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テンプテーション・イン・ディープ・アンダー・ザ・グラウンド



「ところでアルフ。ちょっと力を貸してくれませんか?」


「おいおいヴェラ子ちゃんよ、さっきに続けてずうずうしくないかい」


 エマコが素早く口をはさむ。アルフが何かを言う間もない。


「はい。ですが、機を逸する訳にはいきませんから」


「やれやれ。

 ……とりあえず、聞くだけ聞いてみなよ。騙そうとしたら速攻で爺さんに通報するからね」


「ええ、私は誠実に話しますとも。

 ――さて、アルフ。

 3日が経ちましたが、ヴィペルメーラとシャムロックの争いは、今も続いています。アルフ、また、私のために戦ってくれませんか?」


「はい、もちろんです、ヴェラ」


「ありがとう! そう言ってもらえると信じていました!」


 ヴェラは弾けたように顔をほころばせる。


「えぇ……アルフさ、この子見限っちゃわない? 勝ち目の少ない戦いは損だよ」


「……随分な変わり様ですね、博士。

 この前まで、首狩りに行かんばかりの剣幕でしたのに」


「うん。それはそう。

 爺さんに落とし前つけさせなきゃいけない、とは今も思うよ。

 でもアルフが元気になったじゃん? となると、命張るほどの事情はない訳だよ」


 ヴェラが口を開きかけたのを手で制し、エマコは言葉を続ける。


「ヴェラちゃんもよく考えて。

 ヴェラちゃんにとっての利益を最大化する選択肢はなんなのか? ってことをさ。

 人生、勝つか死ぬかってだけじゃない。

 〝逃げる〟ってのが一番生存確率や成功の期待値の高い選択肢なんじゃないの?

 事実、私はそれで今日まで生きてきた。戦いを続けるなら、たくさん人死にを出した君の――ファミリー? の人たちも、さらに死傷者を出すことになる。どれだけ理想的に勝ったとしてもね。

 それは本当に、ヴェラちゃんにとって最善なの?」


「……仮に最善ではなくとも、戦いを辞めるわけにはいきません。帰天した多くの者たちの献身を、無駄にするわけには行かないのです。

 私の選択肢は一つ。戦って勝つ。それだけです」


「勝とうが負けようが逃げようが、死んじゃった人は死んじゃったままだよ。どのみち。

 ヴェラちゃんは賢いから〝コンコルド効果〟ぐらい知ってるでしょう?

 埋没コストはどうしようと戻らないことを考えた上で、頭を冷やして、リスク・コスト・リターンが最適になるような選択肢を選んでほしい。

 と、作戦会議に一枚噛んだだけの部外者・エマコさんは思います」


「私は勝つしかありません、博士。

 ここで敗走して生き延びても、ファミリーは瓦解します。きっと致命的な破局となるでしょう。

 それは戦って負けるのと、さしたる違いはありません」


「OK、ヴェロニカさんを説得するのは諦めます。自由意志による決定は大切だもの。けど、それはアルフだってそうだからね。

 さあアルフ、命の危険と苦労の絶えない戦いと、手っ取り早い安全とはどっちが得だと思う?」


「僕はヴェラといっしょに戦うよ、エマコ」


「あはっ♡ ありがとうね、アルフ」


 アルフの言葉に、ヴェラは歓喜して唇を奪う。


「にぇえ」


 すぐにイヴが上書きする。


「くっそ面白くねえ……!

 ヤクザJKの分際で私のアルフといちゃいちゃしやがってよぉ……!」


「うふふ♡」


「ぎゃあ」


「エマコにもキスするね」


「えぁ! あ、え、ヴぁッ……!

 止め!

 アルフの顔面は美しすぎます……美しすぎるのです……」


 エマコは後退。


 アルフから逃げ、ダージリンの入ったティーカップで口をふさぐ。


「……でもマジな話さ、アルフ。本当に難しいよ。

 さっき言った通り、アルフには生体ドロイドとしての側面がある。

 痛みと恐怖を感じることができない、ってのもそう。生まれる前に私が神経系をいじったから。勇敢に戦えるように。

 けど、勇敢さと表裏一体の弱点として、果敢に攻めすぎる」


 アルフが殺人に無頓着なのも、これに由来する。


 自分の痛みを知らないのだ。


 人の痛みはなおわからない。


 恐怖を知らないから、死に捕らわれない。殺しにもためらいはない。


「エマコ、それがどうかしたの?」


「アルフは無敵じゃないし、間違いをしないわけでもないって話」


 言って、エマコはティーカップをテーブルに戻す。


「武器取り扱いアクトウェアの力で、アルフは射撃であれ剣戟であれ何であれ、その道に一生を傾けた達人の技術的全盛期と同程度の能力がある。

 人工筋肉の怪力がものを言う分野では、世界一強いかもしれない。

 でも、それだけだよ」


「武器がないと僕は弱いということ?」


「いいえ。

 素手で力任せに暴れるだけでもアルフは強いよ。

 またアルフのアクトウェアには色々な格闘技を備えてあります。これに強靭な筋力があれば大変強力です。

 かわいい体格の問題がないってわけじゃないけど、技術と膂力があるのに弱いと言ったら嘘です。

 ほっそりと美しくちっちゃくてかわいい見た目からのギャップによって油断を誘えるって利点もあるんだし。

 アルフはかわいいからね」


「お言葉に〝かわいい〟の数多くあることですね……」


「2兆回言っても言い足りないくらいアルフはかわいいじゃん?」


「おっしゃる通りですが……」


「ぎゃあ」


「それではどういうこと?」


「暴力だけが戦いじゃないってこと。

 私やヴェラ子ちゃんみたいな悪い大人は、いくらでもアルフを騙すことができる。

 またアルフの強さを発揮できないような罠を張ることができる。

 アルフがいくら強くとも、悪だくみに長けた相手とことを構えるのは危険だよ」


「そっか。……でも、気を付けていれば大丈夫だよ」


「本当にそうかなあ? 私が言うまで、思いつきもしなかったのに。

 最大限気をつけても人間の注意力や想像力には限界がある。特にアルフはまだ幼いから、どうしても足らないことが出てきてしまう。

 ――仕方のないことなんだよ。アルフは何も悪くなくても――。

 とにかく、考えようとしても考えられないことというのはある。

 それなのに、アルフは取り返しのつかない選択をしちゃっていいのかな? 本当に?」


 エマコの言葉は、アルフに奇妙な気持ちを感じさせた。


 お腹が空いているときのような、


 寒いのに服を着ていないときのような、


 そしてそれらのどれとも異なる、変わった気持ち。


 常人が不安と呼ぶものに似て、はるかに淡い感情がアルフの心にきざしていた。


 それでも。


 アルフはイヴを見る。エマコを見る。そしてヴェラを。


「うん。大丈夫だよ、エマコ」


 アルフは穏やかに答えた。


 答えてしまうと、奇妙な気持ちは消えていた。


「そっか。……わかってないっぽいけど。

 まあ言われるだけじゃわかんないことってのはいっぱいあるよね。何が理解できるかは主体によって違うんだし。

 『紫外線当たってお花が綺麗~』とか言われても、ヒトにゃ紫外線は見えないから、感想の持ちようがないって話みたいな……」


「それはどういうこと?」


「うん、まあ、たとえ話だよ。

 ともあれアルフがすると決めた以上、私も全力を尽くすとします。ヤバそうだなあとは思っても。

 どうせこうなるだろうなあ、と思って動いてきたことだしね……」


「大丈夫です。私には勝算があります。

 博士も作戦について十分ご承知でしょう?」


「まあね。……だいぶ深入りしちゃったからな。

 ここで逃げ出してもヴェラ子ちゃん大好きクラブの面々から激甚な恨みを買うし、危険は同じか……よぉし! もう何も言わない」


「ぎゃあ」


「ありがとうございます、博士、アルフ」


「ただし! 待遇は保証してよ? 私はもらうべきものをきっちりもらうから」



今日もPseudo Kaleidoをお読みくださりありがとうございます。


昨日でなんとか二か月目です。

仮病を挟みもしましたが、やってこれて良かったです。読者諸賢および関係各位の皆さま、ありがとうございます。

今後もやっていけるとうれしいです。


あとがきの最後までお読みくださりありがとうございます。

皆様に良きことのありますように。


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