インコラプト&イノセント
「よく来たね、フレディ坊や!
夜分遅くにご苦労だ。さ、眠気覚ましのキャンディはどうだ?」
シャムロック・ビルディング、屋上プレジデンシャル・ペントハウス。
呼び出したフレドーが現れると、パトリックは声をかけて葉巻を差し出す。
「ありがとう、プレジデント。が、結構。
オリャ煙は吸わねえんだ。においが残ると、女受けがよくねえからな」
「ふん、健康野郎め。
ま、君らの世代から見れば俺がスモークサーモンに自ら成りたがる阿呆なのかもしれんがな」
バリソンナイフで吸い口を作り、黄金のターボライターで着火。
パトリックはゆっくりと紫煙を吸い込み、しばらくして葉巻から口を離す。
そうして、外の天気でも聞くように問いかけた。
「……さて。あのお嬢さんはどこへ行ったと思う?」
「さあ?
おそらくは州内、他者名義で持ってる不動産のどこかだろうな」
なんということのない問いかけに、フレドーは穏やかに言葉を返す。
「かわいい姪っ子と、デートの約束をしていたりはしないのかな?」
「まさか! オレがヴェロニカをかくまうはずがあるまい。
ヴィペルメーラの幹部連で、いの一番にあんたの仲間になったオレだぜ?
何より、兄貴を裏切って殺したこのオレを、ヴェロニカが許すはずがなかろうぜ」
「まったくその通りだ、フレディ坊や。君は正しい。だからこそ疑う必要がある。裏に陰謀を隠すのに、あまりにも正当そうな言い分だから。
そもそもだ。
君が俺の友だというなら、何故ヴェロニカを連れてこなかった? あれだけ完璧に裏をかいて事をし遂げる機会を与えられながら、二度までも君はしくじった。単に無能であるという以上のことを、想像したくなるんだがね」
「……期待に応えられなくてすまなかったと思っている、プレジデント。
だが乱戦になっちまって。ヴェロニカの着せ替え人形がいきなり銃を撃ったんで、みんな混乱しちまって、それに爆破の時間も迫っていたりして、思い切った行動がとれなかったんだ」
「ホテルにおいてはそうだろうよ。けれどその先はどうだ?
結局、ヴェロニカ一行を見つけたのはハジベ博士だって言うじゃないか。
後詰に現れたのもドミニクで、君は竜を見もしなかった」
「運、それとオレの人探しが下手くそだったってだけの話だよ。たまたま間に合わなかっただけのことさ」
「なるほどそうだろう。状況証拠は、君の言葉を裏付けるものばかりだ」
「なら――」
「だが策というのは、相手の想像力を上回らなくては意味のないものだ。ただ俺が、君とヴェロニカに良いようにあしらわれている、というだけのことかもしれない」
パトリックは素早く手を動かし、黄金のデザートイーグルを抜き放つ。
「!?」
泡を喰って、フレドーは自らも銃を構えるべきか手を上げるべきかで迷い、奇妙に手足をばたつかせる。
「動くな。
もし銃を抜く素振りを見せれば、その時点で俺を裏切っていると断定し射殺する」
「ま、待ってくれプレジデント、オレは――」
「黙れ。聞かれたことだけ答えればいい。余計なことを言っても撃ち殺す。
わかったら首を縦に振れ」
フレドーは無言で首を縦に振る。
「やればできるじゃないか、フレディ坊や。では両手を頭の上に。うむ。いい子だ。では、このプレジデントの話を傾聴しろ」
怯えて従うフレドーを見て、油断なく銃を構えたままパトリックは満足げな笑みを浮かべる。
「俺はこんな話をひらめいた。
お嬢さんの会心の策――少なくともそのように俺が考えていた策を――君は破られるにまかせて、俺に勝利を確信させ、また油断させる。
そうしてから、君とヴェロニカはシャムロックに対しに対しことを起こし、ニューエデンをヴィペルメーラ・ファミリーの手に取り戻す。イタリア系は血縁を重んじるそうだものな。
こんな夜中に呼びつけられてのこのこやってきたのも、これ幸いと俺を殺すつもりだったんじゃないのか。うん、どうだね?」
「ち、違う、ミスター・プレジデント。オレはそんなことは考えちゃいない。
オレは兄貴に愛想をつかしていて、野郎をブッ殺す機会をくれたあんたに感謝しこそすれ、欺こうだなんて考えていない!」
「この際、真実はどうだっていいんだよ、フレディ坊や。
ヴィペルメーラの幹部連は全滅した。残党は烏合の衆だ。君を傀儡に据えずとも、抑えることはそう難しくない。となると、君と友達でいることの利点はあまりない。
むしろリスクが目立ってくる。血を分けた兄貴を裏切るようなアスホール野郎は、いずれこのプレジデントをも裏切ることだろう。となると、この辺りでいなくなってもらうのが――」
「待て、待ってくれプレジデント! 殺さないでくれ」
「おっと、さっそく俺との約束を破ったな? 聞かれたことだけ答えろと言ったのに」
「これは仕方がないだろ! 黙っていたら、俺が裏切りを認めたと判断してあんたは撃つかもしれない!」
「仕方がない、ね。悪事をなす奴はみんなそう言うんだぜ、フレディ坊や。君は既に2度も俺との約束を破った。そうしてまた『仕方がない』を繰り返して、私欲のために俺を裏切るつもりだろう。
そうでないのなら、答えられるはずだ。ヴェロニカ・ヴィペルメーラはどこにいる?」
「知らん! ヴェロニカの行先は本当に知らん! 本当だ! わかってくれ!」
「そうか。では――」
「だから待てプレジデント!
今すぐここを出て、俺はヴェロニカを探しに行く!
そしてあんたの気が済むまでは決して会いに来ない! これであんたの言うリスクは実際の問題になることはないし、ヴィペルメーラの幹部連がいなくなった今、ファミリーの内側にいた俺の助力はヴェロニカ探しに有益なはずだ!」
「面白いことを言うじゃないか、フレディ坊や。命の危機があると、無い知恵も回りだすものらしいな。
……よかろう。既に約束を4度破った君に対しても、プレジデントは寛大だ。
行け、そして言ったようにしろ。ヴェロニカの身柄を寄こすまで、顔を見せるんじゃないぞ」
「あ、ああ。それじゃ、オリャ失礼するぜ、プレジデント!」
フレドーはどうにか言葉をしぼり出し、全力で走り去った。
†
「あ、あの、アーサー? くすぐった――」
「動いてはいけません、シンイー」
パステルブルーの下着姿で、ベッドに仰向けに寝転ぶシンイー。
その腹の上を、アーサーのちいさな手が握るタンクローリーのミニカーが走る。
「みんなリンゴジュースを待っているので、早く届けてあげないと……」
アーサーは真剣な口調で言い、石油会社のロゴの描かれたタンクローリーを進ませる。
素裸であり、白皙の肌と金髪、サファイアの瞳ばかりが、寝室の灯りに照り映えている。
「楽しそうだな、アーサー」
「あ、お帰りなさい、プレジデント」
「お疲れ様です、プレジデント」
「おう、クソ仕事をして帰ったぞ。さて、ようやくお楽しみといくか」
シンイーとアーサーとを左右に抱いたところで、ふとパトリックは追加の一手をひらめいた。
「ま、やるだけやってみるとするか……」
「? えっちをですか?」
無垢なる少年は、なんの考慮もなしに疑念をそのまま口にした。
「そいつはそんなおざなりな気持ちでやるもんじゃないぜ、坊や」
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