カーズ・トゥ・ホースズ
アルフたちが車を降りると、牧場の管理人たちがうやうやしくヴェラ一同を出迎える。
「よくぞいらっしゃいました、お嬢さま。
……つかぬことをおうかがいしますが、ドンのお加減は、もうよろしいのですか?」
「出迎えありがとう、みんな。父さまはとっても元気。心配して損でした。
馬たちは元気?」
「はあ、どれも良く走れます。
しかし、あの、ちょっとネットで見たのですが、州知事は重症を負ったとかなんとか――」
「いい加減なニュースですね。
でも、もうすぐ会見をするとか言っていましたよ。父さまの顔を見たら、みんなも呆れることでしょう」
話は終わった、とばかりにヴェラは歩き出す。
富豪向けの別荘らしい、ウェスタン建築へ向けて。
乗馬服に着替えたり、休憩したりなどの、ちょっとしたことに使っている建物だ。
「見ての通り、今日はお友達を連れて来ました。この子たちの服も用意してもらえる? それとお腹が空きました。ターキー以外でお願いね」
三人は昼食を取り、用意させた乗馬服に着替える。
アルフはリボンタイ付きのシックなウェスタンスタイル。
ヴェラはチェックのネルシャツ。
イヴも、小ぶりな色違いのウェスタンスタイルで上下の服装をそろえた。
「かわいいのね、アルフ! こんな格好も着こなすとは、大したものですね、あなた」
「ぎゃあ!」
「あなたがたもかわいらしいです」
賛嘆するヴェラ。
同意するように鳴いたイヴ。
アルフは何気なく答えた。
三人は厩に向かう。
見事な厩だ。
人と馬の要求を両立した作りで、誰にとっても過ごしやすい場所になっている。
「お嬢さまはインファンジアですよね、お友達の馬は、どのようにいたしましょうか?」
「選んでもらいましょう。二、三頭連れてきて。――アルフ、好きなお馬を選んで頂戴」
命令通り、馬丁は三頭の馬に鞍を乗せて連れてくる。
月毛、鹿毛、白毛、一頭ずつだ。
ヴェラは一つかみの干草を月毛に与え、親しげになで、跨った。
「どちらにいたしますか? 品種はいずれも遺伝子改良アングロアラブ。素直で、人に慣れています」
アルフは一瞬悩み、白毛に干草を与え、イヴを抱えて跨る。
洗練された動きだ。馬丁は驚く。
「お上手ですね。安心しました。その子の名前はクレッシタです。良くしてやってくださいませ」
三人は二騎となって、牧場を出発する。
ヴェラは乗馬に慣れているし、アルフも非常に巧みに乗りこなした。
クレッシタもすぐアルフに慣れる。朗らかな冬の陽の下、軽やかに道を進む。
馬上の一行は、まず銃砲店に立ち寄る。
ヴェラはアルフにガンベルトと38口径リボルバー二丁を買い与えた。
「ありがとうございます、ヴェラ」
「ぎゃあ」
「何の武装も持たずにいるのは不用心ですもの。おわかりでしょうが、むやみに発砲してはなりませんよ、アルフ」
銃砲店を出て、一行は数分ほど並足で進む。
「……ここですね。目的地に着きました」
インファンジアの足を止めさせ、ログハウスと看板を見てヴェラが言った。
木製の看板には《Naturism Equestrian Club SC》と焼き痕と浮き彫りで記してある。
建物ともども、カントリー調の牧歌的、自然主義的な雰囲気だ。
「ヴェラ、ここはなんですか?」
「裸体主義乗馬クラブ。つまり、裸で馬に乗るところですね」
「どうして裸になるのですか?」
着替えたばかりで何故裸になるのか、アルフにはわからない。
「今にお話します」
ヴェラはそれだけ言って、下馬する。
アルフもそれに続き、馬を繋いで中に入る。
「――ウチは会員制なの。君たちのお父さんかお母さんに会員はいる? 違うなら帰ってね」
入ってきた三人を見て、木製のカウンターの中に座る女が言った。
「ひぃ♡ いいこでちゅね~♡」
話は終わったとばかりに、腕の中の乳児に向き合い、うって変わった語調で話しかける。
「こんにちは。私はヴェロニカ・ヴィペルメーラです。会員制ということであれば、今、入会させてくださいません?」
むつみ合う母子の調和を破って、ヴェラははっきりと言った。
「……ヴィペルメーラ……!
……あのヴィペルメーラだってんなら、出すもの出せるよね、お嬢さん?」
女は訝しげに、ヴェラをねめつけて言った。
ニューエデンの市民で、ヴィペルメーラの名と権勢を知らぬ者はない。
「ええ。急な来訪によるご迷惑を、私も心苦しく思っていないわけではありませんから」
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