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ア・ルーズ・イズ・ステップ・オブ・ザ・ベスト・ヴィクトリー



「また大それたことを言うものですね、ヴェロニカ」


 アイシャ国務長官は平然と答える。


 ニューエデン――サウスカロライナの地を取り戻すことは、連邦政府にとっての一大目標ではある。


 とはいえ、このタイミングでヴェラから提案されるとは。


 小さからぬ驚きではある。


 だが老錬なる精神に統御された表情筋は、動揺を面に現わさない。


「……これは私があなたに提供できる便宜のうち、最大のものなのですから、もう少し喜んでほしいものですが。

 まあ、その分実利において好意を示していただくこととしましょう。

 猫の額ほどの土地でミクロネーションごっこをして喜んでいるスターストライプスに、ニューエデン、つまりは世界有数の大都市圏を含む豊かな国をくれてやろうというのです。

 当然、それに見合った便宜をいただきたいですね」


「サウスカロライナ州の復興に、いささかなりとも協力的な姿勢を見せてくださるのは嬉しいことです、ドン・ヴィペルメーラ・・・・・・・・・・

 ですが、便宜とはどういったことでしょう?

 既に成立した合意をひっくり返し、一からやり取りを繰り返そうとでも?」


「まさか。そんな面倒なことはいたしません。

 ちょっとした追加的要求はさせていただきますがね。

 簡単な話です。

 私を含めたヴィペルメーラの手配犯たちが合衆国を離脱することを黙認する。

 戦略兵器である竜が、ニューエデンから失逸するとしても追求しない。

 という2点を確約してほしいのです」


 昼食後、子供たちは会議室の託児スペースに戻ることなく、水兵および子守たちに引率されて、空母の甲板へ向かった。


 社会科見学めいて空母についての説明を受けたり、休憩時間の水兵たちがするように、ボール遊びなどをしているのかもしれない。


 すぐに戻ってくることもないだろうが、今日の会議は、非常識に非常識の重なった、実に奇妙な状況だ。


 そうであるだけに、いつ誰が部屋に入ってくるとも限らない。


 ヴェラとニコラス、アイシャ国務長官と事務官1人の計4人。


 話が通じる人間だけで会議の場が占められているうちに、ヴェラはセンシティブな要素のある問題を解決してしまいたかった。


 イヴはアルフにとても良く懐いている。


 それは確かだ。


 ヴェラだけでなく、託児スペースで戯れる2人を視界の端に収めたばかりのアイシャでさえ、きっとわかっているだろう。


 だからといって、イヴがアルフの想定外の動きをしないとは限らない。


 イヴはただ操られるだけの人形ではない。


 アルフが死んだときには恐るべき暴威の復讐を行ったのだ。


 はっきりと言葉を理解する存在ではないがゆえに、ちょっとした言葉の綾にアルフやエマコが見せる反応から、致命的な誤解をしてしまう恐れがある。


「……まず最初の要求について。

 連邦政府としては、公然と法を侮辱する犯罪者たちを見逃す確約など、どうあろうと不可能です。

 ですが、ヴェロニカ。

 中央の掲げる理想を、現場の人間が常に達成し続けられるとは限りません。

 ニューエデン解体時の混乱を突き、安全に脱出できるルートをリークする程度のことなら可能でしょう。

 もっとも、勘のいい人間がその場にいた場合、あなたがどのような目に遭うかは保証できないのですがね」


「そう言っていただければ十分です。

 ヴィペルメーラを憎む手合いが職分を越えて我らを追うかもしれませんが、その程度なら、こちらで対処ができますから。

 その際に竜が我らと共にニューエデンを去ることも、黙認願えますね?」


「……それは致しかねます。あれほどの力を持った存在を、野放しにしておくなど狂気の沙汰です。

 危険な戦略兵器を、どことも知れぬ方にうっちゃっておくなどあってはなりません。

 クリスマスの戦いの中心となったあの竜を確保することこそ、平和のための最大目標とさえ言えるでしょう」


 ヴェラの申し出は、亡命を希望する独裁者が〝核兵器を記念に持っていきたい〟と言うのに等しい放言だ。


 最新型無人戦闘機数機を、無傷で殲滅する戦力は、一個人の持っていて良いものでは決してない。


 軍か、それに相当する官僚組織の管理の許にしか、存在することを許されぬ非常な危険物だ。


 国務長官としては、いや、多少なりとも頭の回るまともな大人であれば誰であれ、許可を検討することさえ愚かしいと思うだろう。


「連邦政府の高官としてはそう言うしかないでしょうね。

 私も一州知事として考えるなら、『YES』と言い得るはずもないことはわかっています。

 ですが、アイシャ。

 あなたには『YES』と言っていただかねばならないのです。私とあなた、そしておそらくは合衆国市民の利益を最大化するためにはね。

 あの金髪の小さな女の子が竜であることは既にご存知でしょう?

 そして、彼女がどんなにアルフ――あの金髪の美少年になついているのかも。

 彼らを引き離すことは、話し合いでは不可能ですよ」


「兄妹もどきのつながりを裂こうと考えるほど、連邦政府は無情ではありません。

 戦略兵器の管理に有益であることならば、クローン人間の生存程度は咎めませんよ。

 どのような出自であれ、あの男の子が今を生きていることは確かなのですから。

 竜と同じく、連邦政府の管理下に置くまでです」


「では彼の保護者であるハニヤ・エマコを捕らえますか? 彼女はそれを望まないでしょう。

 保護者の窮地をあれば、あの少年はきっと戦いを選ぶでしょう。竜といっしょにね。

 マクライナリのようにあなたが殺されることはないかもしれませんが、合衆国に内戦の起ることは避けられません。

 そうなれば、もちろんニューエデンも無傷では手に入らない」


「……日本政府にはハニヤは死んだと強弁し、戦略兵器担当の技術者として雇用す――」


「何より。

 私からあの子を奪おうとするなら、私は持てる戦力の全てを使って、ニューエデンで徹底抗戦を行います。

 いかに疲弊した合衆国とて、外患なき時局にあっては、州の一つを押しつぶすことくらいは可能でしょう。

 無数の合衆国将兵、および民間人の死体と瓦礫の山を築いた後、最終的な結果としてはね。

 しかし、それだけの犠牲を出して達成できることが、〝戦略兵器流出の阻止〟とは。

 採算の合うものですか?

 威力を発揮されるかどうかは不明で、万一そうなったとしても、被害を蒙るのは合衆国ではない公算が非常に高いのに。

 無用な血を流すことなく、現実的な実利を取るのです、アイシャ」


「……虐殺犯のマフィアを見逃すのみならず、戦略兵器流出という失態まで、私に犯せと言うのですか?」


「ええ。

 ですが流血なくニューエデンを手に入れるという輝かしい成果の前には、まったく些細なことでしょう。

 私の提案を飲まぬ場合、合衆国は祭政アステカ帝国との戦いに負け、ニューエデンと戦うことになる。一敗の後に一戦です。

 ですが合意いただける場合には、合衆国の戦績は一敗一勝・・ということになります。

 1人の兵も死なせず、1発の銃弾も撃つことなくね。

 良いニュースは多ければ多い方がいい。

 宣伝の仕方によっては、世論は祭政帝国に対する敗戦でなく、ニューエデンに対する無償での勝利に湧くこととなるかもしれませんよ?

 私も昨年末にやってみて良くわかったのですが、戦争は虚しい営為です。

 戦わずして勝てる道があるなら、それを選ぶにこしたことはないではありませんか、アイシャ」


「……良いでしょう、ヴェロニカ。あなたの口車に乗せられて、失態を犯すと致しましょう」


「ありがとう、アイシャ国務長官閣下。心から感謝します。

 この2点は連邦政府との取引というより、あなたとの個人的な約束です。ドン・ヴィペルメーラの名を辱めぬためにも、十分なお礼をさせてくださいな。

 大統領選に出馬予定があるそうですね? そのための資金提――」


「結構です、ヴェロニカ。

 みなしごから小銭を巻き上げるのは趣味ではありませんし、それが悪事で蓄えた富ともなればなおさらです。

 第一、私は政治家としてこれ以上のキャリアは望みませんよ。

 大統領ワナビ芸人のマクライナリはともかく、この歳になれば引き際をわきまえているものです」


「高潔なことですね。立場を忘れた一個人として、あなたの態度を私は好ましく思います。

 なればこそ、お礼をさせてほしいのです。何か、私や私の友人たちのできることはありませんか?」


「今日の合意を守ってくれればそれで結構。

 マフィアとの危ない付き合いを深めて余計なリスクを負いたくありませんから。

 ああ、それと。うちのひ孫があなたの彼氏とどのような仲になったとしても気にしないであげてほしい、といったところでしょうか」


「は!?

 アルフと御孫子との間で何かあったのですか? 初対面で、あんなに小さい子なのに……」


「さあ? 忙しい曾祖母の知ったことではありません。

 ですが何が起こるかわからぬものです。

 世の中には、初めて会ったその日に、男女が全裸で乗馬する関係になることもあるそうですから。

 ミズ・ディエスが教えてくださいました」


「休憩を取りましょうか。調印すべき書面の作成を待つ間に」


 国務長官をひっぱたきたい気持ちが起こったが、ヴェラは努めて冷静に振る舞う。


「そうですね。

 ところで、〝彼氏〟とだけで誰のことを指すのかおわかりになったようですね?」


「……私は小児性愛者ではありません。

 あなたの揶揄を理解したまでのことです」


「それはそれは。

 何であれにぎやかでよろしいことです。小娘らしい。この老婆にはまぶしく思えます。

 ……この方面から揺さぶりをかけていれば、もう少し譲歩をさせられたのでしょうか……?」



今日もPseudo Kaleidoをご覧くださりありがとうございます。


戦後交渉パートに一区切りがつきましたね。げにげに喜ばしいことです。

これもすべて読者諸賢ならびに関係各位の皆さまのおかげでございます。ありがとうございます。


エピローグ的エピソードをこなして、二三日中に無事完結、と相成ることが出来ればよいのですが。


本来書き溜めていたものを多少直すだけのはずだったのに、大ボスの処刑からこんなに続くこととは思いませんでした。今後もどうなるかはわかりませんが、ともあれやっていこうと思います。

前回の毎日更新よりも長くやり続けることが出来ていますので、このままの勢いでやりとげることのできるよう祈りをささげることとします。

 近頃12時ジャストからはずれ込むことが多くなってしまっているのですが、まあなんとかなるでしょう。そう思いたいことです。


あとがきの最後までお読みくださりありがとうございます。

読者諸賢、ならびに関係者の全ての方に、いいことのありますように。


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