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リミット・オブ・ヒューマニティ



「おうじさまったら、あかちゃんみたい。

 ずっとおひるねしてて、あそんでくれないのよ?

 かおはいいけどげんめつね」


「まあ、眠い子は寝かしとこうよ。

 それより君の婆ちゃんが来たっぽいよ」


 プライベートジェットの機内。


 手足を自由に放り出したアルフが、昼食直後からぐっすりと眠っていた。


 昼寝としては、この上なく深い眠りだ。


 不満を訴えるアイシャ国務長官の孫を言い諭し、エマコは来訪者の方に目を向けさせる。


「あ、ひいおばあさま、あのね、おうじさまったら――」


「ええ、ええ、何があったのかしら?」


 曾祖母とひ孫の横を通り抜け、ヴェラはアルフの元へ向かう。


「ぐっすり眠っていますね……」


「アルフとしても、そこそこ気を張って疲れたとかあるのかな? どうなんだろうね。

 国務長官閣下と州知事閣下もお昼寝に来たの? それとももう会議が終わったとか?」


「まあ、大局においては合意に至った形です」


「そうですね、ヴェロニカ」


「小休憩のあと、文書の確認や調印などを行いますから、まだもうしばらくかかるかと。

 あと少しお待ちください、エマコ。

 アルフにもよろしく伝えておいてくださいな。では、私はこれで」


「はいはい、起きたらね。

 ……てことは、単にアルフの寝顔を見に来ただけかい?」


「連邦政府としてはその問題には応えかねますので、ヴィペルメーラ知事、どうぞ」


「単に休憩がてらこちらに立ち寄っただけです。

 いかなる他意存在しない旨を、どうか理解ください」


「……まあなんでもいいけどさ」


     †


 その後、会議と妥結内容確認のための事務的手続きを行い、日は傾いていった。


 夕食をも空母で取ったあと、さらに作業を続ける。


 ニューエデン代表者たちを乗せたプライベートジェットが、空母、<ドナルド・トランプ>を去るころには、夜空に星々がまたたいていた。


「赤ちゃんのほっぺは本当にやわらかいのですね……」


 昼寝のため、夜になってかえって元気になったアルフはフローレンスの頬をつまみ、その後自身やメアリアナなど他の人々の頬をつまんで、感触の差異を調べていく。


「ヴェラ、失礼します」


 アルフはヴェラの頬をつまむ。


「――――」


 どう反応するべきかに迷い、ヴェラは動きを止める。


 しかし、これは会議におけるそれぞれの立場における建前の応酬ではないのだ。


 言葉尻を捕らえられる恐れはないし、そもそも言葉を返すことさえ必要ない。


 ヴェラは半ば無意識にアルフの頭に手を伸ばし、やわらかな金髪を弄ぶ。頬をつままれながら。


 リラックスしようと思ったところで、頭に浮かぶのは今日の会議のことばかりだ。


 ニューエデンの放棄という、決定的に取り返しのつかない選択は、果たして正しかったのだろうか?


 もちろん、正しかったに決まっている。


 これはヴェラ個人による会議の場での単なる思い付きでなく、ヴィペルメーラの新幹部たちと熟議を重ね、その上で出した結論なのだから。


 ヴェラ自身未熟な身であるし、新幹部たちも本来はこのような大事に携わる席次の者たちではない。討議に携わってしかるべき者たちは皆死んでしまっている。


 そのような面々との討議であるから、気づき得ざる手落ちもあるだろう。


 そして、そもそも熟議が結論の質を高めるとは必ずしも限らない。


 だとしても、ヴェラはニューエデンを去ることを間違いだとは思わなかった。


 ニューエデンという特異な勢力圏が成立し得たのは、アメリカ合衆国と祭政アステカ帝国とが戦争を続けており、両者の争いにつけ入って、漁夫の利を得ることが可能だったからだ。


 祭政帝国と合衆国の戦争が終わる以上、その大前提は消滅する。


 祭政帝国か合衆国のどちらかと、何らかの形で連帯する必要のあることは、どうあろうと動かない。


 父やパトリックは、ニューエデン州を維持したまま、合衆国連邦に再加盟することを目論んでいたのだろう。


 だがヴェラには、彼らの策をそのまま踏襲することは叶わない。


 あまりにも状況が変わり過ぎてしまっている。


 全面抗争を行う前のニューエデンの戦力であれば、往時の姿を保ったまま、連邦への加盟を承服させることができただろう。


 だが父もジュディアもヴィペルメーラの幹部たちも死に、ヴィペルメーラ・ファミリーは死に体だ。


 そのようなヴィペルメーラでは、最高幹部数名を殺されただけのシャムロック構成員たちを抑えることなどできないし、徹底した処置をするほかなかった。


 そうして、ヴィペルメーラ生き残りのための処置は、副作用として、ニューエデン弱体化の策として働いてしまう。


 戦前のニューエデンの力とは、シャムロックの力を含んだものであったことは確かなのだから。


 内部抗争で衰えた今のニューエデンでは、現状を維持したままの連邦への再加盟は叶うまい。


 意地を張って交渉を決裂させ、連邦政府との戦争や市民による革命を招くよりは、高く売れるうちに売ってしまっておく方が余程ファミリーにとって有益だ。


 だから、父やジュディアが今のヴェラの立場にあったとすれば、やはり同じことを為しただろう。


 ゆえに気に病むことはない。


 そのはずなのだが、どうしてもヴェラは気になってしまう。


 M&G社と旧サウスカロライナ州残党とをヴェラに紹介した時の、ジュディアの心配通りの形になってしまったことが。


(……ま、我が家も報いを受ける側に回った、ということでしょうか……)


 合衆国と祭政帝国の争いがニューエデンという一大勢力圏を生んだのは、争う両者がそれ以上に大きな存在であったからだ。


 ヴィペルメーラとシャムロックの争いが、サウスカロライナと連邦政府に利用されるに至ったのも、15年の繁栄あってのことだ。


 虫の生存競争に人が気づかぬように、単なる裏社会の小競り合いではこうはならなかった。


 この15年で得られたもの、そのうち今も失われていないものを慈しんで、ヴィペルメーラの名誉ある兄弟たちのために、できることをしていくしかない。


 たとえ、最良の場合でも、最良の近似値にしかならずとも、そうするしかない。


 偉大な父やジュディアであっても、完全な正解を常に選び続けることなど出来はしないのだから。


 それが神ならぬ人間の姿だ。


 もしもそんなことができるなら、父やジュディアはヴェラを1人地上に残して、こうして悩ませることはしなかっただろうから。



本日もプソイドカライドへご高覧を賜り、まことにありがたく存じます。


皆様に良いことがありますように。

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