メソッド・オブ・プソイド・ミラクル
3人はエマコの家、《プソイド・カライド》の地下に到着した。
「お邪魔いたします……」
機銃付き扉とエレベータ、そしてエアシャワーを潜りぬけると、シックな室内にたどり着く。
「……あちこちにシールが貼ってありますね。かわいらしいですが」
室内をかるく見渡して、ヴェラが言った。
「アルフが貼っちゃってね。はがすのもなんかアレだから、そのままにしてる。話に聞く限り、どうもちっちゃい子のいる家はシールまみれになる運命らしいよ」
エマコはドロイドたちに次々と指示を出す。
研究室の準備、ヴェラの治療および精密検査、風呂や食事の準備など。
エマコ自身は研究機関などあちこちに連絡。アルフの蘇生のために。
†
「……ふぅ」
とりあえずのヴェラへの処置が終わる。
出されたアールグレイを1口すすって、ヴェラは言った。
「……博士の元へ連れていってくださるかしら? 治療の様子をちょっと見たいのです」
「かしこまりました、お客さま。どうぞついて来てください」
少年型ドロイドのスバルは立ち上がる。
ヴェラは後を追う。
エレベータに乗り、2人は研究室へ。
「失礼します、博士」
スバルはノックすると、引き戸を開けて入室する。
ヴェラもそれに続く。
ヴェラの目には、病院の手術室のように見える部屋だ。
明るく清潔で、さまざまな機械が並んでいる。
おそらくは生体ドロイドの整備に関わる機器だろう。
部屋の中央にある手術台らしきものに、アルフは横たえられていた。
イヴは台の端に座り、不安げにアルフを見つめている。
白衣に着替えたエマコは眼鏡をかけ、何者かと電話している。
「――ありがとうございます、はい、では失礼いたします。
――ヴェラちゃんか。何か用?」
「ますはお礼を申し上げに。ありがとうございました、博士。あそこに放置されては、今私が生きているかは危ういところ――」
「うん、いいよ。
ところで私は忙しいんだ。簡潔に頼む」
「失礼しました。では2点。私にも入用なものが――」
「ドロイドの誰かに言って。ネットで買わせる」
「ありがとうございます。
では本題ですが、どうやってアルフを蘇生させるお積りですか?」
「ま、気になるよね。
……作業しながらの雑な説明でよければ話すよ」
「お願いします」
「……えーと、雑に言ってこの世のモノは、素粒子が集まってできた原子と、原子が集まってできた分子からできてる。クォーク星とか例外は別にして。
ここはわかるよね?」
「はい」
「よし。つまり人体も、アルフの脳も、分子が大量に集まってできてる。
生きた脳と同じ形で、分子を適切に揃えれば、生きた脳が作成可能です。
生きていたときのアルフの脳と〝全く同じ〟に分子を揃えたら、生きているアルフの脳と〝全く同じ〟モノができる。
モノが同じなら、人格と記憶もアルフと同じ。同じであるはず。
だから生前のアルフの脳を分子1つ分の違いもなく全く同じに再現しよう、それで生き返らせよう、ってのが私の考えです。
で、そのためにスパコンとナノマシンが必要。費用はさっき爺さんにもらった3000万ドルと、私の全財産を合わせれば多分足りる。
以上。質問は?」
「はい。まず質問ではありませんが、私も費用を出させていただきたく思います。
アルフが死んだのは、私のためでもありますし」
「ありがとヴェラちゃん。金があるなら成功確率はなお上がります。
3、4回試せば確実に成功する」
「それでは質問させてください。理屈はわかりました。
しかしやり方が、わたしには想像がつきません。『崩れた砂の城を、すべての砂粒が元と同じ位置になるようにして作り直す』ようなものでしょう?
どうやって?」
「うん、『砂の城』ってのはまあまあ合ってる比喩だね。要求精度はより高いけど。
さて、『どうやって』ですが。
まず〝生きているアルフの脳の原子の並び方〟を算出します。
元々アルフは生体ドロイドの実験体、しかも脳についての実証実験用に作ったので、生まれたときからずっと、私が最後に寝かしつけたときまで、緻密な脳データを取り続けています。
アルフの脳データに、ヒト脳のシミュレーションデータ、脳細胞など各組織の分子配列のデータ、それらの分子の構造データ、
そういうのを元に計算して、〝生きているアルフの脳の原子の並び方〟を導き出すの。で、それと同じになるようにナノマシンで分子群を並べていくようなわけです」
「〝生きているアルフの脳の原子の並び方〟をXとする方程式を作り、それを解くと?」
「そんな感じ。
方程式ってのはあくまで比喩だけど。この場合、とても代数的に解き得る方程式は作れないから。
脳に与える影響って点から見たアルフの7か月の人生をシミュレートして〝生きてたらこうだろう〟って脳の状態を描いていくようなもの、かな。検算と再計算を繰り返して、解きようのない方程式の解の近似値に限りなく近づけるようにして」
「その計算のために、スーパーコンピュータが必要なのですね」
「その通り。具体的には数十ヨタFLOPS級のスパコンを5台、60時間ちょい占有するの。
で、まあ、年末で皆さんお休みのところを働いてもらうわけだから、お金がかかるわけです。
AIがこれだけ発展した時代でも、所有者はみんな人間だからね」
「何故そう急ぐのですか?
年明けを待てば、より低コストで可能なのではありませんか?」
「まあね。
でも急ぐ方がお互いのためになるかと思ってね、ヴェラちゃん。
もし最高に上手くいけば、アルフは3日後に生き返る。そこで全部本当のことを話して、なおアルフが君のこと嫌いにならなかったら、アルフは君のために戦ってくれる。で、そうなるとセットでイヴちゃんが味方になります。
お得でしょう? この土壇場で、戦略兵器がたった数千万ドルで手に入ると考えるなら。よく知らないけど、今君ら相当不利なんでしょ、戦争的に」
「……あなたのおっしゃる通りです、博士。ぜひ可及的速やかにお願いします。
何より、私はアルフに今すぐ会いたいです」
「そいつぁ私も死ぬほど同感だね」
「ぎゃあ」
ヴェラは振込作業を終える。
シャムロックにエマコとのつながりが露顕せぬよう、一通りの偽装工作はした。
隠蔽は完全なものではないため、1か月もあれば見破れるだろう。
しかしその頃には全てが終わっている。
敗北か、勝利か。どちらかが確定しているはずだ。
「よっし! ヴェラちゃんマジありがとう! 札束で殴ると話が速くていいね。
感謝のラップがあるけど聞く?」
「結構です」
「よかった。ほんとはそんなのないからさ――」
不意に音楽が流れる。
古めかしいJ-POP。00年代の日本で流行したアニメのOP曲だ。
エマコは携帯端末を取り出す。
電話だ。
発信者名は、パトリック・マクライナリ。
本日もプソイド・カライドをご覧くださりありがたく存じます。
諸賢によろしきことのございますように。