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フォウニー・ウォー



「……すみません、プレジデント」


 ディスプレイから身をひるがえしたシンイーが、パトリックに呼びかける。


「んー? どうしたね」


 全裸のパトリックが、声だけで応じる。


 同じく素裸のアーサーを膝に座らせ、筋肉質な左腕をタンクローリーのミニカーのコースとして差し出しながら。


「ハジベ博士は、竜の大暴れからどうやって逃げたか話していましたか?」


「妙なことを聞くな、シンイー」


「失礼しました、プレジデント。しかし、確認しておくべきかと存じまして……」


「そうか。……たしか、あの場に連れてきた人形に、気絶した自分を運ばせたとか言ってたな」


 空いた右手でアーサーの金髪を弄びながら、数日前の昼食でも思い出すかのようにパトリックは言った。


「!? でしたら少し妙です、プレジデント」


 パトリックの言葉に、シンイーは目の色を変えて応じる。


「こちらをご覧ください。先日の、アーサーによる抜き打ち検査のときの映像です」


「僕がどうかしましたか」


 シンイーはディスプレイに、アルフの眠る培養槽の前に立つ、アーサーとエマコの映像を写す。



『この子がアルフです。

 君も覚えてるっしょ? 爺さんがド糞発砲行為したとき、ファリスを羽交い絞めにしてたんだし。

 あと、その前も髪の毛とかいじってた』


『ファリス?』


『死んじゃった生体ドロイドの子。

 ファリスはヒト脳載せてたわけじゃないから、アルフとは死んじゃったの意味が違――』



「ハジベ博士は、竜が大暴れした27日以来、地下に籠りきりです。使いも出していません。

 であれば当該ドロイドの破損は、竜の暴威によるものと考えるのが自然です」


「とすると、あのファッキン雌ジャップは、このプレジデントに嘘をついたということになるな。

 でかしたぞ、シンイー。良く気づいてくれた。

 誰が奴を助けたのだろうな? いや、そもそも自分で脱出して、その際にすれ違ったヴィペルメーラのクソどもを見逃すために嘘をついた、といったところか。

 細かいところを詰問するためにも、ひっとらえねばな。よし、ギャングどもを呼――」


 鋭い警報音が、ペントハウスに響き渡る。


 ここは、パトリックのプライベートのための空間だ。


 雑事を頭から追い出すために、大抵のことはまとめて仕事場で報告させている。


 ただ、飛び起きてでも対処しなければならぬ問題については、例外的に警報付きで飛び込んでくる仕組みだ。


「……お前は良くやった、シンイー。しかしどうやら少し遅かったようだな」


「も、申し訳ございません、プレジデント……」


「お前の落ち度ではない。予定を早めるぞ。――アーサー! 服を着ろ」


「はい、プレジデント」


 膝の上からベッドにアーサーを払い落とし、パトリックは立ち上がった。自身も服を着始める。  


     †


 ニューエデン州北西部、サイドウォーター。


 サウスカロライナ州時代には、オコニー郡の置かれていた地域。


 二等辺三角形もどきの州土の、頂角にあたる場所である。


 ここは祭政メキシコ帝国との前線付近かつ、ノースカロライナ州との州境付近。


 テネシー州の面影さえうかがえる、州内でも周縁部に当たる地域だ。


 州都ニューエデン市が混乱しても、周縁たるこの地は変わらない。


 前線および州境を警戒するニューエデン州兵たちは、クリスマス以前から変わらぬ、通常業務を続けている。


 共にルーティンワークをこなす彼らであるが、ニューエデン州兵所属将校には、さまざまの背景の持ち主が存在する。


 ヴィペルメーラと親しい参謀。


 シャムロックと利益を共にする部隊長。


 旧サウスカロライナ州時代から職務に忠実な、根っからの職業軍人。


 民間軍事会社に所属する外国籍の武辺者。


 細かな差を挙げて行けば、畢竟、人数と同じだけのカテゴリーが必要になるだろう。


 州都での抗争が、彼らに影響を与えないわけではない。


 完全な共通点は、州境警備の任に携わっていることだけなのだから。


 それでも緊張が武力衝突を生むことはない。


 ヴィペルメーラとシャムロックの抗争にとって、この地にさしたる戦略的意義はないのだから。


 結局、彼らの間では〝州境警備隊〟としてのゆるい一体感が優る。


 それぞれの組織から何らかの命令があれば、この連帯も終わるのだろう。


 だが現状、何の音沙汰もない。


 ヴィペルメーラ派やシャムロック派などの差異は、自発的行動を促すほどのものではない。


 ためにニューエデン州兵たちは、ただ日常を暮らしていた。


 シャムロックよりの連隊長たるウェンディ・フランクリン大佐も、州都の抗争には興味がない。


 のんびりとマシュマロ入りココアを淹れてから、通常タスクに取り組む予定だ。


「大佐! 報告いたします」


 息せききった部下の声で、通信が入る。


「うん?」


 どうやら〝眠気覚まし〟が始まったらしい。


「M&G社の兵員およびヴィペルメーラ系の部隊が、通常任務を放棄。

 州都への道を占拠し通行を遮断。州兵の他の部隊とにらみ合いを始めました。

 そしてM&G社・ヴィペルメーラ系州兵と連携して、旧サウスカロライナ州兵の軍旗を掲げた戦力が、北部よりニューエデン州内に侵入中です」


「おや、おや」


 多少の驚きはあった。だがウェンディの予測の範囲内だ。


 数日中に「ヴィペルメーラは最後の反攻を行う」と見られていた。


 戦力を補うために、祭政アステカ帝国の過激派や、旧サウスカロライナ州亡命政府と手を結ぶ可能性があることも。


 M&G社というのはやや意外だったが、思考の大枠を崩すものではない。


「遮断された道路は放っておけ。ケガをしてもお互いに損だ。

 一応、投降を呼びかけるだけでいい。ことが終わるまで従うはずもないが、投降勧告をした事実は必要だからな」


「Sir! 承知いたしました、Sir!」


 ヴィペルメーラが旧州兵とM&G社に力を借りたのは、陽動のためだろう。


 周縁部の州兵を州都に参戦させないために、M&G社は道路を遮断したのだ。


 逆に言えば、ウェンディたちシャムロック寄りのニューエデン州兵が、州都の救援に向かわない限り、彼らは戦う必要がない。


 ウェンディたちが現状維持を続ける限り、M&G社の目的は達成されているからだ。


「侵入者たちに対しては、入念に警告を行ってから威嚇攻撃。

 反撃があるようなら、無人機で迎撃を行う。保有兵器の破壊を目的としてな。

 敵の人員はなるべく死傷させるな。同じアメリカ人なんだからな」


「Sir! 承知いたしました、Sir!」


 境界警備の任にあたる州兵としては、武装して侵入する勢力を素通りさせるわけにはいかない。たとえ合衆国市民であったとしても。


 また旧サウスカロライナ州の再建を目指す過激派には、ニューエデンの旗幟を見ただけで憎しみに燃え、攻撃してくる者もいるかもしれない。


 ゆえに場合によっては、一戦交える必要が出てくる。


 だがヴィペルメーラ系州兵と連携している以上、おそらくそこまでの敵意と積極的行動の意志はないはずだ。


 それほど向こう見ずな相手なら、州境警備隊が一丸となって戦いを始めていることだろう。


 ならば積極的に戦う必要はない。


 優先すべきは生存。つまり、中長期的に見ての〝州境警備隊〟の現状維持だ。


 戦わずとも良い相手とは戦わず、兵たちの温存に努めること。


 州都の支配者が誰になっても、怒りを買わない程度の演技として作戦行動を行うこと。


 これら2点を達成するべく、〝眠気覚ましに〟務めるだけだ。


 さしあたって、ウェンディはペドロ・エストラーダ将軍と連絡を取る必要がある。


 州境警備隊のヴィペルメーラ派の代表者と情報共有を続け、この場の紛争を冷静なものに保ち続けなくてはならない。


 事態をむやみにエスカレートさせ、州都の抗争を周縁に再現することは、この州境の地に生きる誰の利益にもならないのだから。


「おっと、賢い相手でありがたい」


 折よく、エストラーダ将軍からの電話が、ウェンディ個人の端末にかかってきた。


「――こんにちは、将軍閣下。お電話、誠に嬉しく思います」


『こんにちは、大佐。

 急にこのような事態になってしまってすまなく思う。もちろん、最大限の配慮をさせていただく。

 しかし、私としても忠実な軍人でありつづけなくてはならないのでね。どうかわかってもらいたい』


「ありがとうございます、将軍。お言葉から、将軍ご本人のお気持ちはわかりますとも。

 遅れたクリスマス休暇を楽しむため、我と我が部下の身を傷つけずにことを収めるため、情報共有を滞りなく行い、事態にあたっていきましょう」


『全面的に賛成するよ、大佐』



今日も Pseudo Kaleido をお読みくださりありがとうございます。


諸賢によろしきことのございますように。

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