ブレイキング・シングス
ニューエデン市内、ダウンタウン。シャムロック・ビルディング前の広場。
「!? ファック! 死にやがれェ! マザファッカ! ――っ!?」
不意にヴィペルメーラエンブレムをつけた若者が、ビルに向かって一人突出。
戦意高揚のために用いたドラッグが、何か良くない効用をもたらしたか。
当然のように集中砲火を浴びて射殺され、にわかな大望と共に命を散らした。
若者の死は戦局の趨勢にさしたる影響を与えることもなく、砲火と銃声に呑まれていった。
反攻作戦の開始と共に、ヴェラやジュディアの統制下にないヴィペルメーラマフィアの一隊が、自発的に行動。
ありったけの武器を持って、シャムロック・ビルディングを強襲した。
当然、本拠地にはそれなりの装備を持ったシャムロックギャングたちが控えている。
薬物に狂わされた哀れな若者のごとく、訓練通りの動きをする防衛部隊に返り討ちに遭う、その寸前。
ジュディアの元で再編成されたヴィペルメーラの一隊が増援に現れ、主翼を担った。
各個撃破の憂き目をなんとか躱したヴィペルメーラ勢は、シャムロック・ビルディング攻略作戦を開始。
籠城するシャムロック・ギャングの防衛隊と、一進一退の戦闘を続けている。
ヴィペルメーラ勢が、迫撃砲や対戦車ロケットで攻撃。爆炎と粉塵が炸裂する!
有事に備えビルと周辺に設えられた、複合装甲製のリフトアップ式掩蔽を崩すために。
シャムロック勢もまた、地上の防衛陣地やビルの窓などから火力投射!
地の利を生かした攻撃は、ヴィペルメーラの交戦能力を確かに削ってゆく。
しかし奇襲を受けた弱みゆえ、シャムロックの防衛行動は勢いに欠けていた。
爆音と粉塵の乱れかうなか、ふと、いずれの方の放った砲弾かロケットかが、広場中央の噴水を直撃。
アーサーの憩いの場を、濡れた瓦礫の山に変える。
†
「ああー。
噴水が壊れてしまいました」
シャムロック・ビルディング、屋上。プレジデンシャル・ペントハウス。
迎えのヘリを待つパトリックたち3人は、地上での戦闘を大画面テレビで眺めていた。
「全く腹立たしいな、アーサー。
ヴィペルメーラのファッキンアスホールどもめ。全員ケツにC4を詰めてフッ飛ばしてやりたいところだ」
「やっぱり殺してきます、プレジデント」
「よせ、アーサー。お前は俺とワシントンに行くんだからな。
――ほら、迎えのヘリが来たぞ」
「? 窓の外には何もいませんよ」
「では壁を探してみろ」
「はい、プレジデント。……壁にもいません」
「それでも壁でも大人しく見ていろ。迎えのヘリが来るまではな……。
お。などどたわごとを言っていたら、本当に来たぞ」
パトリックは窓を指す。
高層ビルの谷間を、漆黒のヘリが飛んできていた。
「さて、行くぞ」
「「はい、プレジデント」」
パトリックの呼びかけに、アーサーとシンイーが唱和して答える。
パトリックは明後日、ワシントンで会談を行う。
相手はアイシャ・ビント・バラク・フセイン・アル=スーリヤー国務長官。
アメリカ合衆国連邦政府のNo.2だ。
シャムロックの中長期的戦略には、ニューエデン州の合衆国憲法への再加盟を含めた、親連邦政府方針がある。
そもそも、州とも独立国とも異なるニューエデンの特異な地位は、祭政帝国と合衆国の戦争につけ入り、漁夫の利を得ることで成立した。
さながらかつてのアメリカ合衆国が、英仏の覇権争いにつけ入り、漁夫の利を得て発展したように。
合衆国は英国の植民地として発展しフレンチ・インディアン戦争で勝利を収めたのち、フランスとの同盟でもって独立戦争に勝利した。
さらに、英国との戦争資金と交換で、広大なるルイジアナを獲得した。
英仏にあたる合衆国と祭政帝国が争いを続ける限り、中間項たるニューエデンに脅威が向けられることはない。
そして、ニューエデンを利用したい両者から、利を引き出すことができる。
合衆国は、盾としてニューエデンを放置する。
祭政帝国は、工作・交渉ルートとしてニューエデンを活用する。
だがこの均衡は崩れつつある。祭政アステカ帝国が、あまりに勝ちすぎたのだ。
勝利が決定的になれば、祭政帝国はニューエデンとの秘密同盟を必要としなくなる。
むしろ、領土や資産を狙い、ニューエデンを敵視するかもしれない。
祭政帝国は大義名分として、南北アメリカ大陸の人種構成をコロンブスの侵略以前に戻すことを謳っているのだから。
そこでニューエデンの権力者たちは、パオロ・ヴィペルメーラの存命中に祭政帝国との同盟破棄、そして連邦政府との徹底した協力という方針を取ることにした。
ヴェラとパトリックが鷲の戦士たちを捨て駒にしたのも、この方針あってのことだ。
同盟を、捨てる前に使い潰そうというわけだ。
アイシャ国務長官との秘密会談は、連邦政府とニューエデンの協力の具体化のためだ。
当初はパオロが行うはずだった。だがパオロは死に、その権勢はパトリックに移行した。
以前よりニューエデンのNo.2であったパトリックが、新たな交渉相手になるのは自然なことだ。
連邦政府は暗殺のあったことを知ったうえで、ニューエデン側交渉担当者の変更を了承した。
抗争の勝利で身を飾り、竜を手土産にワシントンへ向かいたかったパトリックだが、もはや時間的余裕がない。
そこでそれらを諦め、今日ワシントンへ発つことにしたのだった。
ニューエデンとワシントンは遠い。なので、まずヘリでニューエデン北部の空港へ。
そこから一般の旅客機でワシントンへ行くつもりだ。
「プレジデント、ヘリには噴水はありますか?」
「あるわけなかろう。非常識な小僧だな」
「プレジデント、アーサーも悪気があって聞いたわけでは……」
「わかってるさ。しかしだ、あんまり突飛なことを言われていると、頭が痛くなって来ないか、シンイー?」
「まあ、そうですね……」
3人は連れ立ってペントハウスを出る。
ビル屋上に吹く風が、彼らの服の裾をばたつかせる。
こちらに近づくヘリを待って空を眺める。漆黒のボディに、中央にゴールドの横線が一本。その上に三つ葉のクローバーが描かれたヘリだ。
パトリックによって《エア・フォー・ワン》の名がつけられたプレジデント専用ヘリだ。
不意に、青い光柱が、天から斜めに地上に向かって伸びる。
光柱はヘリを貫通。一瞬で消える。
ヘリは爆発。粉塵と共に飛び散った残骸が落ちていく。
「は!? 何ですか!?」
シンイーは驚愕に叫ぶ。
「来ましたね、プレジデント」
「ああ。クソッたれがな……!」
アーサーの言葉に応じながら、パトリックは携帯端末を操作する。
「俺だ。ゲイリー、代わりのヘリを持ってこい。
それと文学部どもをビルによこせ。竜だ」
今日も pseudo kaleido をご覧くださり真にありがたく存じます。
読者諸賢および関係者諸氏に良きことのありますように。




