ビギニング・ブリーディング
闘技場の外は、人々で混雑している。
元々、闘技場はニューエデン観光の目玉である。
そして、今日は12月24日。クリスマス休暇を利用した観光客たちで、普段以上の賑わいを見せている。
「!」
屋台の、心棒のLEDが極彩色に輝く飴。
アルフは惹きつけられて近寄り、ふと、思いなおして足を止める。
今日は、寄り道をしないで帰るように言われているのだった。
アルフは思い返す。
何があっても、いい子にしていなくてはいけない。
今日はクリスマスなのだから。
夕飯はご馳走だし、
夜にはサンタさんがプレゼントを持ってきてくれるらしい。
しかし、それはいい子に限られたことだという。
寄り道は良くない。早く帰ろう。
そう思って、アルフはスマートフォンの操車アプリを起動。
駐車場に停めたオートバイを、自動運転で呼び出す。
直後、緑のセダンがアルフの眼前に停車。
無論、アルフの呼び出したものではない。
強盗か。
そう思ったアルフは、腰の9ミリ自動拳銃を抜く。
スフィンクス・AT5000が火を噴き、セダンの主を射殺する。
その、直前。
先んじてセダンの窓が開き、穏やかな声で女が話し出す。
「こんにちは。――アルフレッド・ドゥンスタン・アダム・モントフォートさまですね?」
スーツを着たアジア系の女だ。
アルフを顔を見て、確かめるように言った。
「はい」
本名をフルネームで呼ばれ、アルフは無心に肯定した。
「良かった。お会いできて。私はコン・シンイー。
あなたの保護者たるエマコ・ハジベ博士、彼女の友人であるプレジデント・シャムロックの秘書でございます。
害意はありませんので、どうか銃をお納めください。そして話をお聞きください」
「はい、コン・シンイー」
言いながら、アルフはスフィンクスをホルスターに収める。
「ありがとうございます。では当方の要件を。
プレジデントは突発的な問題を抱えていまして、解決にはあなたのご助力が必要なのです。テロリストたちを殲滅し、あるモノを奪い返してほしいのです。お疲れのところすみませんが、お引き受け願えますか?」
「了解しました。なんでしょうか?」
アルフは即答する。
誰かが困っているとき、いい子ならば助けるだろう。
きっとサンタさんは見ているのだ。善いことをしなくては。アルフはそう思った。
「……ありがとうございます」
迷いのない答え。
合衆国ではめずらしいクイーンズイングリッシュ。
時代がかった英国風映画でしか耳にしたことのないアクセントが、10歳ほどの子供の口から話される。
そのことに、シンイーはやや気圧される。
普通の子供ではないと知っていたとしても、際立った美貌と相まって、ただならぬ雰囲気を感じずにはいられない。
「では。詳細の説明をさせていただきますね――」
込み入った事情をわかりやすく伝えるため、また自らのペースを崩さぬため。
シンイーは、努めて落ちついて依頼内容を説明していく。
お読みくださりありがとうございます。
ここだけのお話ですが、「テロリスト」を「トロリスト」と誤変換していました。事前に気づけて良かったです。あと少しで、トロが好きな人を皆殺しにするヤバい話になってしまうところでした。