フューチャー・ブループリント
「始めまして、皆さん。
私はヴェロニカ・マルタ・スクレンティア・ヴィペルメーラ。
ニューエデン州知事を15年に渡って勤め上げ先日帰天した、ドン・パオロ・ヴィペルメーラの実娘であり、父の使命を受け継ぐ者です。
本会合の主宰者として、まずは皆さんと一同に会することが出来たことを、喜ばしく思います。
お互いの利益を最大化するため、有意義な話し合いをするといたしましょう」
回線が通じ合ったところで、ヴェラが堂々とのたまった。
16歳の少女が君主たらんとする振る舞いとしては、限りなく最適解に等しい態度だ。
少なくともジュディアはそう感じたし、エマコもまた威厳めいたものをヴェラが持っているのを認めざるをえないだろう。
『分かりきった自己紹介で時間を無駄にしてくれてありがとう、ミス・ヴィペルメーラ。
君の顔と名前を知らぬ者は、この通話に参加するはずもないと思うが、文句は言わずにおく』
ヴェラの言葉に、回線の向こうのアングロサクソン系の中年男性が応えた。
『続いて自己紹介させてもらおう。
私はヴィクター・グレータゲイン・スターストライプス。
サウスカロライナの地における唯一正当なる統治主体、即ちサウスカロライナ州政府を支持する市民たちの投票によって選出された、自由と平等、民主主義の体現者だ。
革命と称して暴動を起こし市民たちを抑圧し続けてきてくたばったならず者や、その娘であるだけでなんら法的・民主主義的な正当性を持たぬどなたかとは違って、私は連邦政府および、合衆国大統領フランクリン・ジョンソン閣下にも地位を認めていただいている』
嫌味を交えたヴィクターの自己紹介が終わると、また別の声が起こった。
『話はすんだかね? 州に入れもしない自称州知事のおっさん』
『よせ、メスフィン。事実だとしても無礼だぞ』
装飾過多な改造軍服を身に纏ったアフリカ系の青年の茶々を、同郷とおぼしきストライプスーツの青年がたしなめる。
『そこまで言うとお前の方が無礼じゃねえかな。
さて。お嬢さんとおっさんにならって、俺たちも自己紹介させてもらおう。
俺はメスフィン・ハイレアムラク。エチオピアの皇子だ。
こっちの色男はゲブレマリアム伯爵。常ながら顔がいい。
帝位に興味のないことをアピールしつつ、兵どもを退屈させないために、ニューエデンで民間軍事会社をやって遊んでいる。俺と伯爵の名前を社名にして。
この度は政治がらみのお仕事をご依頼くださりありがとう。皇子とは言え、四男坊ともなるとあまり縁のない、政治的駆け引きとやらがこの会議で繰り広げられるのを期待する。面白いものが見れたら――』
『メスフィン』
『わかってるよ、伯爵。――まあ、ともあれ有意義な会議にするとしよう。
俺はともあれ、俺の愛しい兵どもは真面目に戦う優れた戦士だ。伯爵を見てもらえばわかるだろうが』
「お互い顔見知りになったところで、事実確認をしましょうか。
多少は聞き及んでいらっしゃるにしても、情報の確度や認識に差があるでしょうし、すり合わせは必要です。
――ジュディア」
『はい、ヴェロニカお嬢さま』
そうして、ヴィペルメーラ、サウスカロライナ亡命州政府、M&G社の三者会合が始まった。
†
口火を切ったヴェラは存在感を失うことなく、複数回に及んだ会合で、そつなく主宰者としての役割を果たした。
任せるべきところはジュディアに任せ、技術的見地の必要なところではエマコに専門的知見を述べさせた。
会議の雰囲気と結論という荒馬を乗りこなし、シャムロック打倒の作戦、そして戦後のニューエデンの妥当なあり方とを、見事まとめあげた。
アルフの蘇生予定時刻の、ほんの十数分前までに。
「……お疲れ、ヴェラちゃん。
――っ。……これ、君のも用意しようか?」
深呼吸をするヴェラに、エマコが少年ドロイドに強壮剤を静脈注射させながら言った。
「ありがとう、博士。でも結構です。あなたよりは寝ていますもの、私」
「そっか。
アルフがあんなことになる前から爺さんの無茶振りに応えてた私よりはマシだし、君にはアルフの治療による疲労はない。
そもそも滅茶苦茶若えもんな……何歳だっけ?」
「16ですが」
「そっか。ヤバいね。16……」
エマコはあまり焦点の合わぬ目で、ヴェラの方を見ながらうわごとのようにつぶやいた。
「……勝っても負けても、勢力圏は前よりちっちゃくなることになっちゃったけど、気にするこたぁないよ。そんだけ若けりゃどうとでもならあ」
「はい、ジュディアにも言われました」
「そりゃ失礼しました。
……説教なんて、垂れたくなかったんだけどね……」
「いえ、いいのです。博士。
ジュディアにせよあなたにせよ、私を思っての言葉というのは存じておりますから。
何より、すでに完全勝利を目指す状況ではありません。
父の威光もなく、幹部の大半が死んでしまった以上、ニューエデンの全てというのは、私の手に余ります」
「なるほど。謙虚なんだね」
「自己の能力を正確に見ているだけです。戦前に比べファミリーが大きく衰えることを考えますと、これでさえやっていけるかどうか……」
「弱気だね。あのさ、ヴェラ子ちゃんよ、ド素人らしいクソリプさせてもらうけど、おヤクザさんってのはハッタリ勝負の仕事って聞いたよ?
多少は調子に乗った方がいいんじゃん?」
「そうですね、すみません。
……私は、弱気というより〝ニューエデン全域の支配に失敗した場合の世界〟を見たがっているのかもしれません」
「え、はい?」
「……父の跡を継いで、ドンの地位に就くことは嫌ではありません。この上ない名誉と思います。
しかし、こうして、未来を見据えた話をしていますと、私がマフィアであり続けることが、全ての前提なのを実感させられます。殊更に」
「めちゃくちゃ当たり前だね」
「はい。
……けれど、父が殺されるまでは自分がファミリーを継ごうだなんて、考えたこともありませんから。
〝マフィアであるしかない〟というのが、どうも実感しづらいのです」
「なるほどね。……元々の進路予定はどんな感じだったの?」
「……きちんと考えたことはありませんね。ただ、皆と幸せに過ごせればいい、と」
「はん、ゆるふわお姫野郎め。かわいく幸せにキラキラしてるのが仕事だってか。え?」
「……私がヴィペルメーラの家に生まれたことに、私の責任はないと思うのですが」
「その反論こそ、とんだアントワネット回答だね。
……ま、こんな話はよそう。薬と睡眠不足で、私も少々あれになってきたっぽいですし。
プリンセスちゃんに庶民感覚を求めても仕方ない。雨雲で日光浴はできないんだから」
「ご理解に感謝いたします、博士。
とにかく、急に運命が回りだすと、人間は別の可能性について考えずにはいられない。そういう話です」
「またえらくデカい主語で一般化したね。
……でもま、気持ちはわからんでもないよ。選べないってのは嫌だよね。
また最適を選んだつもりで、そうするように誰かに仕組まれてる、みたいなのも。
……生きてりゃどっちもクソほど良くあることだけど」
「あなたにも色々あるのですね、博士……」
「この歳まで生きてりゃ、それなりにね。
――あ!
誤解しないでよ、私はまだピチピチの萌えキャラだから!
見た目通り! なろう小説のメインヒロインだって張れるような!」
エマコはのたまいながら上半身を反り返らせ、豊満な胸を張ってみせる。
「はい、博士。……ところでなろう小説とは何でしょう? 浮世絵の仲間か何かですか?」
「娯楽小説の一種。アルフみたいなスーパーヒーロー主人公が、私みたいな美少女ヒロインと仲良くしつつ冒険するような話がメインのやつだね。いやちょっと違うか? 異世界的な……そもそも与太話だ。私は何を正確さにこだわって……?
にしてもアメリカ人のお嬢さまは知らないか、そっか……」
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