◆◆◆◆◆レス・チルドレン
「……三日前のことです。
彼らは私の父、ニューエデン州知事のパオロを暗殺しました」
「はい?
……ヴェラ、ちょっと待ってください」
アルフは今朝、ヴェラの父パオロに会って話した。
『銃撃されたものの、助かった』と本人の口から聞いている。
ヴェラ自身、牧場の者たちにそう伝えていた。
「あれは影武者です。
最新型の生体ドロイドなら、生体認証さえごまかせますから」
生体ドロイドの生体部分はヒトの相当個所と同一。
遺伝子が同じなら、判別は非常に困難だ。
万能細胞の高速発展で作られる前者。
対して、受精卵から発生し〝人生〟と呼ばれる数十年を経て成立する後者。
時間差に由来する劣化、いわゆる〝老い〟をさえ再現する技術もすでに確立されている。
はっきりと区別することは、肉親であっても難しいだろう。
それほどまでにヒトに近い生体ドロイドだが、両者の判別方法がないでもな
。
二つの方法は、どちらも手間のかかる困難な作業だ。
一つは、解剖かスキャナーなどで内部を調べ、機械部品を見つける方法。
二つ目は、長期にわたって言行を観察しAIかヒト脳かを見極める方法だ。
第一の手段は、対象の同意なしには非常に難しい。
暴力を用いて強引に行うことも不可能ではない。
だが、パオロの影武者は厳重な警備のうちにいる。
生体ドロイドであることを立証するより、もう一度暗殺する方がまだ楽な仕事だろう。
言いくるめて医療用スキャナーに入れることも、ほぼ不可能になっている。
AIの入念な設定と、付き従うジュディアの配慮のために。
第二の手段には、月単位の時間が必要だ。
ヴェラの目算によれば、そのころには今とはまるで変った様相になっている。
想定するだけ無駄というものだ。
影武者の正体は、最後まで隠し通されることだろう。
ヴェラはそう考えている。
「では、お父上はご逝去なさったのですね」
「ええ。帰天しました。
……私がしていることは、父への冒涜なのでしょう。父の威光を、機械ごときに着せて皆を騙すのですから。ですが、ニューエデンとファミリーを守るためです。神さまも、お父さまも許してくれると思います。
そう、思いたいです」
「お父上にお悔やみを申し上げます」
「ぎゃあ」
丁重なアルフの言葉に、イヴの鳴き声が続いた。
くすり、とヴェラは軽く笑った。
思わず吹き出してしまった、という風に。
「ごめんなさい、あなたを笑ったのではありませんよ、アルフ。イヴも。
ただ、言い古された言葉でしょう?
父を密葬した際、何人かに言われて気づいたのですが、そう言われると何か可笑しくなってしまうみたいです、私。不謹慎ジョークの聞きすぎですね、きっと」
等量の悲しみとおかしさが相殺し合って、あわい微笑みになり、ヴェラの顔に浮かぶ。
「……アルフ、あなたも我が家の写真をご覧になったでしょう? 壁に飾ってあったものを。
革命前、私には三人の兄がいました。皆、母と共に戦争で死んでしまって、父にとって血の繋がった子供は、娘の私一人になってしまいました。
そんなだから、私は必要以上に構われて、三日前まで生きてきました。
……私は『もう少し放っておいてほしい』と思っていましたけれど、一人になってしまうと、だめですね。父の気持ちがわかってしまいます」
アルフとイヴはどこか不思議そうにヴェラを見る。
ふとクレッシタを寄せて、アルフは手を伸ばす。
不思議そうな表情のまま、ヴェラの頭をなでた。
ヴェラは再び笑みをこぼした。
「ありがとう、アルフ。
……さて。あなたは先ほど、私のお願いを聞いてくださると言いました。ありがとうね。その気持ちに嘘はないのでしょう。でも、心変わりがないとも言えません。
そこで、報酬についてお話しておきます。
私はあなたに無視できない価値を提供することができるのです、アルフ。
ご両親の消息を、私は知っています」
「両親。……僕の父と母、ということですか?」
両親と離れてしまってから、もう三年になるという。
柔らかく、あたたかい雰囲気の輪郭だけを覚えている。
エマコと暮らす以前の記憶は、今のアルフにはとてもおぼろだ。
ほとんど何も覚えていない、とさえ言えるかもしれない。
「そうです。
ヴィペルメーラ・ファミリーは近隣国家の内偵をしています。その関係で知ったのです。それで――
と、これ以上は言えませんね。でもアルフ、嘘は言っていませんよ、私。
私はあなたとお友達になりたい。あなたと遊んで、私はひさしぶりに安らいだ気持ちになれました。だからあなたのためになることを伝えたい。でも、すぐには言えません。あなたを長く繋ぎとめたいから。
わかってくださるかしら、アルフ?」
「もちろんです、ヴェラ。僕もあなたと遊んでいて楽しい。もっと遊びたく思います。喜んで友達になりましょう」
「ぎゃあ」
本日も「プソイド・カライド」をご愛読いただき、まことにありがとうございます。
サブタイトルの「◆◆◆◆◆」は、カタカナ5文字が入ります。
本文をお読みになった読者諸賢なら、おおむね見当のつく語であろうと思われます。
また、今回は説明回です。言葉を尽くしましたが、どうしてもわかりづらい場所とは発生してしまうものです。
質問をお書きくだされば、ネタバレにならない範囲で回答させていただきます。
また、感想・評価などもお待ちしております。
最後まであとがきをお読みくださり感謝します。
皆さまと僕とに、いいことのありますように。