ブレックファスト・ビーフステーキ
「ぎゃあ……♡」
「はは」
「っし!」
普段通りに話すアルフを見て、エマコは快哉を叫ぶ。
「……目覚めたのですね。ア――」
ヴェラは残りの言葉を呑みこむ。口元に、エマコが指を立てていた。
「どうしたの? エマコ」
その様子を見て、アルフは問うた。
「ん、ちょっとね。今から、私の質問に答えてね。まず、私の言うことはわかる?」
アルフを見つめながら、エマコは英語で話しかけた。
「もちろんだよ、エマコ」
「OK。君の名前と生年月日を言ってみて」
「アルフレッド・ドゥンスタン・アダム・モントフォート。生年月日は、2037年4月5日。ね、エマコ、これは検査か何かなの?」
「うん、そう。検査……」
二つ確認できた。標準ラングウェアの正常動作と、大きな記憶障害はないことだ。
「……検査だから、自分に答えられる範囲で答えて、わかんないときは『わかんない』って言ってね? 周りの子に聞いたりしちゃだめ。いい?」
「わかったよ、エマコ」
今度は日本語で、エマコはアルフに話しかける。
アルフは日本語で答えた。
周縁ラングウェアも正常に動作しているのを確認でき、満足げにエマコは言った。
「よおし。じゃあ続き。これ、なんだかわかる?」
エマコは少年ドロイドの一人から38口径リボルバーを受け取り、グリップを向けてアルフに手渡した。
「リボルバー。38口径で六連発。弾を撃つ道具。
でも、重さからして弾はない。だから、このままだと撃てない。
こういうことかな?」
「うん。お答えありがと」
武器についての埋込記憶は正常に使われている。
重さから装填されていないことを見抜いたあたり、拳銃の取り扱いに関するアクトウェアも正常に働いているらしい。
「よし。ありがと。
それで、アルフ。何があったか覚えてる?」
「ヴェラを守って逃げていて、車の音がしたから奪おうと思った、らエマコだった。
そして急に眠くなって……わからない。けど、助けてくれたのでしょう?
ありがとう、エマコ」
アルフは無邪気に笑った。
笑みは、生体ドロイドの機能の一つが働いただけかもしれない。
〝疑似ニューロリンク中のとあるアクトウェアが、生体準備電位を受けて稼働〟という形で。
だが、エマコは笑みに心を動かされた。
これまで欺いていたことに罪を感じた。ヴェラもそうだ。
無垢なる美しき子を、欺いてはならない。
不意に、アルフは強い空腹感を覚えた。何日かものを食べていなかったかのような。
「お腹がすいた。ご飯にしようよ」
「うん、それがいいね」
「ええ、何か食べましょう」
「ぎゃあ」
†
「どうぞ、アルフレッドさま」
「ありがとう、モーリス」
ミディアムレアの分厚いステーキ肉が供され、すりつぶしたニンニクと玉ねぎからなる独特のソースで仕上げられる。
日本国帝国ホテルが誇る名物料理、いわゆるシャリアピン・ステーキを再現したものだ。
これから、アルフにはややこしい話をしなくてはならない。
それに付き合うだけの気力を持たせるために、夜更けではあるがこのようなご馳走を用意させたのだった。
「いただきます」
言って、アルフはすぐさま食事に取り掛かる。
「めしあがれ」
言いつつ、エマコはどう話を運んだものかと考えをめぐらせる。
アルフは生体ドロイドの実験体として生まれたということ。
そしてエマコの家族ごっこにつき合わせていたということ。
(……後は何だ? ヴェラちゃんと私は敵だったとかそんなことか……?)