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エクエストリアン・エロティシャン



 ヴェラの家名と百倍の入会金により、話は迅速に進んだ。


 四人の会員の紹介など通常の手続きを省略。


 ヴェラたちはログハウスの奥からしか入れぬ内庭、繁った木々に隠された馬場に案内される。


 受付の女は裸体主義の意義について説いた。


 人と馬の自然な触れ合いのために、服を脱ぐ必要がある。


 〝何一つ〟着ないのだ、と。


「――そこらへん大丈夫かな?」


「結構ですとも」


「ええ。今日は暖かいですし」


「ぎゃあ」


 馬たちを馬場に引き入れた後、三人はログハウスで服を脱ぐ。


 受付の女と乳児も、ヌードゾーンに入るにあたって裸になった。


 彼らが身に着けているものは、乳児の紙おむつとアルフのガンベルトだけになった。


「そんなの持ってくの? 要らないと思うよ。ここ、これでも警備すごいんだから」


 女はアルフのガンベルトを指して、たしなめるように言う。


「用心です。その子のおむつと同じように。今は想定外のことに備えねばなりませんので」


「……大変だね。まあ、馬と仲良くね。今日は予約もなかったから、ゆっくりしてってください」


 ニューエデン州知事パオロ・ヴィペルメーラ暗殺未遂事件を思い出し、女は口をつぐむことにした。


 三人と馬たちを残して、女はログハウスに戻る。


 腕の中の乳児が、虚心に乳を吸っていた。


「では行きましょう、アルフ。あの方が盗み聞きなさるとは思いませんが、もう少し奥へ」


 ヴェラはインファンジアに跨る。


 騎乗の勢いで、形の良い乳房が瑞々しく揺れた。


「はい、ヴェラ」


 アルフは返事をして、イヴを抱えて騎乗する。


「裸と裸だとあたたかいね」


「ぎゃあ」


 楽しそうに身を寄せるアルフとイヴを、ヴェラは何か罪深いもののように見る。


「どうかしましたか、ヴェラ?」


「……いいえ。何でもありませんことよ」


 今更ながら、自分が今、何をしているのかヴェラは実感しつつある。


 裸なのだ。


 子供とはいえ、初対面の男の前で。


 途方もなく恥ずかしくなってきた。


「……////////……」


 乗馬には、両足を、つまりは股を開いて馬の背に座る必要がある。


 この場合、全裸でだ。


 ヴェラはとある性的スラングの存在を思い出した。


 さらに羞恥の念は高まる。


「……何故ここに来たのか、話しておきましょう。


 アルフ、私はあなたに〝お願い〟をするつもりです。

 私の敵に聞かれては困ることについてです。


 衣服に盗聴器が仕掛けられている可能性がある以上、裸になるか、着替えるかする必要があります。

 それと盗み聞きされない場所も必要ですね」


 このヌード乗馬クラブは、会員のプライバシーにこだわった設備も売りの一つだ。


 敷地の周囲からは、繁った木々によって内庭を覗くことはできない。


 忍び込もうとすれば電気柵に阻まれる。


 空撮ドローンも、近隣一帯に影響する妨害電波によって使えない。


 有人機や衛星による撮影さえ、偏向光学隠蔽のために不可能だ。


 要は軍事施設に匹敵する警備だ。


 それでいて場所柄の突飛さから、密談にふさわしいとは見なされない。


 〝敵の裏をかいて密談する〟という目的のためには、ぴったりの場所だ。


「つまり、アルフ。

 ……あなたの、は、裸が見たいとか、私の裸を見せたいとか、そういったことではありません。決して。そこは理解して頂戴ね」


「わかりました、ヴェラ」


「ぎゃあ」


「それで、お願いとはいったい何でしょうか?」


 無心に、アルフはヴェラを見て問う。


 ヴェラは体をねじり、腕を乳房に押し付けて隠す。


「……戦争があります。そこで、私を助けてほしいのです。アルフ、頼まれてくださるかしら?」


「はい、ヴェラ」


「ぎゃあ」


 アルフは朗らかに答えた。


 イヴも常の通り無心に鳴いた。


 あまりに簡潔な返事と無垢な瞳に、ヴェラはたじろぐ。


「あ、ありがとう、アルフ……」


 ヴェラの頬が、羞恥以外の朱を帯びる。


「それでヴェラ、どのような戦争ですか?」


「我がファミリーとシャムロックの戦争です。……と、これだけではわかりづらいでしょうね。そうですね……

 アルフ、あなたはニューエデンについて、どの程度ご存じ?」


「ニューエデンには僕の家があります。闘技場があります。動物園も――」


「そう。では歴史のお勉強をしておきましょう」


 ヴェラは言葉をかぶせた。


 アルフの回答は全くの的外れだ。ゼロからの説明が必要らしい。


「十五年前のことです。

 腐敗した僭主の圧政に苦しむサウスカロライナの市民は、革命権を行使し、旧州政府を打倒しました。


 その戦いで主力となった結社は二つ。

 一つ目は、私の父が導きし名誉ある結社、ヴィペルメーラ・ファミリー。

 二つ目は、シャムロック・ユニオンという名前のギャングの集まりです。


 二つの結社は、市民からの敬意を、働きに応じて受けることとなりました。


 自由を取り戻したことに誰もが満足し、ニューエデンは平和に繁栄していました。

 つい三日前までは」


 ヴェラの話を、アルフとイヴは黙って聞く。


 ある政治的意図に基づいて理想化されたプロパガンダであることに、二人は気づかない。無垢と不可分の無知のために。


 政治腐敗に対してなされた革命権の行使は、威力組織による寡頭制を生んだこと。


 独立宣言書を法的根拠にしながら、ニューエデン州は合衆国憲法を離脱したこと。


 市民からの敬意とは、二つの結社が独占的に得る権益の言い換えであること。


 ニューエデンの狂的な繁栄は、前近代的な自力救済社会の到来と一体であること。


 ギャング・ステートニューエデンを平和だと思う者などまずいないこと。


 それらの事実を隠す欺瞞が、ヴェラにはある。


 ただの拙い嘘ではなく、ヴィペルメーラに都合のいい戯画化された物語。


 そんなレトリックを巧みに操るほどには、ヴェラは成長してしまっていた。


「南イタリアなどで〝第二の政府〟というマフィアの別名があります。

 例外的に、ニューエデンにおいては我々が〝第一の政府〟です。

 異議を唱える愚かな権威主義者もいるでしょう。しかし、我々が、市民の自由の守り手であることは疑われません。


 自由を破壊し、市民の破滅をもって我欲を満たさんとする者がいます。

 〝シャムロック〟です」


 我知らずヴェラは胸元を軽く押さえ、語調を整える。


 激情が抑え込まれ、現実を部分的に忘れさせる。


 裸身をさらして馬上にあることなどを。


「……三日前のことです。

 彼らは私の父、ニューエデン州知事のパオロを暗殺しました」


「はい?

 ……ヴェラ、ちょっと待ってください」


 アルフは今朝、ヴェラの父パオロに会って話した。


『銃撃されたものの、助かった』と本人の口から聞いている。


 ヴェラ自身、牧場の者たちにそう伝えていた。



今日も「プソイド・カライド」を御高覧下さりありがとうございます。


ついにタイトルの一部を回収できました。

この調子で完結までとどこおりなくやっていきたく思います。


あとがきの最後までお読みくださりありがとうございます。

皆様にいいことのありますように。

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