ボーイ・ミーツ・プリンセス
イヴを膝に乗せ、アルフは応接間のソファに座る。
ジュディアは壁際に立つ。
豪壮な部屋だ。
屋敷の外観に引けを取らない。
豪華な調度品が数ある中で、壁にかかった大きな額縁が目を引く。
家族写真らしい。
両親らしい夫婦と、三人の精悍な青年。
そして、今よりも幾分若いジュディアが、眠る赤子を抱いて映っている。
やがて扉が開く。
実業家らしいスーツの紳士と、うるわしい少女の二人が応接間に入ってきた。
かわいらしい少女だ。
ギブソンタックの栗色の髪。
品よく華やかなマキシ丈ワンピース。
「こんにちは。モントフォート君」
「こんにちは」
紳士が言い、右手を差し出してくる。
あいさつを返しながら、アルフは紳士の手を握る。
「ミスター・モントフォート、こちらは州知事のドン・パオロ・ヴィペルメーラ閣下です」
ジュディアが紳士の名を開陳する。
全名はパオロ・アントニオ・ヴィペルメーラ。
〝ドン〟の尊号通り、ヴィペルメーラ・ファミリーの最高権力者であり、
名実合わせ持ったニューエデンの支配者だ。
資産と権勢は、国家の主に引けをとらない。
パオロはどっかと腰を下ろした。
寄りそうように、少女がしとやかな動作で着座する。
「うむ。楽にしてくれたまえ。今、飲み物と菓子を出す。ゆっくり話すとしよう」
盆を持った女が入室。
パオロの前に赤ワインの水割り、
少女の前にエスプレッソ、
アルフとイヴの前にダージリンを、それぞれ置いていく。
テーブル中央にはカノーロが山と盛られた皿を。
給仕を終えると一礼し、女は退室する。
「さ、食え。子供が遠慮などすることはないのだ」
「ありがとうございます、いただきます」
「ぎゃあ」
二人はカノーロにぱくつき始める。
「おいしいです!」
「ぎゃあ」
「うむ、良く食うな。わしも用意の甲斐があったというものだ」
「……んく……それで、どうして僕らを助けてくれたのですか、閣下?」
「わしは弱い者いじめは許せん質でな。無論〝特殊兵器〟たるその子のこともあるがね」
パオロはワインの水割りを飲み干し、如才なく笑った。
少女は一言も口を利かない。
気だるげにエスプレッソをかき回す。
スプーン四杯分の砂糖を溶かそうとしている。
「そうでしたか。重ねてお礼を申し上げます。ありがとうございました、閣下」
「ぎゃあ」
「うむ。素直に礼が言えるのは良いことだ。君は信用できそうな人間だ、モントフォート君。わしの頼みを聞いてくれんか」
「はい、何でしょう?」
「娘の警護を頼みたい」
パオロは隣に座る少女を顎で示す。
「あら! 初耳です。だから私をお呼びになったのね。
けれどお父さま、それはファミリーの方が交代で行うのではなかったの?」
不意に少女が口を開く。
努めて、驚いたような印象を与えようとしていた。
「『厳ついマフィア連中を連れ歩きたくない』と、だだをこねたのはお前だろう、ヴェロニカ。
だからモントフォート君を連れてきた。
彼は勇敢だぞ。そしてこの顔だ。文句はなかろう?」
それでも、ヴェロニカと呼ばれた少女は不満げにつぶやいた。
「お父さま、気を使ってくださるなら、私、ジュディアをつけてほしいです」
「ドン、私としてもお嬢さまの警護は、私が適任かと存じます」
「駄目だ、ジュディア。お前には別件を任せただろうが。
そしてヴェロニカ、これ以上ぐずるならば、ファミリーの中で一番体臭のきつい、とびきりの醜男をつけるぞ」
「……仕方ありませんね。手を打ちましょう。こちらの方にお願いしますわ」
「うむ。とまあ、そういう次第なのだ、モントフォート君。頼まれてくれるかね?」
「はい、お引き受けいたします、閣下」
その後、報酬についてなど、細々とした話が続いた。
アルフにはよくわからない。
普段はエマコに任せきっているからだ。
しかし話し方に敵意を感じるところはない。
何よりカノーロがおいしい。
特に異を唱える必要は認められなかった。
エマコはどうしているだろう、ということさえもアルフは忘れてしまっていた。
「よし。君は己の名誉を尊ぶ男らしいな。では早速、仕事に取り掛かってくれたまえ」
「わあ! 嬉しい。もう外出してよいのですね、お父さま?」
ヴェロニカが言った。カップには、エスプレッソのあとが薄く残っていた。
「うむ。羽を伸ばしてこい。お前にも心配をかけた。だが、後は些末な事後処理だけだ」
「はーい。では、行ってまいります、お父さま。ジュディアも、またね」
「ええ、お嬢さま」
ヴェロニカが立ちあがる。
アルフとイヴもそれに続いた。
既に玄関前に寄せてあった漆黒のマセラティに、三人は乗り込んだ。
扉が閉まったのを厳重に確認して、ヴェロニカは口を開く。
「《オテル・パラッツォ》へやってくださいな。まずは食事にしましょう」
車両管制AIに、ヴェロニカは目的地を伝えた。
『承知いたしました』
合成音声が承知の意を答え、走り出す。
「さて、しばらくお世話になります。自己紹介をいたしますね。
私はヴェロニカ・マルタ・スクレンティア・ヴィペルメーラです。
ヴェラとお呼びくださいな」
「はい、ヴェラ。
僕はアルフ。アルフレッド・ドゥンスタン・アダム・モントフォートです。
この子はイヴです」
「ぎゃあ」
「ふふ、よろしくね、アルフ、イヴ」
今日も『プソイド・カライド』をご愛顧くださいましてありがとうございます。
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