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イブニング・イン・ニューエデン



 林の中を、北へまっすぐ伸びた道路の向こう。

 乱立するビルの明かりが、大都会の夜景を作る。


 煌々たる輝きは、品位よりも活力を良しとする街の気風を示している。


 ここがニューエデン州の州都、ニューエデン市だ。


 ニューエデンは、サウスカロライナ州の州都コロンビア、

その、跡地に再建された街だ。


 15年前の《サウスカロライナ革命戦争》、

 いわゆる〝デコンストラクション・ウォー〟の主戦場となったコロンビアは、サウスカロライナ州政府の崩壊と共に荒廃した。


 しかしすぐさま、同市はニューエデンとして再建された。


 特異な産業構造および観光資源。


 それらの利を見込んだ大量の投資によって、ニューエデンは急速に発展。


 今では世界でも有数の大都市だ。


「もうすぐ着くよ」


「ぎゃあ」


 二人を乗せたオートバイは、ダウンタウンに入る。


 既に日はとっぷりと暮れている。


クリスマスの電飾と人々の祝祭感が、夜の街をにぎやかす。


 色とりどりの広告が、街頭に並ぶ。


昔懐かしいネオン看板、現代的なAR広告など様々だ。


形式と同じく、内容もまた多彩。


大手バーボンメーカーのネオンロゴ。


世界一周豪華客船旅行の立体映像。


新型スマートグラスの6秒動画。


入院中のニューエデン知事についての一行ニュース。


《クラシカル・イン・アット・カロライナ》のドラマ仕立ての宣伝動画。


 目抜き通りには、様々な店が並ぶ。


 飲食チェーン店、服飾や銃器、ニッチアイテム専門店など、

詳細をあげていてはきりがないほどに。


 色々の人種・年齢・性別の人々が、各々の目的地へ向けて歩く。


小走りに行く者。だらだらと歩く者。様々だ。


あたりは喧騒に満ちている。


 ふと、アルフはオートバイを止める。


 アルフの目線の先、道の端には黒い猫。


猫は、奇妙な動きをしたオートバイと乗り手の人間を見て警戒。

 身を固くして金色の瞳で注視する。


「猫。さわっていこう」


「ぎゃあ」


 アルフはオートバイを降りる。


童女を下ろすと、猫に向かって歩き出す。


 手を広げて近寄ってくる見知らぬ人間。


危険を感じた猫はすぐさま跳躍。

手近なビルの雨どいを登り、室外機を伝い、

見る見るうちに路地裏へ姿を消す。


「行っちゃった……」


「にぇえ……」


 落胆するアルフと童女の後ろで、オートバイも発進する。


既に自宅近くであるので、車両管制AIは既に役目を終えたものだと判断。


夜を過ごすために、設定された駐車場へと走りさった。


「バイクもいない。お家へ帰ったのだね」


「ぎゃあ?」


「僕らも帰ろう。

 寄り道をしてはサンタさんに怒られてしまうのだった。……おいで」


「ぎゃあ」


 アルフは童女の手を引き、裏通りへ向かって歩く。


 同じ金髪に、同じ青い瞳。

二人は、傍目には仲の良い兄妹にでも見えることだろう。


アルフの装いは、童女から返却されたライダースファッション。


童女の方は白い冬物のワンピース。アルフが途中で買い与えたものだ。


「あー♪ アルフィーちゃーん♡」


 車道からの声に、アルフは振り帰る。


 血のように赤い大型バンが、路肩に停車していた。


開かれたドアウィンドウからは、アルフの見知った顔がのぞいている。


「こんばんは、ラシェル」


「ばんわんこ! わん!」


 狂的に勢いよくラシェルは答えた。


 美しいが険のある若い女だ。


茶の短髪に、赤い瞳。

頭頂部には狼耳。万能細胞を使った身体改造だ。


「すごい偶然だね! クリスマスにこんなとこで会うなんて! あたしらマジ運命だよね! ね! ホテル行こ! そっちの金髪マンコちゃんのことも聞きたいし! マジかわ! 妹!?」


 フランス語で猛烈にまくしたて、ラシェルは童女を顎で指した。


「光栄なご招待です、ラシェル。しかし帰ります。

 この子を連れて、早く帰るよう言われていますから」


 アルフは丁重かつ明確に断る。


無意識にラシェルに合わせフランス語を使っていた。


「えー! いいじゃんよ! ご飯も奮発するし、欲しいものなんでも買ってあげちゃうよ!?」


「帰ります、ラシェル。

 今夜は、サンタさんがお見えになるそうですので」


「いいじゃん! アルフィーちゃんと遊びたいー。……お風呂だけでも一緒に入らない?」


 アルフは先ほどの理由を繰り返して断るのみ。


ラシェルは話題を転じることにした。


「ね! その金髪マンコちゃんは誰!? どっから来たの!?」


「わかりません。トンネルで見つけました」


「えー! 嘘ぉ! 何それ! どゆことどゆこと!?」


 アルフは先の出来事の概略を伝えた。


「竜……プレジデント案件か……ま! しゃあない!

 また今度ね♪ アルフィーちゃん?」


「さようなら、ラシェル」


 ラシェルは窓から身を乗り出してアルフの頭にベーゼを残し、去っていった。


「ぎゃあ」


「あはは」


 飛び上がり、童女もアルフの胸に口づける。


アルフは笑って、童女の額に口づけを返した。


 何事もなかったかのように、アルフは童女の手を引いて裏通りへ戻る。


 店々の印象が薄暗くなる。


ことさらにみすぼらしいインターネットカフェ。


薬物と注射器のセット自販機。


料理と飲みもの以外の〝サービス〟を主な売りものとする飲食店。


 《PSEUDO KALEIDO》とのネオンがかかった二階建ての店。


その裏口に、アルフは向かう。


 物々しいドアが二人を待ち構えていた。


鋼鉄製で、上方に一基の自動機銃が設えてある。


不当な侵入を試みると、5.56ミリNATO弾に出迎えられる仕組みだ。


 アルフは網膜認証装置に目を向ける。

軽やかな電子音と共に、施錠が解かれた。


 屋内は、古めかしい店舗建築にありがちな内装だ。


改装を重ねたらしく、ところどころに違う建材が使われている。


入ってすぐのところにエレベータがある。


 アルフが下行きのボタンを押すと、すぐに扉が開いた。


「エレベーターだよ!」


「ぎゃあ?」


 しばらく下降して、エレベータは静止。


地下9階に相当する深度の場所で、扉がひらく。


 アルフは童女の手を引いて降りる。


 目の前には積層素材製のひどく頑丈そうなドア。


同様の自動機銃と、ガニメデ像とに守られている。


アルフが右手を静脈認証装置に置くと、このドアも開いた。


 ドアをくぐると、猛烈な風。エアシャワーだ。

 精密機器の工場や、研究施設並みの衛生管理がなされているのだ。


 エアシャワーの向こうは、一転してシックな内装だ。


感じ取れるのは中流家庭風の雰囲気。


そして、唐突に壁に貼られたキャラクターもののシールが、小さな子供の存在を知らせている。


「お帰りなさいませ、アルフレッドさま。こんばんは、お客さま」


 そこでアルフと童女を出迎えたのは、すこぶるつきの美少年だ。

彼の名はトーマ。


「博士がお待ちかねです。お荷物をどうぞ」


「はい、トーマ」


 拳銃などをトーマに預け、アルフは靴を脱ぐ。


「エマコのお家にはいるときは、靴を脱ぐの」


「ぎゃあ」


 アルフは童女の靴を脱がせてやると、連れ立って部屋に入る。


「ただいま、エマコ」


 テレビを見ている黒髪の女に向かって、アルフは声をかけた。


 画面には、青い光線剣で、金属の壁を焼き切る少年の映像。

昔のアニメ映画か何かだろう。


「お帰りー、アルフ」


 女は言って、テレビを消した。


さきほどの電話の相手と同じ声だ。


 女の名はエマコ・ハジベ。

日本式に漢字表記すると、土師部恵摩子となる。


 見たところ、歳は20歳くらい。


背はかなり高く、凹凸のくっきりした体つきだ。

漆黒の髪は短く、頭部は丸みを帯びたシルエットを形作っている。


服装はグレーのパーカー、黒のタートルネックカットソー、ぴっちりとした黒のコーデュロイパンツ。


どれも数年前の春に安売りされていた、ファストファッションブランドの品だ。


 エマコとアルフは、この地下の家で共に暮らしている。


関係は保護者と子、あるいは主治医と患者といったところ。


「ケーキはある?」


「うん。ちゃんと買って来たよ~♪」


 アルフの問いに、エマコはテーブルを指す。


ケーキの他、七面鳥のローストやマッシュポテトなど、

クリスマスのご馳走が並んでいる。


「わあ……!」


「でも、ご飯の前にラボに行こう。ケガを治さないとだから」


「ケーキ食べたい……!」


「えー、んー……

 ま、バイタル見た感じでも大した事なさそうだし、後でいっか。

アルフにはお腹が空いてる方がつらいだろうし」


 反対したものの、みるみる不穏に変わっていくアルフの表情を見て、

エマコは主張を曲げた。


致命的な傷ならば、そもそも自力で帰ってこれていない。


心配ではあるが、ご馳走を目の前にしてお預けにさせるほどの理由ではないと考えた。


「失礼します、皆さま」


 言って、栗毛の美少年がエビチリの盛られた皿を配膳する。

美少年の名はモーリス。


「それと、追加で箱中華取ったの。なんか人数が増えちゃったからね……」


 エマコは童女に複雑な視線を送る。


友愛に満ち溢れている、とは決していえない目線だ。


エマコは、人付き合いを好んでする方ではない。


自宅に他人を招くことは、この家に住んでからは初めてだ。


そんな彼女にとって、自宅にいるアルフ以外の生物は好ましくない。

異物とさえいえる。


だからといって、寒空の下に追い払うほど人として外れているわけでもない。


「いただきます」


「ぎゃあ」


「めしあがれ~。――いただきます」


 席に着くなりアルフは言う。

童女が続いて声を上げ、二人にエマコが応える。


 エマコが邪魔に思っているのを知ってか知らずか、童女は楽しげに食事をする。

 アルフがそうしているのと同じように。


「エマコ、今夜サンタさんが来るの?」


「くっ……は。うん。来るよ」


 グラスのシャンパンを一息で飲み干し、エマコは言った。


「ちゃんとプレゼント持ってきてくれるから、いい子にねんねしなよ?」


「うん。……楽しみ。《アルブ・デュクス》ぬいぐるみ」


 《アルブ・デュクス》は、慈悲深きアルビノのダイオウイカのキャラクターだ。アルフの愛好する乳幼児向けアニメ『カンブリアン・カロリニアン』に登場する。


「ん!? ……ちょい待ち。サンタさんへのお手紙には《ヴィティス》って書いてなかった?」


「そうだったかな? でも、サンタさんはわかっているよ」


「ん、いや、でもさ、サンタさんにも仕入れの都合ってものがあるんだよ。仲介業者の私としても、あんまり急な変更は、取引先に迷惑がかかるから……」


 エマコ困ったように言って、さらにシャンパンを飲む。


 エマコはしまったと思った。もしかすると《ヴィティス》は候補の一つに過ぎなかったかもしれない。


 どちらも同じアニメのぬいぐるみだ。取り違えた可能性は大いにある。


「そうなの? 仕方ないね……」


「にぇえ……」


 アルフは心底残念そうに言う。童女も悲しげに鳴いた。


「……あー、まあ、とにかく! 明日になんなきゃわかんないよ。ね?」


「ん」


「ご飯食べたら、今度こそラボに行こうね。傷を見ないとだから」


「はい、エマコ」


「ぎゃあ」



本日もご愛読ありがとうございます。

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