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モーニング・イン・ニューカロライナ



 どちらからともなく、エマコとヴェラは子供部屋を去った。


 それぞれの居室に戻って寝巻から着替え、スイートルーム中央の居間にやってくる。


「……ヴェラちゃんも、話したいってことで良いのかな。

 そんなら、どっか他所行かない?」


「賛成です、エマコ」


 2人は、スイートルームを施錠してから抜け出した。


 超大型ショッピングモールか、小さな街と見まごうばかりの、最高級大型クルーズ船の船内を移動。


 そうして、やや場違いな古臭いネオンの輝く、バーテンダーロボットが取り仕切る24時間営業の小さな無人バーを見つけた。


「……この手のダサさは、あんまり嫌いになれないんだよね」


「そういえば、ご自宅の地上にあったのも、こんなネオンのかかったお店でしたね。

 確か、《PSEUDO KALEIDO》。

 シュドー・カレイドと読むのかしら。どういう意味なのです?」


「私はむやみにドイツ語っぽく発音して、プソイド・カライドって読んでたなあ。ちっちゃいときの癖で。

 意味とかあんまり考えず、横文字の単語で脚韻を踏みたかったんだよ、きっと。

 〝もどき〟に万華鏡カレイドスコープスコープ抜きだから、キラキラもどき、一歩進んで〝きれいな偽物〟とかそんなところじゃん?」


「ちっちゃいときの癖?」


「あれ、言ってなかったっけ。

 『プソイド・カライド』ってタイトルの空想物語を、アルフの見た目年齢くらいの頃に書いてたって。アルフの名前の由来のキャラがいるやつ。

 通りがかりでやってるヤードセールで、色んなガラクタと一緒に、そういう懐かしい単語がセットになったネオンサインが売ってたから、つい買っちゃって。

 変な単語のセットで使い道も限定されるからなのか、滅茶苦茶安かったしね。1、2ドルだったかな。

 『このアジア人女、こんなもん買って何に使うんだろ……?』って感じに、店番のおじさんもかすかに不思議がってたな……

 実際、買ったはいいけど、ちゃんとした使い道は思いつかなかったから、とりあえず店名っぽく店先に出しといたんだ。

 そういや、あのネオンも吹っ飛ばされちゃったんだろうね。

 別にいいんだけど。捨ててきたねぐらの話だし」


「なるほど……あのネオンはそのような来歴のものだったのですね……

 とりあえず入りましょうか? この店に問題がなければですが」


「そだね、立ち話する必要もないんだし」


 2人はバーに入り、古臭いスツールに座る。


「オレンジジュース」


「……こちらの、チョコティーニというものを頂けるかしら?」


「承知しました、お客様」


 注文を受けたバーテンダーロボットは応答音声を返す。


 AIが即座に算出した注文達成のための最適手順通りに無駄なく動き、2杯の飲み物を給仕した。


「それおいしい?」


「香りはチョコレートですが、さほど甘くはありませんね……。

 けれど悪くはありません。人生初のバーでの飲み物としては悪くないかと存じます」


「そういやヴェラ子ちゃんは16歳だったな……

 指名手配犯に未成年飲酒がどうこう言ってもしょうがないとは思う。

 エタノール代謝能力の低い体質の、肝臓に持病のあるお年寄りがいたとして、その人の飲酒は合法だ。

 けど代謝能力の高い体質の、健康優良JKの飲酒は違法。

 単に取り締まる側の都合で引かれた線であって、納得のいかないものかもしれませんけれど、君らの健康のためにそう決められているってのは覚えておいて。

 アルコールが有害なのは疑う余地のないことだ。

 そのきれいな器に入ったチョコの香りがするいい感じの飲み物は、人生破壊RTAに最適な危険薬物でもあるって、言うだけ言わせていただきます」


「はい、エマコ。

 ……ジュディアのいなくなった今、そういう事を言ってくださるのはあなただけですし、ありがたく拝聴させていただきます」


「それがいい。

 単なるエクスキューズで言ってるんじゃないんだぜ。

 クリスマス当日の朝に、ジュディアさんがアルフを誘拐できたのは、ついて行くはずの私が二日酔いで寝てたからでもあるんだし。

 その危険薬物は本当に危険なんだよ、マジで」


「それを聞くと身が引き締まりますね……」


「でしょう? 既に日付も変わってることだし、今回はそれっきりにしとくといいよ。

 爺さんが考えなしの悪党だったら、私は雑にあの日殺されててもおかしくないんだし……」


「しかし小賢しい三下であったがゆえに、最終的には私に殺されたわけですが」


 バーには2人の他、客はいないし、ロボットはバー運営に特化したスタンドアロン型。


 盗み聞きの危険はないだろう。


 そもそも、この最高級クルーズ船自体がヴェラの所有物だ。


 FBIやニューカロライナ州警察にCIA、シャムロック・ギャングの残党など、ヴェラの敵たちの侵入する余地はない。


 2人の指名手配犯は、自宅の居間と同じようにくつろいで、他聞をはばかる話題やそうでない話題など、もろもろのことを気分に任せて話した。


「……結局、父と幹部たち、そしてジュディアを喪ってしまったのが戦略的敗因のようですね」


「なんともさびしいねえ。

 ……こんな言い方はアレだけど、君はお父さんを殺されちゃった時点で、いつ、誰にどんな形でニューエデンを引き渡すかの選択肢しかないみたいに思えるよ」


 今の話題は、クリスマス抗争および連邦政府との交渉についての、たらればを含んだよもやま話だ。


 アイシャ国務長官との合意の通り、一行は官憲やジャーナリスト、動画配信者たちの目を逃れ、ニューエデンを去ることが出来た。


 今は、穏やかに過ごすことの叶わなかったクリスマス休暇の代わりに、最高級クルーズ船でバカンスめいた逃亡旅行の日々を送っている。


「別に気にしませんよ、エマコ。けれど、同意もまたいたしかねます。

 確かにヴィペルメーラは勝利しました。

 負け方を選んでなどおりません。

 そして次の勝利は、戦略的撤退によって得られる。それだけのことです」


 ニューエデン放棄にあたって、ヴェラはまずヴィペルメーラ・ファミリーを、半ば解散した。


 かつてジュディアと共に救出に現れた者たち、合衆国を去る必要のある者たちなど、百数十名を逃亡旅行の供に選んだ。


 それ以外のヴィペルメーラ・マフィアたちには、多額の退職金を支払って別れることにした。


 マフィアたちの大半は、新しきドンとの早すぎる別れを惜しんで、なかなかファミリー解散を認めようとはしなかった。


 ニューエデンの死守から、果てはワシントンへの侵攻までも主張して、連邦政府との合意を履行したいニコラスなどの幹部たちをやきもきさせた。


 だがドン・ヴィペルメーラ直々の説得と、多額の退職金。


 そして、敢えて散らばることこそが、名誉ある男たちに最大の利益をもたらすことを理解すると、彼らはしぶしぶ解散を承服した。


 かつての幹部たちを全滅させられたとはいえ、ヴィペルメーラ・ファミリーの一般構成員の損耗は、それほどではない。


 ニューエデンという勢力圏を、統治主体として公然と保持するには心もとない戦力であるが、マフィア組織としてはすさまじく強力だ。


 北米では間違いなく最強であるし、世界全体を見渡しても、1、2を争う存在だ。


 社会の暗部で法の目をくぐり密かに富を蓄える、マフィア本来の稼業に戻るなら、明確なビジョンもなくニューエデンを徒らに維持するより、余程収益性が高いことだろう。


 そう考えて、かつてのヴィペルメーラ・マフィアたちは解散を承諾した。


 もちろん、目先に掲げられた退職金の高額さに釣られたことも、言うまでもない。


 州債の一部を連邦準備銀行に引き受けさせたことで金利を安く抑えることに成功し、償還費用に資産を使い過ぎずに済んだことが奏功した。


 ニューエデンおよび世界第二の富豪であったパトリックと、シャムロック・ギャングたちから接収した個人資産。


 そして15年の狂的な繁栄で蓄えた、世界一かつ人類史上最大のヴィペルメーラ父娘の個人資産を惜しみなく使い、マフィアたちを納得させるだけの退職金を支払うことが出来たのだ。


 結果として、パオロの遺産はだいぶ目減りしてしまったが、それはかつての尋常ならざる富と比較してのことだ。


 ヴェラの個人資産は依然としてすさまじいもので、平均的な超富裕層に没落した、というばかりのことだ。


 そしてヴィペルメーラ・ファミリーの名誉ある男たちの連帯も、完全に消滅したわけではない。


 旧ファミリー構成員同士の相互連絡組織として、ヴィペルメーラ・アライアンスなる同盟が結ばれた。


 ゆるいつながりではあるが、ヴィペルメーラの兄弟たちの絆は今後も続いていくはずだ。

 

「前向きだね。

 けどさ、故郷を追われるのがこんなにすぐだと、あんまり勝った気もしなくない?」


「そうですね……。

 もう少し、勝ち取った平和を味わっていたかったように思います。乗馬などしたいですね……

 けれど、やはり仕方のないことでしょう。

 永遠の王国は、ただ神のものがあるばかりです」


「乗馬か。お嬢さまの趣味だね……」


 年齢も出身地も趣味嗜好も何もかも異なる2人に、共通する話題は多くない。


 ただ、クリスマス抗争や住み慣れた場所を追われたという共通体験、夜の浅い眠りがもたらした人恋しさばかりが、会話を続けさせていた。


「……なんか面白そうなニュースとかねえかな……」


 エマコは話題を見つけるために、端末を操作。ニュースサイトのトップページを立体投影する。


「あ、この『ニューカロライナ州暫定知事スターストライプス氏演説』という項目、見せてほしく思います」


「はいよ」


 エマコは端末を操作し、記事に添付された映像を再生。


「――合衆国は、再び偉大な存在となるでしょう。

 再生した新しきカロライナの地、その州都たるニューコロンビア市民の皆さん、私は――」


「……このおっさんが今回の戦いの最大の受益者だよね……

 呉越同舟のときの嫌味な自己紹介のイメージしかない私には、良い人なのか悪党なのかはわかんないけど、勝ち組なのは確かだと思うな」


「そうですね。

 やはり、勝利を得たければ自ら戦うのでなく、勝ち馬に乗る形でつけ入ったあと、成果をかすめ取るが最も効率の良いやり方なのでしょう」


 スターストライプス暫定知事の演説が終わると、ニューカロライナ州兵総監ケリー・B・M・ファイアーソードなる人物の演説映像が、自動再生される。


 ニューカロライナの防衛について、外敵や犯罪者の侵入など許さぬと意気軒高に語る。


 だが映像が、ふと中断される。


 そうして、ニューカロライナ州旗と合衆国国旗たる星条旗が青空にはためく、愛国的だが意味のない映像が時間稼ぎに流される。


「……そろそろ夜が明けるかな?

 デッキに上がって日の出でも拝んで来るのもありだと思うんだけど、ヴェラちゃんはどうする? まだここにいる?」


「ご一緒したく思います、エマコ。

 海から陽が昇るところはきっときれいでしょうし」


 ヴェラはそう口にしたものの、その動きは鈍重だった。


 チョコティーニのアルコールが、立ち上がる気力を妨げているのかもしれなかった。


 エマコが立体投影を止めるタイミングを逃したことで、映像は無為に流され続ける。


 映像の中で、星条旗がひるがえり、はためく。


 青空に、星条旗は踊り続ける。


 見上げる幾人もの人々の前で、星条旗ははためく。


 性別年齢人種国籍宗教、さまざまな属性で分かたれた、多様な人々の前で、ただ一つの星条旗ははためきつづける。


 星条旗は、アメリカ合衆国の象徴は、いつまでもはためき続ける。




本日もプソイドカライドをご覧くださりありがとうございます。


たぶんおそらく、明日が最終回となるでしょう。あとわずか、怠りなくやっていきたく思います。


あとがきまでお読みくださりありがとうございます。

皆様に良きことのありますように。

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