トランスフォーメーション、コンプリート・クエスト、リターン・ホーム
「博士のお家はエレベーターがいっぱいありますね」
「君もエレベーター好きなの? アルフといっしょだねえ……」
「プレジデントのビルディングにも、エレベーターがありますから」
生活スペースの奥からエレベーターに搭乗し、アーサーとエマコは研究室の階へ。
無機質な廊下を進み、奥へ。
途中、スバルが入り口に立つ部屋を通り過ぎるも、二人とも何ら気にすることはない。
「さ、お入り。
置いてあるものには何であれさわらないように」
「はい、博士」
アルフの眠る培養槽のある部屋へ、二人は入室。
粘性高めの濁った養液の中、無数の機器に繋がれて浮かぶ小柄な人型のそばに歩み寄る。
エマコは培養槽のインターフェースを操作。
内部ライトとカメラを起動し、側面スクリーンへ表示。
アーサーの目には、養液から濁りが消え、裸で浮かんで眠るアルフの姿がはっきりしたように映る。
実際には養液の濁りは変わっておらず、ただ見えやすくなったというだけだ。
「この子がアルフです。
君も覚えてるっしょ? 爺さんがド糞発砲行為したとき、ファリスを羽交い絞めにしてたんだし。
あと、その前も髪の毛とかいじってた」
「ファリス?」
「死んじゃった生体ドロイドの子。
ファリスはヒト脳載せてたわけじゃないから、アルフとは死んじゃったの意味が違うけど」
「いろんな子が死んだのですね」
「そだね。
……なんて年だろうな、今年はよ。初めの方からわりと色々あったけど、こんな終わりごろになってまで、かわいいおショタが二人も死ぬなんて!
ま、そもそも、いつでもどこでも人はガンガン死んでガンガン生まれてんだから、人口統計的には珍事でもなんでもないんだけど。
間近で見てる身としちゃあね……」
「この子は、またここから生まれるのですか?」
「そうだよ、アーサー。
アルフは生き返る。少なくとも私としては生き返らせる予定でいる」
「前にも、ここから生まれたのですか?」
「うん、そう。君の生まれる1か月くらい前」
「僕も、ここから生まれたのですか?」
「うん、そう……。
いや、アレ? どうだったっけな。……君を作ったのはシャムロックの研究所だったか?
いや違うね、うん」
エマコは思い返すように上を向き、記憶を確かめて言った。
「アーサーも同じだね。私んちの培養槽生まれなはず」
「そうですか……」
アーサーは培養槽に浮かんで眠るアルフを見る。
「……結構見てるけど、なんか懐かしかったりするもんなのかな?」
「懐かしい、とは何ですか? 博士」
「え、そりゃ……まあわからないか。まだ6か月しか生きてないんだもんね。
そうだね……昔に見聞きしたり出会ったものを、後になってから思い出したりまた見聞きしたりしたときに感じる、親しみに似た好感情、ってとこかな?」
「わかりません、博士」
「うん、わからないと思う。懐かしさなんて説明されてわかるようになるものじゃないもの。
普段の生活も、こうやって私と話してることも、いずれ〝懐かしい〟って思うようになる。そんなところじゃないかな」
「そうですか」
「うん。それじゃ帰ろっか。私もそろそろ仕事に戻りたいし」
「いえ、アルフが生き返るまでここにいます」
「え? 何で」
「プレジデントが殺した子が生き返るなら、殺さないといけません。近くにいますので待ちます」
「……いや、その必要はないよ、アーサー」
反射的に湧き上がる怒りを抑え、エマコは努めて穏やかに説明する。
「爺さん――君のプレジデントがうちのアルフを撃ったのは誤解からなんだ。殺す必要はなかったって認めて、謝ってくれた。
だからアルフが生き返るのを邪魔しないで、アーサー」
「はい、博士」
「わかってもらえたようで何より。じゃ、今度こそ帰ろっか
アルフにバイバイして」
「はい、博士。――さようなら、アルフ」
アーサーは培養槽のアルフに手を振る。
対人儀礼を司るアクトウェアによって導かれた、理想的な別れの所作だ。
「えらいえらい。じゃあエレベーターへ」
†
地の奥底。エアシャワーの前の玄関にて。
「帰り道はわかる?」
土産としてブロックベーコンを1パック渡し、エマコはアーサーに問いかける。
「はい、博士。
矢印に従って歩けばいいとシンイーが教えてくれました」
ベーコンのパックを大切そうに抱きしめ、アーサーは言った。
「そっか。なら大丈夫だね」
そんなアーサーの姿にアルフの面影を見ながら、エマコは言った。
「じゃあね、アーサー。良かったら、また遊びにおいで」
そんな事態が訪れることはないだろうと確信しながら、エマコはアーサーを送り出す。
「さようなら、博士。失礼いたします」
アーサーは完璧な仕草で挨拶をし、エマコの元を去る。そして帰途についた。
†
「おおおっ! ……ふぅ……。
……ところで、アーサー。博士の元はどうだったね?」
アーサーの冒険があった日の夜。
自らの下、裸でぐったりとしているアーサーに、パトリックは問いかける。
「………………っはい、プレジデント……。
……楽しかったです……ケーキがおいしかった……ベーコンをもらいました」
「ベーコン?」
「どうも、土産として渡されたようです、プレジデント」
アーサーの言葉を、シンイーが補う。
「大きなベーコンです。食べますか、プレジデント?」
「ハ! いらん。お前の好きに処理しろ、アーサー」
「はい、プレジデント」
「補足でございますが、彼の視聴覚情報を分析しても特に不審な点はありませんでした」
「そうか、シンイー。そんなところだろうな……ヴェロニカの居場所は、ちまちま探すしかないか。
ま、いいさ。このまま何もなければ俺の勝ちは動かない。
そうでないなら、そろそろ事を起こすことだろう。そうなれば戦って勝つだけだ。
俺の負けはない。どうなろうとな……!」
今日もPseudo Kaleido をおよみくださりありがとうございます。
皆様に良きことのありますように。




