プソイド・カライド
「……信じられないなあ」
分厚いシャリアピン・ステーキとデザートを食べたあと、話を聞いたアルフは言った。
食後、エマコとヴェラは罪を告白した。
アルフはドロイドとしてエマコに作られたこと。
それを隠していたこと。
2人とも、アルフを騙して使役していたこと。
「まあ、そうだよね。でもさ、こう考えてみてよ。
――昔々、あるところにマッドサイエンティストが居ました。
マッドサイエンティストは人嫌いで、地下に引きこもって暮らしています。
機械の美少年たちに囲まれて。
そしてその家には、1人のかわいい男の子も住んでいました。とても美しく、マッドサイエンティストとしては似ても似つきません。
――私は、他人とうまくやってげるような奴じゃない。でもアルフとは一緒に暮らしてる。何故か?
〝私にとってアルフは他人じゃなかったから。元々、生体ドロイドとして生まれたから〟
こう考えるのが一番自然じゃない?
家には、他にも何人ものおショタドロイドがいるんだし」
「僕とスバルたちは違う。そうでしょう?」
「うん。けど生体ドロイドにも2種類あってね。
脳が全て機械の子と、脳がヒト脳と機械の組み合わせの子。
うちの子だと、アルフだけが後者なの。だからみんなとは違う。
後、アルフがあんまり人間っぽいから、私が人間として扱うようになっちゃったってのがあるからね」
「でも、僕は父さまと母さまのことを覚えている。
生体ドロイドなら、親はいない」
「うん。けど〝覚えている〟だけでしょ?
客観的に立証は不可能だよ。
そして記憶って曖昧なの。
〝君は昔こういう出来事を経験した。君とこういう関係の人がいる〟みたいなことを、周りの人が自明の理として話していると、その内信じてしまう。
無意識のレベルでね。で、架空の記憶を思い出せるようになっちゃうんだ。
特に君はまだ生まれてから7か月しかたってないからね、ほんとは。脳も、とっても素直でいい子なの。
私が考えた〝アルフ〟のプロフィールを1か月くらいで信じて『前に母さまと動物園に行った』とか、思い出話をしてくれた。
私と経験した出来事を、脳がいつのまにか変形して違う記憶にしちゃったんだね。
この通り、アルフに両親の記憶があることと、アルフが生体ドロイドとして作られたことは両立するんだ」
「……エマコの言うことは、困る。
何もかも、嘘かもしれないということでしょう?」
「うん、まあ、でも、今話しているのは本当だよ。立証できる。
あ、イチゴあげる」
「うん」
難しい顔のアルフの口元に、エマコはデザートのイチゴを持っていく。
アルフは食べる。
「私も話をしましょう。アルフ、あなたに自分のことを知ってほしいからです。
あなたは博士と2人きりなら、日本語でお話しますね? けれど私とは英語。
またフランス語で会話するお知り合いもいらっしゃるそうですね。
複数の言語を、あなたはどこで学んだのかしら?」
「……わかりません。言葉は、ただわかるだけです」
「そう。ではアルフ、あなたが生体ドロイドとして生まれたと仮定しましょう。予め脳に複数の言語がインプットされていたとすれば、その疑問に答えが出ますね?」
補足のためにエマコは口を開きかけ、止める。
話を難しくする必要はない。
『乗り物や武器の使い方をいくつも知っているのも、同じ仕組みだ』なんて言っても、話が長くなるだけだ。
武器の話をすれば、ヴェラの行為にも話が及ぶ。
射撃能力向上のため、ヴェラはアルフを眠らせ、ヴィペルメーラの生体ドロイド整備部門に移動。
リボルバー射撃についてのアクトウェアを更新した。
これに伴う情報流出は、ヴェラの苦境の原因だ。
ファミリーの幹部を爆破により壊滅させられた遺恨は、決して消えるまい。
エマコ自身にしても、無知からとはいえヴェラが有害な薬物を使ったことに腹が立つ。
さらに話を遡れば、別の怒りを呼ぶ。
自他のストレスを避けるため、エマコは黙っておくことにした。
今は、アルフにわかってもらうために力を尽くすべきときなのだから。
「……ヴェラのお話は正しいように思います。
でも、納得がいきません。僕は困っている」
「納得なんかしなくていいよ。どう思おうと結局君は、君なんだから。
私とヴェラちゃんはね、アルフに自分のことを知ってほしい。
もう騙されたりしないように。私たちみたいな悪い大人にさ。
だからアルフが何者か、ってのはひとまず置いといて」
「……わかった。
僕はアルフで、困っている。ドロイドとして生まれ、人間になって、今またドロイドだ。
どうして?
最初からそう言われていれば、困ることはなかった」
アルフの説明は拙い。
だが背後に大きな混乱があることが、ヴェラとエマコにはわかった。
「……そのときごとに、私は最善を尽くしたつもりだよ。
最初に君を作ったのは、生体ドロイドの実験体としてだった。〝AIの補助装置にヒト脳を使う研究〟の実証実験。
でも君が生まれてみると〝生体ドロイド〟の観念には当てはまらないところもあると気づいた。
私は君と仲良くしたかった。仲良くした方が実験に便利だし、また興味があったの。君がどんな子なのか。
そこで、ほんの小娘の時分に書いてた御伽噺のキャラから、プロフィールを借りて、君に英国貴族アルフレッド・ドゥンスタン・アダム・モントフォートになってもらった」
言いながら、エマコは遥かな昔を回想する。
猛烈な勉学の日々に、ダイアルアップ回線で時折外の世界の光をもたらしてくれたインターネット。
誰よりも賢いつもりでいたが、ただ並外れて勉強ができるに過ぎなかった少女の目には、多くのものが新鮮に映った。
英国紋章院のサイトにあった、貴族の家名の一覧表。
その一つ〝モントフォート〟の高貴な響きは幼時のエマコを魅了した。
アフタヌーンティーなどの英国文化ともども、彼女が手慰みに著した空想物語『Pseudo Kaleido』の中に現れることとなった。
主人公の少女に好意を持つ美少年の一人、うるわしき金髪が特徴の伯爵家出身の少年騎士の家名として。
「で、口八丁で君に信じてもらった『事故でケガをした君を、私が助けた』って
そういう過去を作っときゃ、きっと私のことを好きになってくれるだろうと思って。詐欺だね。
けど、ま、ご存知の日々があって、とりあえず今日に至る。私は、幸せだったよ」
「……私も、博士と似たようなものです。
ファミリーの戦力強化のため、私はあなたを取り込みにかかりました、アルフ。あなたではなく、竜のイヴ目当てに。
クリスマスに、イヴを連れて兵器研究所へ行ったときのことを覚えていて?
あのとき、あなたが祭政帝国の戦士たちに負けたのは、私のせいです。狙撃を受けたでしょう。あれは、私がジュディアにやらせたのです。
その後あなたを助けて、恩を売るために。ひどいことをしました。
そんな私にも、あなたは普通に接してくれた。知らなかったからでしょうけれど、それでも私は嬉しかった。
あのパーティの後、あなたは私のため、死力を尽くして戦い、ついに倒れました」
「私が生体ドロイドの緊急停止コマンドでアルフを眠らせたら、爺さん――ヴェラちゃんと敵対してるギャングのえらい人が、鉄砲で頭を撃ってね。
それでまあ、2人とも考えたわけだよ、『何故アルフが死ななきゃいけなかったのか?』と。
私とヴェラちゃんは利害や信条において合意できるところは多くない。
けど、アルフを治すまで仲良くする、ってことで一致できた」
「あの夜から3日が立ちました。
私たちは何度か話し合い、『アルフを騙すのはやめよう』と思いました。
そして、あなたが蘇り、この話を始めたのです、アルフ」
「わからない。悪かったとしても、僕は好きだ。エマコもヴェラもイヴも……!」
「……許して、くれるの、アルフ?」
「まだ、私とお友達でいてくださるの、アルフ?」
「ぎゃあ?」
「うん」
アルフはただ肯定した。
複雑な話への疲れ、3人への自然な愛着。
2人の罪の告白と謝罪を受け入れ、許したというのではなく、ただ話を終わらせようとしただけかもしれない。
エマコとヴェラが求めた、大きな意味のある肯定などではなく。
愛でも許しでもない、似て非なる心情の発露。
だとしても。
アルフは、3人を気に入っていた。
いいにおいがして、さわるとすべやかであたたかい。持つとさらにあたたかい。
おりにふれて食べ物をくれたり、気づかってくれる。
話したり遊んだりすると楽しい。
彼女らにアルフは好意を現わした。
好意はさらなる好意を呼ぶだろう。
疑似的な好意のやり取りを続けるうちに、大きな愛にたどり着くかもしれない。
少なくとも、この世のどこかに愛はある。
そう信じさせてくれるやわらかな雰囲気が、4人の間にあった。
今日も〝Pseudo Kaleido〟をご覧くださりありがとうございます。
皆様によろしきことのありますように。