ショーファーレス・プルマン・リムジン
「ぎゃあ」
「おはよう。かわいい寝ぼすけさん」
「……あれ? どうも、おはようございます」
アルフは目を覚ます。
どうも不思議な感じだ。あちこちに違和感を覚える。まず――
「……お腹が空きました」
「そうでしょうね。アルフ、あなたったら、丸一日以上眠っていたのですよ」
「ぎゃあ」
「なんと。そうなのですか」
アルフは驚く。
アルフ自身としては、射撃場でおやつを食べて、少し昼寝をしたくらいのつもりなのに。
こんなことは初めてだ。
ヴェラと会ってから、
それにイヴと会ってからも、初めてのことがたくさん起こっている。
「不思議です……」
かすかな振動から、車に乗っているのはわかった。
だがアルフは車内に見覚えがない。
車の中とは思えないほど、とても広く豪奢だ。
ヴィペルメーラ邸の部屋を、そのまま小ぶりにしたような印象を受ける。
「今、会場のホテルに着きます。そこで何か料理を取りましょう。
――とりあえずは、これでもどうぞ」
ヴェラは親指を鳴らす。
車内に作りつけの棚に備わった、メカニカルアームが起動。
自動で開いた棚の中に入り、クラッカー・タルティーネが見事に盛られた皿をつかんで現れる。
自動運転の発達によって登場した、ショーファーレス・プルマン・リムジン。
運転席のスペースさえ客室に用いることで、非常な広さを実現した。
だが、それでも車である以上、広さには限りがある。
そこで、使用人の代わりをAI制御のメカニカルアームに勤めさせる仕組みを備えた。
億万長者はゆとりあるひろびろとした車内を、雑用からの解放と共に享受できることとなった。
「ありがとうございます、ヴェラ」
「ぎゃあ」
アルフとイヴが言う。
アルフはタルティーネを強襲するかのごとく食べ始めた。
「いいえアルフ、あなたにお願いすることを考えれば当然のことです。
パーティ中、あなたには私のそばについて回ってもらいます。
私は挨拶回りで忙しいでしょうから、パーティーのお料理は、つまむ程度にしか食べられません。
となると、私のそばにいるあなたも、似たようなものでしょう」
「えっ!? そ、れは、とても、悲しいです……」
「にぇえ……」
驚愕し凍りつくアルフ。
美しき金髪に覆われた頭を、イヴがぎこちない手つきでさわる。
撫でようとしているのかもしれない。
「ええ、悲しいでしょうが仕方のないことなのです、アルフ。だからパーティーの始まる前に、しっかりと食べておいてくださいな。
好きなものを頼んで結構ですから、辛抱して頂戴ね、アルフ」
「ぎゃあ」
「……わかりました、ヴェラ」
三人を乗せた最高グレードのロールスロイスが、五つ星ホテル《オテル・パラッツォ》の敷地に入る。
銀色の巨大なボディ。
純銀製立体ヴィペルメーラ・エンブレム。
すさまじい財の象徴たる車両はなめらかに進み、周囲を威圧する。
戦勝記念パレードめいた雰囲気をただよわせながら敷地を進み、正面玄関で停車。
三人を降ろす。
「ようこそお越しくださいました、ミズ・ヴィペルメーラ」
「どうもありがとう。今夜はよろしくね」
支配人に続き、一斉に礼をする従業員たち。
王女の巡啓にふさわしい歓待をあしらって、ヴェラはエレベータへ向かう。
控室としてスイートが取ってあるのだ。
アルフとイヴも続く。
鏡張りの、宝石箱にも似たきらびやかなエレベータカーゴ内。
階床ボタンはなく、カードリーダーと虹彩認証用インターフェースがあるばかり。
ヴェラは虹彩認証装置に目線をやり、カードをタッチ。
予約情報と照合され、宿泊客室のある階に自動的に向かう仕組みだ。
エレベータはなめらかに上昇し、停止。
ドアを開いて一行を最上階に案内する。
「ふわふわ」
「ぎゃあ」
敷き詰められた絨毯のやわらかさをアルフとイヴは楽しむ。
「行きますよ、お二人とも」
一行は無人の廊下を進む。
この階そのものが、既にスイートルームの玄関なのだ。
控室のドアには、カードリーダーと静脈認証インターフェースがあった。
それらに目をくれることなく、ヴェラはスマートフォンを操作。
ジュディアにかける。
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