ローンチ・ランチ
「ニューエデンとしては、必要のない手間を、敢えてかける行為なのです。
連邦政府への好意を表すためにね。
確約に確約と、同等条件での妥結をお望みならば、内容についてご譲歩いただき、また他の案件について便宜をはかっていただかねば。
ニューエデン州債9割の引き受け。
私を含めたニューエデン州政府要人に対する指名手配取り下げ。
諸外国からの指名手配取り消しに向けた外交努力、以上3点。
これらについてご確約願えるなら、反乱罪有罪確定者たちの半数を、ニューエデン闘技場におけるプログラムから外すよう、運営企業に働きかけることを確約します。
有罪者たちのリストは事前にお送りしてあります。そこから、どなたに恩赦を与えるかは、そちらで選んでくださって結構です」
「同等条件とはとても言えませんね。
州債9割など、現在のニューエデン州債の金利の低さからして、そうそう集まるものではありません。事実上、これ以後に連邦政府の名前で借金する許可を与えることに等しい。
何より祭政帝国との戦争で疲弊した合衆国に、そんな余裕はありません。とても容認できませんね。
第二の条件については、確かに一部人員の容疑については証拠が不十分ですから、再審の上で手配を取り消すことが可能であると言えましょう。
ですが、ヴェロニカ。
あなた個人については別です。
お父上のことで情状酌量の余地があるとはいえ、あなたのやったことは、あまりにも司法に対して侮辱的です。社会に対する悪影響が大きすぎます。
逃走や証拠隠滅を図ろうともせず、自己の悪行を見せびらかす振る舞いは、どのような条件であれ、恩赦や手続き停止の対象とすることができません。
この事実を踏まえたうえで、話し合いを続けましょう。
諸外国の司法機関からの手配については、連邦政府の管轄外です。
引き渡し条約でつながっている友好国への内政干渉の確約など、とても出来るものではありません。
また、事前に送ってもらった『引き渡し用意のある諸外国からの手配犯のリスト』に、重大な欠落があるのは見過ごせません。
特に、日本天皇家に対する大逆罪で手配されているそこのハニヤ・エマコ。
そして、北フランスにおける幼児連続殺害事件の犯人であるラシェル・ヴェドリーヌが意図的に除かれているのは許しがたいことです。
ハニヤは言うに及ばず、ヴェドリーヌもフランス現大統領の甥を殺害しているのですよ?
合衆国にとって有益な国際関係を維持するために、彼女らの引き渡しは不可欠です。
これらの事情を前提に、非人道施設〝闘技場〟に捕らわれている全員の釈放、ないし懲役数年程度に減刑して刑務所への移送を確約なさい。
あなた個人の罪状については、お父上の件から減刑の叶うよう、働きかけを行うことを確約いたしますから。判事、陪審員、検察など、裁判の構成人員にも気を配れば、それなりの年数で済ませることが出来るでしょう」
「こちらもその条件は承服できません。
ニューエデン州債とは、連邦加盟州であった、旧サウスカロライナ州政府の腐敗の後始末のために発行されたものでもあるのですから。ある程度はお引き受けいただかなければ。
旧シャムロック・ユニオンのフロント企業群の保有分を、お引き受けいただくというのはどうでしょう?
一部人員の手配が取り消されるのはよろこばしいことです。彼らは何の罪もないのですから。
そして、無罪であるのは私も同様です。
再三述べました通り、一連の法務執行行為は全くの適法です。適法行為を行ったかどで裁判を受けるなど時間の無駄ですし、有罪判決を受けるのは見えていて、刑の軽重しか問題でないとは。まったく受け入れがたいものです。
私を罪に問おうとする限り、私は連邦法に従うことはできません。
この事実を踏まえたうえで、話し合いを続けていくといたしましょう。
〝外国に内政干渉はできぬ〟などどおっしゃられても、州内での出来事にあれこれ言われている最中ですから、全くそうとは思えませんね。
我々のお送りしたリストの手配犯たちを引き渡すだけでも、どこの司法機関にとっても多大な成果であるのではありませんか。
ここ15年では最大のね」
「それは、ニューエデンが世界各国の犯罪者たちを匿いつづけて来たからでしょう。
自らなした悪事の一部を取りやめることを、善行とは言いません。
成果などというのであれば、少なくともハニヤとヴェドリーヌは引き渡していただかねば」
「ラシェル・ヴェドリーヌは死にましたよ。私も死体を見ています。
そして、偉大なアメリカ合衆国の連邦政府は、いつから日本天皇のお抱えニンジャに成り下がったのですか? それともその使いっ走りですか。
同盟国の利益と、合衆国連邦政府の利益とは、完全に一致するものではありますまい。
内乱首謀者マクライナリの主治医という立場ゆえ、ハニヤが戦時の混乱の中で死亡するのは自然なことです。
死んだということにしておけば、合衆国の対面も保ちうるのではありませんか」
「過大な要求をするのは勝手ですが、嘘をつくのはいただけませんね。
ヴェドリーヌが闘技場で虐殺に加担していることを連邦政府は把握していますし、そこのハニヤは先ほど自白を行いました。
法に背いて公然と悪を為す者たちを放置することを、連邦政府は是としません」
「……何故そうお考えなのか存じませんが、確かにヴェドリーヌは死にましたよ。
そして、あちらの女性の名はエミー・ヨシノ。ニューエデン出身の善良な一市民です。あなたも名刺をもらったでしょう。
何か奇妙なことを言ったかもしれませんが、意味のないことです。
軍人の集団に銃を向けられて脅され、自由意志の抑圧された状況下での発言ですから、拷問による自白と同じく、それを証拠として採用するのは道義にもとります」
「……ハニヤについてはひとまず棚に上げておくとして、ヴェドリーヌが死んだと執拗に主張するのはどういうことです?
この、今月十日付の映像からして、生存と虐殺への加担は明らかなのではありませんか?」
アイシャは顎で合図を送り、事務官が映像を立体投影。
天井付近に、映像が現れる。
砂の敷かれた闘技場で、狼耳の若い美女が、素裸に二プレスと前張りだけの姿で、サーベルを振り回す。
男根の先端を斬り裂かれた全裸のシャムロック・ギャングの男が泣き叫んで敗走。
狼耳の美女は無慈悲に追いすがり、片方の手を斬り飛ばして嬲った。
そこで映像が途絶える。
「……もう少しまっとうなカットはなかったのですか?」
「大変申し訳ございません、国務長官閣下。顔の確認には適当かと考えて誤りました。
今後はモザイク処理などを行うことし、再発防止策とさせていただきます」
「まあそんなことにかける時間がなかったのは確かですから、いいのですが。
……ともあれ、これであなたの嘘が明らかになったと思いますが、ヴェロニカ?」
「……確かに、映っていたのはあの者と同じ顔ですね……
ですが、マクライナリの処刑執行時に、私があの者の死体を見たのは確かです。ラシェル・ヴェドリーヌは死んでいましたよ」
「まだそんな嘘を――」
「アイシャ国務長官閣下。ヴェラの言う通りです。
戦いの日、僕がラシェルを殺しましたから。今の映像もラシェルに見えます。だからきっと生き返ったのだと思います」
託児スペースからの声に、全員が振り向く。
今の今まで静かに遊んでいたアルフが、積み木をエマコのパーカーのポケットに入れながらつぶやいたのだ。
それだけ言いおわると、アルフは元のように黙々とエマコのパーカーのポケットに積み木を入れていく。
「えーと、国務長官閣下に州知事閣下、うちの子がが邪魔して御免なさいね。
失礼を重ねて口出しさせてもらうと、クローン技術で作った肉体に生体ドロイド用のAIを入れて動かしてるものだと思いますよ、あの映像の狼耳のお姉さんは。
闘技場で人気の出た人はそういうのを作って、非番の日にも出場させたりするそうなので」
「僕が休みのときに、アーサーが出たりしたのかな?」
「――うん、それと似たような話。
アーサーはアルフと同じで、ヒト脳搭載型だったから、あの映像のお姉さんとは違うけどね。
ではそれだけ。気になるなら州知事閣下がお問い合わせなさったらどうですかね?
誤解し合ったままどうでもいいところで時間かけ過ぎるのもまずいと思ったのでお邪魔しました。申し訳ありませんね。
――ね、アルフ、積み木入れるの楽しい?」
「ん、わからない……」
「じゃあ出して良いかな?」
「いいえ、エマコ」
「えらくしっかり拒絶するね……」
「……ということのようです、アイシャ」
ヴェラの言葉に、一同は会議が続いている、という当然の事実を思い出す。
「ヴェドリーヌが死んだということは、ご理解いただけませんか?」
「そういうことであれば矛盾はありませんね。ですがフランスに通知するにあたって、確証が欲しく思います。
闘技場でのヴェドリーヌ型ドロイドの運用状況と、死の証拠。それらを用意していただきたい、ヴィペルメーラ知事」
「承知しました。手配しましょう」
ヴェラはニコラスに合図をする。
ニコラスはうやうやしくうなずくと、端末を猛スピードで操作していく。
「……多少の時間はかかるでしょう。そしてもう、結構な時間です。
この辺りで、一つ小休止を入れませんか、アイシャ」
「そうですね……あなたの提案に賛成します、ヴェロニカ。
会議を一時的に休止し、昼食を取ると致しましょう。」
†
「あんた、とってもきれいなかおね。アニメのおうじさまみたい」
「ありがとうございます、ミズ。良く言われます」
中東系の幼児が、隣に座るアルフの顔をなでて言い、アルフが言葉を返した。
「ってか、ビデオが送られたきりで、この空母にはいないわけじゃなかったんだね……」
「危険でしたから、遠ざけて他所でボディーガードに相手をさせていたのです。
どなたかがなさろうと試みたように、人質にされぬともかぎりませんから」
「なるほど。……ま、あなたやあなたのお仲間が大人しくお昼食ってる限り、私も大人しくしてるから安心してよ。
実際問題ないと思ってるから同席させたんだろうし、こんな念押しはいらないかもだけど」
エマコのつぶやきをアイシャ国務長官が拾って答え、さらにエマコが言葉を返した。
会議の参加者たちと子供たちは、輪状に並べられたテーブルを共にし、空母の調理施設で作られた昼食を取っていた。
「それにしても、本当に御孫子がいらっしゃるとは意外です。
何故連れて来たのですか、アイシャ?
子守業者手配の名目で、私にアルフやイヴを連れてこさせ、ついでに保護者である彼女を呼び寄せる目論見なら、実際に御孫子を連れてくる必要はないはずです」
「言ったとおりですよ、ヴェロニカ。
孫夫婦に預けさせられて、子守業者の手配にしくじったのです。
国務長官だろうがなんだろうが、私は彼らにとって単なる祖母でしかないのでしょう。
あまり目を放してばかりでいるのもはばかられて、子守りをつけてなるべく一緒にいることにしましたが、珍事が重なりまして今の事態になったのです」
「珍事ですか……」
「苦労して設定したニューエデン代表者との会合が、お父上の御不幸のために再設定せねばならなくなり、苦労してなした再設定も、あなたの行いのために無駄になった。
今日の会議の設定が半ばまですんだところで、担当者は急に退職を決めましてね。
引継ぎ損なった業務に、子守業者の手配があったという訳です」
「公務員は大変だな……何もかも爺さんが悪い……仕事納め直前に内乱を起こす奴があるかよ……」
「ええ。……あの者の野心からの悪行が、そのような形での悲劇をも起こしていたとは。
実に遺憾なことです。」
本日も〝Pseudo Kaleido〟に御高覧を賜り、誠にありがたく存じます。
皆様に良きことのありますように。