ビギニング・ウォー
「ヴェラちゃん、お仲間はどれくらいで来てくれるって?」
問いかけつつ、エマコはよどみなくパンタグラフ式キーボードをたたき続ける。
欲をいえば、反攻作戦開始時点で、ヴィペルメーラ勢による防衛線が構築済みであることが望ましい。
だが人手が足らなかった。
ジュディアたちは、プロパガンダを受けて参戦決定した一般構成員たちの人員管理・部隊編成を行わねばならない。
装備と編成を整えてから向かわねば、各個撃破を受け、返って敵方を勢いづかせることになりかねない。
人員統制を後回しにするとしても、そもそもジュディアたち数名では十分な防衛線力たり得ない。
また、防御のための動きで、敵方に反攻を予測され、待ち伏せを受けるのも避けたかった。
幸い《プソイド・カライド》には多少の戦力があり、地下に深い構造も防衛戦向きだ。
そこで、まずは自力で防衛を行い、部隊再編が済むまで籠城。救援を待つことにした。
「距離としてはそうありません。ですが、敵方の封鎖があります。決して速やかにはいかないでしょう。
可能な限り長く持ちこたえていただきたく思います」
「ま、そりゃそうか」
話し合う2人の数十メートル上、ドロイド娼館、《プソイド・カライド》の1階ロビー。
見目麗しいドロイドたちが、せわしなく動く。表情筋相当部品が全く動かないのとは対照的だ。
普段は性的奉仕を行う艶めかしいドロイドたちに、トーマたちは米軍放出品のM16アサルトライフルを渡していく。
エマコが娼館の地下に住んでいるのは、余りもののドロイドで副収入を得るためばかりではない。
有事に身を護るためでもある。
アルフに与える影響を考えつつ、廃業や引っ越しに踏み切れなかったのはそういう理由だ。
もしもエマコが、再び追われる身となったとき。
予め国外逃亡できれば構わない。だが家に押し入られることもあり得る。
そうでなくとも、ニューエデンは何かと物騒だ。
そう思って、エマコはそれなりの戦力を蓄えている。
《プソイド・カライド》の全ドロイドたちと、彼ら彼女らが使うのに十分な数の小火器だ。
対人サービス用のドロイドたちではあるが、自立兵器に手早く改装できる。
人間と同じ形をしているために、人間用の小火器を持たせ、AIに簡単な改修を施して射撃操作を可能にすれば、命知らずの兵に変貌する。
エマコはキーボードを操作。
配置の完了したドロイドの視点カメラ。
アルフの頭頂部に取り付けたカメラ。
各所に仕掛けた監視カメラの映像などを、マルチウインドウに表示させ、順に見ていく。
不意に警告音が響く。
「うぉっ!?
ちと音量上げ過ぎたね、これなら気づかないってことはないだろうけど……」
スピーカーの音量を下げつつ、エマコが言う。
「驚いたのはそちらですか。……博士は勇敢ですね、本当に」
「何、私ゃどんなテンションでもこんな感じでいようと思っているだけでね。君と同じくらい、いや多分君以上にビビってるよ、きっと。
結局、私はただの美少年愛好家であって、勇者とかじゃないからね……」
「……アイデンティティとするのはその肩書でよろしいのですか?」
「じゃないかな。
研究が人生の目的って人は、大事な研究室が銃撃戦の会場になるようなリスクはとらないだろうし?」
「苦労を掛けますね、博士。もし損害の発生した際には、金銭での補償はさせていただきます」
「そりゃどうも。
けど今のはヴェラちゃんにあてこするつもりで言ったんじゃなくて、わりとマジにそう思ってるんだよ?」
自然科学は正しい。だから、正しいやり方を踏めば、誰でも同じ結果を出すことができる。
自明であるその事実から、いつのまにかエマコは問いを見出していた。
〝誰にでもできることならば、エマコ自身が携わらねばならない理由は何か?〟と。
自らの能力に疑問を感じたわけではない。
既に全盛期は去ったものと感じてはいるが、エマコは自らが類まれな学者であることを知っている。
エマコが自身の全精力を研究に傾けた場合とそうでない場合とを比較すると、前者の世界の方が圧倒的に科学が発展してるだろうと思われるし、世間もそれを認めるだろう。
しかしそれは遅いか早いかの差でしかない。エマコが手を貸さずとも、いずれ然るべきものが然るべき形になることは変わらない。
とすると、エマコが研究に力を注ぐ理由は、ただ〝気が向くかどうか〟ということになってしまう。生活のための資金なら、
そして〝研究に人生をささげることに意義はないか?〟という問いに、今のエマコははっきり〝無い〟とは答えられぬように感じている。
おそらく、これはエマコの一時的な気の迷いだろう。
クリスマスからシャムロックの都合で過剰な働きを強要され、今はまたヴィペルメーラのために命を懸けている。
このような状況から、きっと一時的に逃避欲求が高まっているだけなのだ。
だから深く考えるべきことではない、とエマコは思う。そう思ってはいるが、わきあがる気持ちは消え失せない。
調節された音量で警報音が鳴り、エマコを現実に引き戻す。
画面中央には『敵発見。交戦開始』との警告文が大きく表示されていた。
何はともあれ、今はこの状況を切り抜けるために力を尽くさなくてはならない。
エマコとヴェラのいる地下研究室には、地上の銃声は届かない。
それでも、ドロイドのアイカメラによる1人称映像を見ると、硝煙が臭うかのごとくに思われる。
「1、2、3……多いですね」
今日もpseudo kaleido をご覧くださりありがとうございます。
皆様に良きことのありますように。