ボーン・トゥ・ラブ
アルフが闘技場を出る数時間前のことだ。
クァクァウティンたちは、交戦国アメリカのニューエデン州に潜入。
兵器研究所を襲撃し〝特殊兵器〟なるものを奪取した。
襲撃された兵器研究所は、表向きは州政府に属する公的機関だ。
しかし実態としては、ニューエデン州に権勢を誇るギャング組織、シャムロック・ユニオンの庇護下にある。
シャムロックの長、パトリック・マクライナリ。
パトリックは、研究所襲撃の報を受けて、アルフを一時的に雇用。
秘書シンイーに武器と情報を届けさせ、
逃亡中のクァクァウティンたちから特殊兵器を奪い返すよう命じた。
先回りできる位置に、アルフと秘書がいたために。
「……〝特殊兵器〟とはなんだろう?」
コンテナに近づいて開け方を考えながら、ふとアルフはつぶやいた。
シンイーからは、特にどんなものだったかは聞いていない。
コンテナの側板に、ひびが入る。
音を立てて、ひびは見る間に広がっていった。
側板の中央部分が砕ける。孵化せんとする卵が、内側から破られるように。
アルフは素早く横に跳ぶ。落下するコンテナ側板の欠片をかわした。
すると、コンテナの穴から何か白いものが現れる。竜の頭部だ。
「わあ……!」
竜を見つめ、アルフは感嘆の声をもらす。
大きく美しい生き物だ。動物園には、こんな竜はいなかった。
アルフが竜を見つめている間、竜もアルフを見つめていた。
不意に竜は首を曲げ、顔を近づけてくる。
口を開くと、図鑑のティラノサウルスそっくりの歯とピンク色の舌があった。
竜はアルフの顔を舐める。唾液で濡れていて暖かい。
「はは」
アルフが笑うと、竜は鳴いた。
この世のものとは思われぬ奇妙さの、どこか音楽的な声で。
鳴き声はしばらく続き、絶える。
すると竜が光の塊に変わった。見る間に縮んでいく。
光の塊は、ヒトの子供ほどの大きさに縮むと、動きを止める。
空中、竜の顔があったあたりで。
「ぎゃあ!」
光が晴れると、素裸の童女がいた。
どこか見たような金髪に、青い瞳。すべやかな肌。
何故かアルフには見覚えがあった。
落ちてくる童女を、アルフは反射的に抱きとめる。
抱かれるなり、童女はアルフの頬を舐める。
「ぎゃあ」
舌をしまうと、喜ばしげに再び鳴いた。
「わあ……」
アルフは少なからず驚いていた。
特殊兵器が竜だとは初耳だ。
童女に変身することも。そもそも、この子が特殊兵器なのか?
アルフは童女を抱えたまま、コンテナへ。
右手首からの出血が、童女の肌ににじむ。
アルフはトラックの底面をよじ登り、穴をのぞき込む。
コンテナの中には何もない。
アルフはそう結論づけ、着地する。
そのとき、着信音と振動。電話だ。
『もしもし、アルフ? もう戦いは終わったと思うんだけど、止血した? バイタルアラートがヤバいから私心配です』
携帯端末のスピーカーから、女の声が話される。
母語話者によるものと思しい、流暢な日本語だ。
「あ、忘れてた」
女の日本語を受けて、アルフもまた日本語で答える。
『え、ダメでしょ! 死んじゃうよ。迎え行った方がいい? 重症なら助けいるでしょ』
「大丈夫」
自動運転でオートバイがそばに寄ってくる。
その荷物入れを、アルフはかき回す。
『まあおおむね無事っぽくて良かったよ。……アルフの無事に比べたらどうでもいいことなんだけどさ、お手伝いの首尾はどう? ナントカ兵器は見つかった?』
「はい、エマコ――」
通話を続けながら、アルフは止血を行う。
見つけた止血帯を、手際よく右手首に巻いていく。
「――敵は殲滅。回収できたけれど、女の子になってしまった。がんばったから、サンタさんに教えてあげて」
『……はあ? どういうこと……?』
アルフは事の次第を伝えた。
サンタさんに努力のほどを伝えるよう、改めて念を押して。
『……ンなこと言われてもなあ。信じらんねえ。あ、そうだ! 写メ送ってよ』
「はい、エマコ。ところで〝しゃめ〟とは何?」
『……今どきの坊やにもわかるように言うとね、写真とって送ってくれってこと』
「はい、エマコ。少し待ってね」
アルフは通話を維持したまま、端末のカメラを起動。
カメラユニットが端末から分離し、変形。
地に落ちることなく、極小型の撮影ドローンとして浮遊する。
黒いライダースファッションのアルフと、しがみつく素裸の童女を撮影する。
『わお全裸。……また懐かれちゃってまあ……』
「エマコ、信じてくれた?」
『うん、まあ。……とりあえずその子連れて帰っといで。お腹空いたでしょ?』
「うん、とても」
『じゃあそういうことで。――あ、後その子に何か着せてあげな。さすがに全裸はヤバい』
「はい、エマコ」
『じゃ、お家で待ってっからね』
通話が終わる。
撮影ドローンが端末に戻り、変形、格納。
アルフはポケットに端末をしまう。
アルフは服を脱ぎ、童女に着せてやる。
白いコットンシャツ、襟元に濃紺のリボンタイ、その上に牛革のライダースジャケット。
「これでいい?」
「ぎゃあ!」
アルフ自らは半裸だ。あらわになった上半身は黄金比の均整。美の極みといえる。
「あは、寒い」
「にぇえ……」
「大丈夫」
アルフはヘルメットを童女に被せ、無帽のままオートバイにまたがる。
オートバイはアルフにはやや大きすぎる。
だが、例によって操作に不便を感じているところは見られない。
「しっかりつかまっていてね」
「ぎゃあ」
暮れなずむ陽の中、オートバイは走り出す。
本日もお読みくださりありがとうございます。
クラッシックな大型クルーザーバイクは、素敵だと思います。