ビューティフル・プソイド・ボーイズ
その後、晩餐は幸せな雰囲気を取り戻した。食後、三人は居間を出る。
地下の室内を奥に進み、廊下を抜ける。地下に降りるのに使ったものとは異なるエレベータに乗り、上階へ移動する。
エレベータの戸が開くと、室内の雰囲気は様変わりしていた。
下階とは一転して、研究施設か病院といった風の無機質な内装だ。
三人は空の培養槽のそばを通り過ぎ、奥の部屋へ至る。
アルフは服を脱ぐと、部屋の中央にある手術台風のベッドに横になった。
自律稼働した検査機器がアルフの全身を精査。結果を、ホログラフィックで表示する。
「ん、バイタル通りか」
「にぇえ……?」
「大したことないって意味だよ、お嬢ちゃん。だからって無視できる傷じゃないけどね
――」
言いながら、エマコはタブレットを操作。AIの提案した治療方法を認可。
メカニカルアームが、未分化細胞やら生体同化フィルムなどを、傷にあてがっていく様を見守る。
ふと、アラート音が響く。
「にぇえ!」
「だーいじょぶだって。ちょっと未分化細胞――アルフの身体の素の素――が減ったってだけだから、ヘンリー!」
「はい、博士」
エマコは少年を呼びつけ、機器について指示を下す。
「承知いたしました、博士」
うやうやしく頷くと、彼――ヘンリーはすぐさま作業にかかる。
彼のほかにも、数人の美少年たちが研究室で立ち働いていた。
ヘンリーも、玄関でアルフを迎えたト―マも人間ではない。彼らは生体ドロイドだ。
生体ドロイドとは、生物の体組織――特にヒトの細胞を使って作られたアンドロイドだ。
物体としてはヒトと変わらない声帯を持つために、ヒトと変わらない声を出すことが可能である、などと、〝ヒトの代わりをする〟ことに特化した性能を持つ。
エマコは、生体ドロイドを専門とする科学技術者だ。
関連する複数の博士号を持ち、同分野の確立期から活躍してきた。往時は日本において〝生体ドロイドの母〟の名で讃えられていた。
今なお、生体ドロイドにおいて世界でも有数、ニューエデンでは間違いなく最高の人材だ。
エマコは自宅に、数十体のドロイドを所有している。
型落ち品や、不要になったかつての実験サンプルなどだ。
特に性能の良い12体の生体ドロイドに、美少年の外装を取りつけ、家事や研究の補助に使っている。
21世紀、AIは目覚ましい発展を遂げた。
2048年現在、ドロイドに搭載される汎用AIは、人間のあいまいな命令をほぼ全て理解し、遂行する能力を持つ。
行動パターンが画一的であるという欠点はあるものの、〝客観的最適解〟の存在する作業においては問題となりえない。
美しき生体ドロイドたちは、アルフの傷を不足不過分なく精査。最適の治療を施していく。
「エマコ」
「なあに、アルフ? まだ動いちゃだめだけど、暇ならぬいぐるみ君たちとか連れてこよっか?」
「いい。エマコがいるから」
「アルフしゅきぃ♡ かわいいかわいいいい子いい子♡ いい子だからもう少し大人しくしててね」
「はい、エマコ。……昔も、こうやって僕をなおしたの?」
生体ドロイド技術の応用で、エマコは義肢に関する専門医でもある。
両者は共通する知見が多い。
〝ヒトの体組織でできた機械〟と〝機械でできたヒトの体組織〟とは表裏一帯の関係だ。
相互に寄与する形でこそ、両者は効率よく発展することができた。
エマコは自身の技術と学識を生かし、事故で失われたアルフの手足を作った。
今では、アルフは何不自由なく暮らせている。戦士として勲功を挙げることさえ可能なほどに。
「そうだよー。あのころはアルフもちっちゃかったなあ。今もかわいいけど……」
エマコは上に顔を向け、清潔な天井を眺めながら、お馴染みのストーリーをぼんやりと回想する。
3年前のことだ。
祭政アステカ帝国が、合衆国テキサス州に侵攻。
旅行中のモントフォート伯爵一家は、不幸にも戦火に巻き込まれた。
そのときアルフは重傷を負った。四肢を失い、生死の境をさまよった。
テキサスで勤務医をしていたエマコは治療にあたり、アルフの命を救った。
その後、四肢の再建を試みた。戦中の混乱ゆえ、医療用の義肢は手に入らなかった。
そこで戦闘用生体ドロイドの部品を流用したのだ。
「僕の両親は、こうやってなおせなかったの?」
「ん、あ、えっと君の両親は行方不明なんだよ。どこにいるかわからない。だから、治すとか治せないじゃなくてさ……」
エマコは乱れてもいない前髪を右手でかき上げる。
エマコは見事アルフの四肢を再建した。完璧な治療のはずだが、予後観察は必要だ。
またアルフの両親は行方不明で、送り返すべき自宅も「イングランドのどこか」としかわからない。そのために、エマコはアルフを引き取り、一緒に暮らすことにしたのだった。
いずれアルフの両親も見つかり、予後観察の必要もなくなる。一時的な同居のはずだった。ところが、アルフの両親は行方不明のままだ。
そのため、アルフが完全に健康体となった今現在も、二人は同居を続けている。
「施術完了しました、博士」
「おつかれ。じゃアルフ、お風呂入っといで」
「はい、エマコ。――おいで」
「ぎゃあ」
アルフは裸のまま、エレベータに向けて走り出す。
少年の美しき裸形を、さらに小さな歩幅で童女が追っていった。
「ん!? 君も行くのお嬢さん!?」
エマコの制止を聞く者はない。
少年型ドロイドたちが、手際よく無心に後始末を行っているばかり。
しかし、見咎めるものがいなくなったことはエマコにとって好機でもある。
本日も『プソイド・カライド』をお読みくださいましてありがとうございます。
『プソイド・カライド』というタイトルは、"Pseudo Kaleido"のドイツ語発音のカナ転写のつもりでつけました。
"pseudo"は「疑似-」とか「-もどき」の意味だそうです。
"kaleido"は"Kaleidoskop"(万華鏡)から筒を表す"skop"を取ったものです。
"kaleido"は、古典ギリシャ語の"kalós"(美しい)と、"eîdos"(姿・形)とが繋がってできた語だそうです。
以上のことから、本作のタイトルを直訳すれば『美形もどき』といったところでしょう。
『美形もどき』から二、三歩飛んで『真正ならざれども美しきもの』としてもいいように思われます。
直訳より遊びのある言葉の方が、このおはなしにはふさわしいでしょうし。
フィクションである以上、現実ではありません。
ですが、現実のものでないからといって無価値とは限らないことを、なろうの読者諸賢ならばご存じのことと思われます。
そんなニュアンスで、『プソイド・カライド』はやっていきたく思います。
長いあとがきを最後までお読みくださり、ありがとうございます。
皆さまと僕とにいいことのありますよう、日々祈らせていただきます。