ストライフ・オブ・コンプロミス
昼食後。
ヴェラとアイシャ国務長官の会談は再開され、一部事項について合意に至り、議題は別のものに移っていた。
ニューエデンは、存命の反乱罪有罪確定者たち全員の減刑および重犯罪刑務所への移送を速やかに行うこと。
事前送付リストの人員に、数名を加えた指名手配犯たちを連邦政府に引き渡すことで、合意した。
引き渡し犯の内訳は、シャムロックの庇護下にあった者たちと、ヴィペルメーラとシャムロックのどちらにも縁のなかった者たちで占められている。
彼らを引き渡すことは、ヴィペルメーラ・ファミリーにとって何の痛痒も存在しない。
また事前送付リストに追加して引き渡しが決定した手配犯たちも、単なる数合わせだ。
予めリストからわざと外しておいた者たちを、議論で疲労したのちに改めて付け加え、会議の成果であるかのように見せかけただけだ。
引き渡しについてのヴィペルメーラの予定は、何一つ変わっていない。ただ、会議で譲歩を演出してみせただけのことだ。
当然、アイシャ国務長官もそれを理解している。
だが、構成員の連帯を至上のものとする疑似拡大家族という、ヴィペルメーラの組織論理からして、〝身内を売り渡させ〟るのは、戦争なしには不可能だとわかっていた。
ヴェラ本人の逮捕も、完全勝利なしにはありえない。
以上のことから〝連邦政府は公然とヴェラたちの指名手配を続けるが、引き渡し犯に含まれていないことを咎めない〟という形で合意した。
両者の利益と体面への配慮はあるが、いかなる原則も徹底されない形となる。
だが、有意義な妥結であるだろう。
実際、今回の合意で引き渡される手配犯だけでも、ここ15年、――つまり悪の楽園ニューエデンが確立されて後の時代においては、前代未聞の成果なのだから。
祭政アステカ帝国との戦いが敗北に終わるであろう合衆国にとって、良いニュースは多い方がいい。
多少、吉報の規模が小さくなることはそれほどの問題ではない。
諸外国の犯罪者を一部見逃すことも、恩を売るための、元々存在しなかった機会が得られなくなるだけなのだから、構うことはない。
どんな国の司法機関がどんな証拠を押さえていてどういう抗議をしてこようが、合衆国がそれを退けるのは造作もないことだ。
目の前にいるハニヤ・エマコを取り逃すのは惜しいことだが、欲を出す訳にはいかない。
ひょっとすると、ヴィペルメーラ知事自身に危害を加えるよりも、交渉を暴力的に決裂させる可能性が高いであろうことを、アイシャ国務長官は理解していた。
ニューエデン州債の連邦準備銀行による引き受けについては、より速やかに合意することができた。
旧シャムロック・ユニオン保有分の州債は、事実結構な額ではある。
しかし旧サウスカロライナ時代の腐敗によって荒廃したインフラの整備をニューエデンが行ったことなどを考えれば、疲弊した合衆国にも、許容できない額ではない。
合衆国ドル建ての債券である以上、債務の内でも返済しやすいものであることは疑われないのだから。
「……旧サウスカロライナ州政府代表者と、旧州兵たちが州内部に入り、かつてのオコニー郡相当地域の一角にサウスカロライナ州を復興させましたね。
彼らが保持するのは、今なおほんのわずかな面積にすぎませんが。
ともあれ、この事実を、連邦政府はサウスカロライナ州の復興への第一歩としてとらえ、大変好ましく思っています。
しかしながら、先日行われたニューエデン州知事選挙に、サウスカロライナ州暫定知事のヴィクター・スターストライプス氏が立候補を許可されなかったのは不当なことです。
サウスカロライナ州の再興を願う合衆国市民は、州内にも州外にも一定数存在することを示す世論調査結果があります。
また、旧州政府の解体が、市民による革命権の行使として為された営みである以上、その取り消しもまた、民主的手段によって達成され得る状況が、保持されねばなりません。
連邦政府としては、可及的速やかな州議会の解散と総選挙、そして市民に当選を望まれる全ての候補者の揃った公正な選挙の開始を求めます」
「ヴィクター・スターストライプス氏のことは存じております。
亡命サウスカロライナ州州兵を名乗る、一民間軍事業者として、内乱の鎮圧に役立っていただきました。
治安維持業務費用の一部を、ニューエデン州政府が保有していた土地で支払ったこともね。私の決裁したことですし、議会も承認しています。
ですが、それだけのことです。
スターストライプス氏は、ニューエデン市民権をお持ちではありません。州知事選挙への立候補は当然不可能です。
どのような世論調査結果があるにせよ、投票の結果とは異なるものです。法的効力はありません。
そして私は、民主的な選挙を経て選出された正当なるニューエデンの州知事です。
先月の終わりまで州外退去処分を受けていた方を、連邦政府が徒に支持する現状を遺憾に思います」
もちろん、ヴェラ自身も、自らは民主的な支持を得て州知事となった者であるとは思っていない。
臨時議会で州憲法を改正して無理矢理就任用件を満たしたのみならず、慌ただしく行われた選挙も数多の術策に満ちたものだ。
ヴェラ以外の当選はあり得ない、ヴィペルメーラ父娘の権力継承儀式にすぎないと理解している。
「――――」
その事実を指摘しようと、アイシャ国務長官が口を開きかけたとき。
「と、言うのがニューエデン州知事としての建前です、アイシャ」
機先を制して、ヴェラは昼食時のような、幾分くつろいだ口調で言った。
「ですがあなたもご存じのように、州知事の称号は私の身を飾るものではあっても、私の本質を表すものではありません。
私はドン・ヴィペルメーラ。
我が父より受け継ぎし、ヴィペルメーラ・ファミリーの兄弟たちに最大の利益をもたらすとお約束いただけるなら。
私は、連邦政府にニューエデンを売り渡す用意がありますよ」
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