リビング・セオリー・アンド・プラクティス
「にぇえ……」
「いけません、イヴ」
部屋の外にまろび出ようとするイヴを、ヴェラは抱き上げ言い諭す。
「アルフのそばに居たい気持ちはわかります。あなたはアルフが大好きですものね。
でも今はいけません。敵方の少年――アーサーに見つかってしまいます」
「にぇえ」
「どうか我慢して、イヴ。
もしあなたや私がここにいるのがバレてしまったら、シャムロックはここを激しく攻め立てるでしょう。
内部に入り込まれて培養槽を壊されてしまうことはもちろん、ただ電気を止められるだけでも、アルフの治療に重大な瑕疵が生じるかもしれません。
そうなってしまえば、二度とアルフと笑い合うことはできなくなってしまうのですよ?」
「にぇえ……!」
「それは嫌でしょう?
ですが、私たちがしばらくこの部屋の中でおとなしくしているだけで、避けることのできる惨事です、イヴ。
私たちがここでおとなしくしている限り、彼は気づくことができません。ですから、アルフを護るためにも、この部屋に私と一緒にいてください、イヴ」
「…………ぎゃあ」
イヴはしばらく身じろぎを続けるも、じきに大人しくなる。
ヴェラが床に下ろしてやると、うねるように手足を動かし、そして大の字に寝転んだ。
「ふぅ。
……小さくとも、暴れる子を抱きかかえているのは中々に体力を使うものですね……」
『……ぐぁっ……はい、おじょうさま……!』
タブレット端末から、涙に濡れたジュディアの声が聞こえてくる。
「え、ジュディア!?」
とっさに、ヴェラは声を上げて問いかける。
「にぇえ……!」
声量の大きさを咎めるように、イヴが鳴いた。
「あ、ごめんなさい、イヴ。私が言ったことですのに
……それで、ジュディア。一体どうしたと言うのですか?」
『……しつれい、いたしました、おじょうさま……!
……お嬢さまが、竜の娘を言い諭されるのを聞いていると、こみ上げてくる耐え難きものがありまして。
あんなに小さかったお嬢さまが、今は幼子をおなだめになるまでご成長なされたのだと。
そう思ってしまったら、私、感無量で――』
「……あのねえ。あなた、今でも私のことを赤ちゃんだと思っているのかしら?
あからさまな誤りよ、それ。
あなたの目には未熟に見えるでしょうし、同年代の子と比べても、世間知らずなところもあるのでしょう。
でもあなたは間違っています。私は確実に変わっています。……良くも悪くもね」
『ええ、お嬢さま。ええ。そうでしょうとも、お嬢さま。
あなたさまは本当にご成長なされた。天国のお父上はお喜びでしょう』
「……なんだかついさっきも、こんな話をした気がします」
『大事なことは繰り返すべきですし。
……あるいは私も年貢の納めどきでしょうか。老人は繰り言が多いものですし』
「それも変じゃない?
ジュディアあなた、まだそんな歳ではないでしょう」
『然様です、お嬢さま。
……しかしあなたのご成長とは、同じ歳月が私に老いとしてのしかかった、ということでもあります。
思えば遠くまで来たものです。途方もなく遠くまで。
ヴィペルメーラ・ファミリーの夢であり星であるヴェラお嬢さまに尽くすと決めてから、多くのことがありました……。
今もお嬢さまは、夢と星ときらめいていらっしゃいますが』
「私は人間です、ジュディア。夢にも星にも、決してなれそうにありません……」
『いいえ、お嬢さま。人間としてあればこそ、あなたさまは夢であり星なのです。
私、そして全てのヴィペルメーラの子らにとって』
「……まあがんばります、私。
ところで、哲学的論争はもう結構。作戦の話をしましょう」
『それでしたら、お嬢さま。
旧サウスカロライナ州残党およびM&G社との会談を、設定し済ませてございます』
「ありがとう、ジュディア。さすがの仕事の早さね」
『いいえ、お嬢さま。先方が妙に乗り気であったというだけのことですので。
……連中、我々の混乱につけ入ろうと、声がかかるのを待っていたような節さえあります。
重々お気をつけくださいませ、お嬢さま。無論、会談には私も参加いたしますが』
旧サウスカロライナ州州兵残党。
今なお、彼らに単独でサウスカロライナの地を奪還する力はない。
だが〝息の続く限り希望を持ち続け〟てきた彼らは、既に油断ならぬ戦力となっている。
ヴィペルメーラとシャムロックの争いに、一石を投じるには十分すぎるほどの。
そして、メスフィン&ゲブレマリアム・セキュリティー・カンパニー。
エチオピア帝国との深い繋がりと、クリティカルな戦力配置下ある彼らは、無視できない存在だ。
これら2勢力との交渉を、いかにまとめ上げるか。
ヴェラ率いるヴィペルメーラ・ファミリーの命運は、そこにかかっている。
本日も〝プソイド・カライド〟をご覧くださりありがとうございます。
喜ばしきことに、ブクマと評価を授かっていました。うれしいですね。ありがとうございます。
後5日で連載開始から2か月になります。
途中仮病を挟んだりもしましたが、なんとかまあやってこれていると言える状況にあるのは、ひとえに読者諸賢、およびなろう運営諸氏、サーバーをなんかいい感じにしてくださるエンジニア諸氏、など皆様のおかげです。ありがとうございます。僕はあなた方に篤く御礼申し上げます。
あとがきの最後までお読みくださりありがとうございます。
皆様に良きことのございますように。




