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ハード・ミーティング



「…………」


 アイシャは歯噛みする。


 傲然たる態度で、ヴェラは先に融和姿勢を取って見せた。


 だがその実、ニューエデン側の戦闘力はさして変わっていない。


 いみじくもヴェラ本人がのたまったように、合衆国海軍所属空母の艦内で、1人1人の戦闘力などさしたる問題ではない。


 仮にヴィペルメーラ・マフィアたちの人数が倍であり、かつ完全武装であったとしても、なお、水兵たちが圧倒的に優位だ。

 ここは彼らの本拠地なのだから。


 制圧に関してかかる時間・被害に多少の差はあれど、人間同士の実力行使が水兵たちの勝利に帰結することは変わらない。


 では『アイシャは、暴力でヴェラに屈服を強いることができるのか?』といえば否だ。


 童女の姿をした竜が、未だ託児スペースに侍っている。


 脅迫から一歩進んで、実力行使に踏み切ってしまったとき。


 ヴェラは近侍の美童に命じて竜の力を発揮させ、相討ちに持ち込むはずだ。


 偵察衛星を使い、連邦政府はヴィペルメーラ・シャムロック間の抗争の推移を概ね把握している。


 報告された竜のすさまじい戦闘力に、疑問を挟む余地はない。


 外部から飛来する場合には、ある程度の抵抗も可能だろう。だが、既に内部に入られている今、戦いを試みるのは無謀が過ぎる。


 確かに、空母一隻が内部から撃沈されたとしても、合衆国軍の他の戦力は残っている。


 空・海軍の連携によって最終的には押し勝つことが可能だろうが、検討余地のない選択肢だ。


 祭政アステカ帝国との戦争で疲弊した合衆国に、そのような無意味な冒険をする余裕はない。


 成否にかかわらずアイシャの死は確定事項であるし、空母、《ドナルド・トランプ》の全将兵も同様だ。


 何よりも重い人命を無駄にするわけにはいかない。


 つまり、既にアイシャは完全勝利を目指す状況にはないのだ。


 慇懃極まる厚遇から、一転しての脅迫で心理的動揺を誘い、全面降伏という誤った選択肢を選ばせる作戦は失敗した。


 その失敗を踏まえたうえで、合衆国の利益を最大化するのが、アイシャの国務長官としての現在の義務である。


「……いいでしょう、ヴェロニカ。私も、誉れ高き合衆国軍の勇士たちに、無体なことはさせたくありません。

 ――騒がせましたね、大佐。ご苦労様です。

 ニューエデンの皆さんと同じ数だけの人手を非武装で残し、通常業務に復帰して頂けませんか?」


「承知いたしました、国務長官閣下

 ――大尉! 撤退要員の選抜を任せる!」


「アイアイサー!」


 威勢よく応じた士官に率いられ、水兵たちは仲間の銃を持って退出を始める。


「ありがとう、アイシャ。ついでに、私の友人たちの銃も回収させてくださるかしら?

 無論、慎重な取り扱いを期して、ですが」


「そうするのが筋でしょう。

 合衆国の勇士たちが丸腰なのに、民間人はポケットから床に置くだけで良いというのは奇妙なことです。

 ――大尉、ニューエデンの皆さんの銃もよろしくお願いします」


「アイアイサー!

 ――水兵ども! きびきび動け!」


「「「アイアイサー」」」


 自身の名誉の一部とも言うべき、愛しき武装が持ち去られるのを、ヴィペルメーラマフィアたちは複雑な気持ちで見守る。


 だが、これでようやく交渉が始まるのだ。


 椅子を引く係の水兵に、高貴な所作で愛想を向けて、ドン・ヴィペルメーラはテーブルに着く。


 対面にはアイシャ国務長官。


 向かい合う両者の奥の壁には、星条旗とニューエデン州旗とがそれぞれ立体投影されていた。


     †


「では、ヴィペルメーラ知事。

 連邦政府の立場を述べさせて頂きます。

 ニューエデンについて看過できぬ問題は多々ありますが、最も大きな懸念は州内で行われ、かつ進行中の虐殺です。

 知事ご自身がなさって、動画配信で世界にお見せになった、マクライナリ氏への拷問を伴う私刑、ならびにビル爆破解体を利用した虐殺は、人道に背き、人権蹂躙甚だしいものです。

 また、内戦の従事者たちが、今も闘技場なる非人道施設で虐殺されているという情報もあります。

 このような問題のあるニューエデンとは、連邦政府が協定を結ぶことは難しいでしょう。

 この問題については、どのように対処なさるお積りですか?」


「まず、先ほども伝えました通り、マクライナリやその一味の処刑は、適法かつ内戦終結に不可欠の法執行行為です。州内で起こったことであり、州裁判所と議会がこれを認めている以上、〝人道に背いている〟との印象を一部の人間が抱いたところで、正当性が揺らくことはありません。

 闘技場もニューエデンの法においては適法の施設であり、そこで行われている行為がどのようなものであれ、やはり法的な問題はありません。

 よって連邦政府によるご指摘は無意味であり、単なる内政干渉でしょう。いかなる問題も存在せず、存在せぬ問題への対処は不要である、というのがニューエデンの見解です。

 ですが、ニューエデンは周辺住民の感情をいたずらに傷つけることが最善であるとは考えておりません。必要のない行為ではありますが、ニューエデンに対する何らかのご配慮を確約いただいたうえであれば、連邦政府管内の住民感情に配慮した、一部制度の変更を検討することもやぶさかではありません」


「こちらに確約を強いながら、そちらがなさるのは〝変更の検討〟に過ぎぬとは、筋が通りません。

 確約を求めるなら、そちらも履行を確約していただきたい」



今日もプソイドカライドをご覧くださりありがとうございます。


皆様に良きことのありますように。

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