり、ただ忠実に職務を遂行しただけだ」
メスフィンとエストラーダ将軍も、各々の立場の建前を繰り返す。
「ヴィペルメーラ州知事は暗殺され、今はマクライナリ副知事がニューエデン州兵の最高司令官なのではありませんか、将軍?」
「州知事の暗殺という流言飛語の存在は知っているとも、大佐。しかしそれはニューエデン州政府の公式見解ではないし、権限の移行手続きも完了していない」
もちろん、将軍もパオロの死は既知の事実として理解している。
しかし彼の立場としては、この建前を話すしかないのだった。
「それは仕方のないことでしょう。
議会は開かれておらず、権限移行手続きの証人となる資格を持つ高官たちは、2人を除いて殺害されている。
必要な証人は3名以上。これでは移行手続きの完全な実施は不可能だ。
州憲法の想定外の事態なのですから、慣例に従って副知事を事実上の知事として扱うべきでは?」
「慣例とはどこのものかね? ニューエデン創建以来、州知事の退任は起こったことがないが」
「いや、民主共和制ごっことは見事なものですな。君主国の皇子としては、目を見張るばかりだ」
「……飲み物でも嗜むとしようか、大佐。エチオピアの友人に、合衆国の威信をおとしめさせぬためにも」
「そうですね、将軍。結局のところ、この事態における我々のすべきこととは、休憩を続けることなのでしょうし。州都での争いが終わるまで」
「ああ。……しかしたまらんな。15年おきに内戦とは。
20世紀の世界大戦とて、20年は平和がもったものを」
「仕方ありますまい。権力は堕落する。かつてはサウスカロライナ。そして今はニューエデン。
そして腐敗した政府は、人民の手によって倒されるべきである。
偉大な合衆国の偉大な伝統です。腐敗した政府から給料をもらっている我々が言うのも、奇妙かもしれませんが」
「そんなことはないだろう、大佐。
連中の利権と、そこからのおこぼれのために兵たちを積極的に犠牲にすることを、我々は避けている。
良くやっているとも」
「だといいのですが。
……っと、命令が来ました。航空戦力を州都に送ってほしいとか」
端末からの通知を見て、ウェンディが言った。
「それは大変だな、大佐。
航空設備を占拠する逃亡部隊を、武力行使を行って排除するか?」
「いいえ、もう少し降伏勧告工作に努めてみることにします。
彼らも同じニューエデン州兵ですから、いずれきっとわかってくれるでしょう」
「君の上役はそれで納得するのか?」
「しないでしょうね。
ですから、もう少ししたら無人機発着設備だけでも奪還してドローンを送り、申し訳程度に命令に応えておきたいのです。
ご協力願えますか、将軍?」
「結構だ、大佐」
「ありがとうございます。
……しかし私に泣きつくあたり、あまりかんばしい状況ではないようですな。
どうも、時の運はあなたの上役にあるらしい」
「正確には、私の上役であった男の職権を乱用するいたずら娘とその乳母、といったところだろうがね」
「ではその方々へのお取り成しのほどを、戦後によろしくお願いしますよ、将軍。私や、私の部下たちの身分を保証してください」
「もちろんだとも、大佐。そうなった場合には最大限善処させていただく。しかし、戦では何があるか誰にもわからん。
私の上役もどきが勝つとは、まだ決まったわけではない……」
†
「ゲイリー、空軍を。竜を暴力でねじ伏せろ。
文学部連中、作者の気持ちでも考えてやがるのか、俺の方でも連絡がつかんのだ」
『急ぐとも、プレジデント。
だがM&G社が航空ターミナルを占拠しているんだ。排除を命令しているが――』
「はン、そうか。
俺たちもしてやられたもんだな。ま、いいさ。なるべく急げよ」
『わかっている、プレジデント。
増援を送るまでどうか御身を守ってほしい』
「言われるまでもない。
しょせん、坊やとトカゲが1匹ずつだ。俺はどちらにも殺されはせんよ。
手早くやっつけて、かわいい尻で楽しませてもらうさ」
本日も『 pseudo kaleido 』への御高覧を賜り、誠に幸甚でございます。
皆様によろしきことのございますように。




