リザレクション・イズ・ア・フェイマス・ミラクル・バイ・ゴッド
「そうだ、博士。アルフのことですか」
「お金ならもう十分だよ」
「いえ、そうでなくて、蘇生の方法についてです。
科学的に考える限り、お説は正しいのでしょう。少なくとも、私には論理的に否定することができません。
ですがもし、超自然科学的な何らかの要素が存在するとしたら、どうしましょう?」
エマコはけげんな顔をする。それこそ、幽霊でも見たような。
「すみません、こんなことを言っては、私の常識を疑うでしょうね。
しかし、呪術で超人的な力を発揮する祭政帝国の戦士たちがいます。また、小さな女の子に姿を変える竜がいることも私たちは知っています。
もしも、脳の状態は生前と素粒子1つぶんも違わないのに、アルフが生き返らなかったらどうしましょう?」
「……っあー、そっかぁ、そーいうアレもあり得るっちゃあり得るよなあ……」
エマコは手で顔を覆い、うめいた。
「……〝現実では自明の物理法則が当てはまらない世界〟なんてのを舞台にしたフィクションは山ほどあるもんね……
〝地球を逆回転させて時間を戻す〟って映画の展開に観客が文句を言うのは勝手だけど、そうなってから作中人物が文句言ったって、単に現実を受け入れられない人にしかならないもんね……」
エマコは大きなため息をつく。
「そして、私がいるのはドキワクのファンタジーみにあふれる世界なんだよね……」
合衆国と世界を二分していた超大国ソビエト連邦は、21世紀を待たずに崩壊。
オスマン帝国の滅亡以来存在しなかったカリフが、21世紀になって出現。
民主主義を採用して久しい日本が、突如憲法を全廃。太政官制の律令国家に先祖返り。
竜や呪術が現実に存在し、国家間の紛争に重要な要素として作用する。
どれも、エマコの生きる世界では当然の事実だ。
これらは世界の多様さと予測不可能性をこそ示す。
自然科学の妥当性とは、また別の秩序によって。
「まいったね、アルフ生き返んないかも知んないや……あー、もっとゲーム脳に考えときゃよかったかなあ…………ま、でも、科学にすがってやるだけやるよ」
「持ち直しの早い方ですね、あなたは」
「でもろくに寝てないからさ、ちょっと弱気になっちまったよ。私にゃ科学しかないんだから、科学でやるっきゃないのにね。
〝物質的に生前の状態を再現するだけでは、ヒトは生き返らない〟とわかるだけでも収穫だし」
「科学実験としてはそれでいいでしょう。
でも、アルフがいなければ、私たちの作戦は非常に困難なものとなります」
「そりゃ、そうなってから最善を尽くすさ。そのための話し合いもしたじゃん?」
「そうですけれど、やはり……」
「第一、アルフが元気になることと、君の味方になってくれることはイコールじゃない。
そこははっきりさせといて。私はアルフの意思を尊重する。今度こそ。
それについて、ヴィペルメーラさんがどうこうしようってのは勝手だけど、もしそうするなら私も勝手にするからね」
「アルフに誠実に向き合いたいのは、私とて同じです、博士」
「なら良かった。
……ま、安心してよ。アルフがどうなろうとも、私は君らと話した作戦について話す気はないし、ヴェラちゃんがここに来たことも黙ってる。
ひっとらえられたりしたら、速攻で喋って身の安全を確保するけどね」
「ありがとうございます、博士。……あなたの直截なところ、なんだか嬉しいです」
「妙なこと言うね、ヴェラ子ちゃん。
……さ、アルフのところに行こう。そろそろ目を覚ますはずだから」
「はい。アルフに会いに行きましょう」
†
3日の間、エマコはアルフの蘇生に尽力した。
パトリックとヴェラから得た資金をおしみなく使うことで、スーパーコンピュータの借り受けはスムーズに行われた。
インドの《ガンジスⅨ》と《アースティカ》
合衆国の《ポール・バニヤン》
中国の《東嶽大帝》
フランスの《ラプラス・クァンティーク》、以上5台で演算。
〝生きたアルフの脳の原子の並び方〟および、これを作るための〝詳細作業工程〟を算出・検算。
解き得ざる方程式の解に、限りなく等しい答えを手に入れた。
ナノマシン群と人工細胞による脳の構築過程は、1つのアクシデントもなく完了した。
エマコとヴェラが各々せわしげに働くのを、イヴはよそ事のように眺めていた。
3日間ほとんど、アルフが眠る培養槽のそばにいた。
そして、アルフが射殺されてから3日後。
機械の立てる音ばかりが、地下研究室に響く。
脳波計を初めとする計器類を見つめながら、3人は手術台の前で待つ。アルフの目覚めを。
「もうすぐ目覚める、はずなんだけどなあ……」
静けさに耐え切れず、エマコが言葉を漏らした。
各データに従って考えるなら、眠るアルフは寝息をもらすくらいしそうなものだ。
だが。アルフは未だ目覚めぬままだ。恐ろしく静かに眠っている。
「……想定よりも時間がかかっているのですか?」
「ん、いや、まだ誤差の範囲だね、全然。私ったらあせってんね……」
「あせらない方が変です。一度死んだ者の復活なんて」
「まあそう言うと大げさだけどさ、この子、物質的にはただ寝てるのと一緒なんだよね」
エマコは仮説を再検討する。
スーパーコンピュータの演算通りに、ナノマシンは脳の構築作業を行った。
今のアルフの脳は、オクトカラーQRコードで急速睡眠に入った直後と等しい。差があっても、分子数個分だ。
「モノとしては寝てる状態にイコールだから、起きる時間も同じくらい、なはず。だけど」
「……博士の学識を疑うわけではございませんが、工程に何かミスがあったのでは?」
「それはない。構築作業は、それこそ奇跡みたいにうまくいったんだもの」
脳の復元精度は、99.99999999982パーセント。
観測の精度から考えて、これは100パーセントと等しい値だ。
構築用ナノマシンの排出も、脳髄液の注入と同時にスムーズに行われた。
悪影響はありえない。疑似ニューロリンクも正常に稼働している。
新しい人工骨頭蓋移植も順調にすんだ。各種バイタルサインも、異常の気配は欠片もない。
「ぱっと見、息してなさげだけど、かすかにしてるし……この子――
――目の前のこの金髪おショタは生きてるよ、確かに」
「……でも、目を覚ましませんね」
「……何か言いたげだね、ヴェラちゃんさ?」
「いえ、何でもありません。ただ、父が死んだときのことを思い出してしまって……」
ヴェラが病院にたどり着いたとき。パオロは既に死んでいた。
今のアルフのように穏やかな顔を見せることもなく。無惨な姿を化していた。
ヴェラが事態を上手く呑みこめないうちに、埋葬も終わった。
もし、魂というものがあるならば。既にこの世を去っているだろう。
天国、煉獄あるいは地獄であれ、決して〝ここ〟ではない遠いどこかに。
路地裏で頭を撃たれたとき、アルフも父と同じようになったのだ、とヴェラは感じていた。
「……アルフの魂はどうなったのでしょう。そこに帰ってきているのかしら?」
「この金髪おショタは生きてる。生命に付属するものなら、やっぱりあるんじゃない? 魂とやらも。私ゃそんなの信じてないけどさ」
「もしアルフが蘇生したなら、〝復活〟は神の業だけに限らない、ということかしら……?」
「さあ? 君が本当だって思ったものが、本当ってことでいいんじゃん? 君ん中ではさ」
「適当なのですね……私は『地上を去った魂を人の手で呼び戻すことが可能だ』とは、考えることが出来ません。
ですから、もしアルフが生き返ったのなら、そもそも死んでいなかったか、神の望みにかなった奇跡と考えたいところです」
「ふうん。……奇跡についちゃわかんないけど、『死んでなかった』って考え方は面白いね」
不意に、イヴが手術台の上に登りだす。
「あ、こら、何してんの!?」
制止も虚しい。イヴはアルフの唇を奪った。いつもじゃれ合いながらしていたように。
「ん……!?」
「あら……!?」
直後、脳波形が変化。
アルフは声とも寝息ともつかぬものを漏らす。
むずがるように体をくねらせ、鷹揚に伸びをする。穏やかに呼吸。
そして、ゆっくりと体を起こす。アルフは目を開いた。
「ぎゃあ!」
「わあ! 君かあ。びっくりしたよ」
嬉々として、イヴは目覚めたアルフを抱きしめる。
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読者諸賢および関係各位に、よろしきことのありますように。