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コミットメント・ガーディアン・アンド・スレッショルド



 アンドロイド娼館、《プソイド・カライド》は、シャムロック・ビルディングからさして遠くはない。


 中継地点のケーキ屋ともども、ニューエデン創建時からのシャムロック勢力圏たるダウンタウンの内部にある。


「いらっしゃいませ!」


 矢印に従ってケーキ屋に入ると、愛想のよい老婆がアーサーを出迎えた。


「こんにちは、マダム。ケーキを取りに来ました」


 甘い匂いに鼻腔をひくつかせながら、アーサーはかわいらしく言った。


「はい、予約を確かめますね……はい、ありがとうございます」


 老婆は非接触リーダーを用いてアーサーの端末をチェック。予約を照合。


「こちらになります。

 しっかり持って行ってくださいね、お綺麗な坊っちゃん」


「はい、マダム」


 箱入りのホールケーキを受け取り、アーサーは言った。


 店外を指す矢印に従い、退店。その後も矢印の導きに従って、冬の陽光の中を進む。


 店外にも関わらず、甘い匂いは続いていた。手に持つ箱の中からだ。


「!」


 ふと、アーサーは大人たちの行動を思い出す。


 味見。プレジデント抱えの料理人たちが、台所で行っていた。


 同様の名目で、料理を一口分だけもらったことが何度かある。


 きっと、味見はプレジデントならざるアーサーにも許されている行いなのだ。


 アーサーは道端に座り込み、箱を開ける。


 各種のベリーとクリームでデコレートされたシフォンケーキのピースが、円を描くように並んでいる。とても素晴らしい光景に思えた。


「おいしそう……」


 アーサーは一つ手に取り、かじる。案の定とてもおいしかった。


「おいしい……!」


 一ピースの味見を終えると、次なるピースの味見を始める。


「ぶぉっフォwwww ボクおいしそうなもん喰ってんねwwww」


 通りがかった若い女が吹きだし、野卑に笑いつつアーサーに声をかける。


 大麻自販機の周りに、空薬莢やら使用済みコンドームなどが転がる汚れた街並み。


 そこで地べたに座ってホールケーキをぱくつく美形の少年というコントラストに、虚を突かれたためだった。


「!」


 アーサーはクイックドロウ。

 コピーガバメントで眉間を撃ち抜き、若い女を射殺する。


 このケーキはプレジデントの命令の一部だ。誰にも奪わせるわけにはいかない。


 銃声を聞いて、人々、そしてにじり寄って来ていた猫までも瞬く間に去っていく。


 人の消えた街角で、アーサーは味見を続ける。敵の来襲もあって、入念に。


 すると、驚いたことにケーキがなくなっていた。


「ああー」


 アーサーは数回発砲。しかしケーキはなくなったままだ。


 どうも、銃を撃ったからとてケーキが戻ってくるわけではないらしい。


 困ったアーサーは、ケーキ屋に行ってみることにした。


 クリームで汚れた手で、コピーガバメントを持ったまま。


「いらっしゃ――!?」


「マダム、ケーキをください」


 驚愕する老婆を見て、『銃を向けてはいけない』と言われたことを思い出した。アーサーは銃を収める。


 それを見て、老婆は防犯装置のスイッチにかけた手を止める。


「…………さっきのは食べてしまったの?」


「いえ、味見をしたらなくなってしまいました」


「食べちゃったんじゃない!」


「ごめんなさい、マダム。謝罪いたします」


「私に言われてもね……とりあえず、坊っちゃんお金はある?」


「お金?」


「あら、今の子はお金も知らないのかしら。確かにさわる機会もそうそうないでしょうけれど……端末を貸してみてちょうだい」


「はい、マダム」


 アーサーは懐から端末を取り出し、店員の老婆に渡す。


 老婆は端末の汚れをふき取り、決済能力を照会。今も200ドルほど、残高が蓄えられている。


「良かった。がっかりさせることにならないで。

 私が同じくらいの量を見つくろってあげようと思うのだけど、それでいいかしら」


「はい、マダム」


 アーサーは生返事で答える。


 カウンターの端に飾られた精緻な金属細工のインテリアが、複雑な周回運動を繰り返すさまに夢中になっていた。


「それ、面白い?」


「はい、マダム」


 話を聞いているのかいないのか。しかし問わずとも、アーサーの態度から答えは明白だった。


 一瞬銃を向けられたことを、老婆は忘れていない。だが今の様子は年相応、というよりもっと幼く見える。猛獣の赤子とは、こんなものだろうか。


「お待たせしました、坊っちゃん」


 同量のケーキピースが入った箱とクッキーの小袋とを用意して、老婆はアーサーに声をかける。


 アーサーは振り返り、差し出されたそれらを受け取る。


「もうケーキを食べちゃいけませんよ。お腹が空いたら、こっちのクッキーを食べなさい」


「はい、マダム」


 決済に使った端末を返しつつ、老婆は言った。


「それじゃ、お使いがんばってね」


「はい、マダム。失礼します」


 アーサーは店を出、再び矢印に従って歩き出す。


 ダウンタウンを進み、角を曲がり、さらに歩く。


 そうして、日中ゆえに消灯された《PSEUDO KALEIDO》のネオンのかかったアンドロイド娼館を見出した。


 矢印の導きに従い、アーサーは裏手に回る。


 自動機銃と網膜認証装置のついた鋼鉄製の扉が、アーサーを出迎えた。


 アーサーは反射的に銃を抜き、身構える。


 もし発砲したならば、自動機銃の反撃によって無数の5.56ミリ小銃弾を喰らったことだろう。


 だがその前に、アーサーは網膜認証装置に描かれたピクトグラムに気づく。


 アーサーは自動機銃を殺す前に、ピクトグラムの指示に従って、まず網膜認証装置に目を向ける。


 装置はアーサーの網膜を、アルフのものとして登録された網膜と同一と判断。


 軽やかな電子音と共に、施錠を解いて出迎える。


 アーサーは、<プソイド・カライド>の内部に入って行く。



きょうも<プソイド・カライド>をご覧くださりありがとうございます。


皆様に良きことのありますように。

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