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スターティング・ミーティング



「うぇああああああああああああああああああああああ!!」


「私はマジで何にもしてませんから! 信号無視くらい!」


 腕の中で泣き出したフローレンスに負けず劣らず大きな声で、メアリアナは潔白を訴えた。


 敵に女子供が混ざっていることにも取り合わず、武装した水兵たちは方位の輪を狭めていく。


「クソ……!

 そうだアルフ! あの婆さんの孫っぽい子を人質に取って!」


「エミー、どの子?」


「ほら、この部屋に入ったとき、もうここでお馬さんごっこしてもらってたあの子――!?」


 エマコは驚愕する。


 先ほどまで確かにいたはずの、中東系の幼児の姿が消えていた。


 アイシャ国務長官の孫と思しき幼児は、一体どこに行ったのだろう?


「ああ、あれは、この前送られてきたひ孫のビデオを、背景をトリミングしてから実寸大で立体投影したものです。

 元パントマイミストのジェイソン二等水兵の熱演もあって、ここが託児所だとあなたたちに誤解させるのに役立ちました。

 実際は、犯罪者狩りの猟場ですが」


「お褒めにあずかり光栄です、国務長官閣下」


「さあ、ならず者ども。

 命が惜しくば武器を捨てて、あなたたちの親玉を合衆国に引き渡しなさい。

 合衆国の法は公平です。あなた方への刑罰は公正なる裁判の上で決定されます。

 罪を認めるのが早ければ早いほど、無罪を勝ち取る可能性が高くなりますよ?

 最初に投降を決めた方には、私が知り合いの高名な弁護士を紹介してあげましょう。依頼料も全額出してあげます」


 国務長官の言葉で、ヴィペルメーラ・マフィアたちのスーツの内側を、冷汗がつたう。


 無論、あからさまな空手形に飛びついて、ドン・ヴィペルメーラを裏切ろうとする愚か者はいない。


 ヴェラはヴィペルメーラを逆転勝利に導いた優れたドンであり、コンシリエーラ・ジュディアの補佐を欠いた今も、申し分のない働きをしている。


 だがファミリーの長として優れていることは、アメリカ合衆国の司法権力を正面からねじ伏せることが出来る、という意味ではない。


 それを思うと、誰か1人が恐怖にかられないとは限らない。


 そして人の内心を見ることが不可能である以上、裏切りによる被害を蒙る前に、予め裏切ろうと考える者が出る可能性もある。


 誰も自分からはヴェラを裏切ろうとは思わない。


 だが左右の朋輩がどう考えているのか、誰にもわからない。


 裏切られる前に、裏切ろう。そう考えそうな相手であるから、ことを起こされる前に機先を制そう。


 そうされる前に――疑念の袋小路だ。


 ヴィペルメーラ・マフィアたちは、見た目には完全な円陣を組んでヴェラを守る。だが実際のところ、守りの堅さはどの程度のものだろう?


「……まったく。

 衰退中の大国の政治家とはみっともないものですね、アイシャ」


 円陣の中から、面倒くさそうなヴェラの声が響いた。


 声には怒りが含まれてこそいるものの、半ば呆れたような、突き放した言いようだ。


 これまで国務長官とかわした言葉の内、最も緊張の色がない。ドン・ヴィペルメーラはあくまで冷静だった。


「大統領に仕えるあなたにも立場があることは理解します。その大統領にしたところで、合衆国市民1人1人の選挙権に仕えているわけですし。

 見栄を張らねばならぬというのは、ええ、わかります。

 ですがあなたのやり方は、あまり有益とは言えませんね。

 〝吠える犬は噛みつかぬ〟と、わかりきったことを前提にして、私は交渉に臨むつもりでいましたし」


「言葉に気をつけなさい、チンピラマフィア。

 合衆国は犯罪者と交渉などいたしません。

 のこのこ罠にかかった犯罪者を、私は一網打尽にする。

 そのためにこそスケジュールを調整したのです。他の予定はありません。大人しく逮捕されなさい」


「逮捕とは奇妙なことを言いますね。

 我が父を始め多くの人間を殺したマクライナリ、ならびにかの悪党の子分どもの処刑は合法です。

 内戦終結に不可欠の死刑執行であったと、ニューエデン州立裁判所が無罪判決を出していますし、議会もこれを全会一致で承認しています。

 ほかの罪状については言われていないので、私の方では判断できませんが、話さずとも結構です。

 いかなる内容であれ、逮捕状とやらは無意味なデータにすぎません。紙の書類なら、子供たちのお絵かきの道具にもできるのですがね。

 一切はニューエデンでの出来事です。

 旧サウスカロライナ州政府が革命権を行使した市民たちに倒されて以来、合衆国連邦を離脱した土地ですから、連邦裁判所がとやかく言うのはお門違いです。

 他州に被害者がいるというなら、まあ、ニューエデンの司法機関にしかるべき書面を送っていただいて、事と次第によっては協力するのもやぶさかではないでしょう。

 ですが、それは法務現場の人間のすべきことです。

 引き渡し条約締結についての協議ならともかく、そのような仕事までさせられるとは、大変ですね。

 合衆国の外聞のために無意味なパフォーマンスを強いられ、その上雑用とは。

 同情します、アイシャ。

 だからといって、私に当たるのを許そうとは思いませんが。まず、兵どもを疾く退かせなさい。無礼ですよ」


「私こそあなたに同情させていただきます、ならず者の小娘。

 まだ16歳なのに、パパを殺されてこわかったことでしょうね。

 ニューエデンが法治社会でなかったがゆえの悲劇です。よって、当地でいかなる判決がなされようと、欺瞞でしかありません。

 大人しく連邦法の庇護下に降りなさい。

 あなたの凶行の背景は、同情の余地のあるものですから、裁判がどう進むかはわかりません。

 あなたが投降を決めるなら、先に述べた特典をあなたに与えたっていいのですよ?

 大好きなパパも乳母の女もいない今、あなたの身を守ってくれるものは司法しかないとわかっているでしょう、ヴェロニカ?」


 『100年は刑務所を出られない』と言っていながら、司法取引を示唆するアイシャの矛盾をヴェラが指摘しようとした瞬間。


「ファッキンファッキューファッキンファック!」


 突如、後方から男の叫び声が起こり、ヴェラは息を呑む。ジョーだ。


 張り詰めた雰囲気に耐えられなくなったのか、あるいはドン・パオロやコンシリエーラ・ジュディアの死を持ち出されたがための怒りか。


 ともあれ叫びを上げながら、銃による事態解決を図ろうとする。


 ジョーの叫びを聞いて、アイシャの孫を探しておもちゃのバケツをひっくり返したりしていたアルフもまた駆けださんとする。


 そこをエマコに抱きつかれて体重をかけられ、未然に動きを阻まれる。


「ちょっ、待ってアルフ! また暴力のターンじゃないから! もう少しヴェラちゃんに任せてあげて」


「けれど、エミー。

 銃を向けられたら、殺して良いのではなかったの?」


 アルフは無知であるが、記憶力は決して悪くない。


 言われた通りの呼び方をして、事前の指示を確認する。


「アルフ坊やがファッキン正しい! 素直になるまで頭数を減らしてや――」


「落ちつきなさい、ジョー。あなたは6歳と10か月の子供たちの前で、一体何を見せようというのですか?

 言葉遣いも教育的な父親とは言えませんね。

 私の警護は十分ですから、メアリアナに育児について教わっていらっしゃい」


「……はい、ドン・ヴィペルメーラ……」


 ヴェラに肩を叩かれてジョーは円陣から送り出され、メアリアナの腕の中のコニーと傍に立つトミーの元に向かった。


「ぱ、ぅ、ぱぱ」


「おおお……コニー……!」


 メアリアナからジョーは娘を受け取って抱える。


 ちいさな、かわいらしい手で、ばしばしと顔を打たれ続けるに任せ、安心とも、凶行を行う寸前だったことの恐怖ともつかぬ心地の狭間で、揺れる。


 そうして、ただただ我が子の名前を呼んだ。


「パパ、うんこ。……もらした……」


「パパはうんこもらしてないぞトミー!」


「おこらないでよ……おれだってもらしてくてもらしたんじゃね――ああああああああああああ!」


 父と同じく、場の張り詰めた空気に耐えられなかったトミー。


 父が近寄ってきたことで気が弛緩したのか、失禁してしまっていた。


 泣き声と共にすぐに臭気があたりに漂い出し、またトミーの泣き声がフローレンスやコニーの涙を誘った。


「「「ああああああああああああああああああああああああ!」」」


「地獄絵図かよ……」


「とりあえずトイレ連れて行きたいんですがどっちですか!?」


 エマコがぽつりとつぶやき、メアリアナが事態の解決に向けて動く。


「ジョンソン二等水兵、パントマイムでクソを消してこい!

 そして他の奴サーキュレータ! 艦内の換気も大切な仕事だぞ!」


「「「アイアイサー!」」」


「ではミセス、私について来てください。トイレまでご案内します」


「あっはい!

 お父さんもついて来て!」


「わかった!」


「待てマフィア野郎! 手持ちの武器は置いていけ!」


「あ?

 名誉ある男が、ファッキン国家権力の命令に従って裸になって、アスホール差し出してファックさせるとでも思うのか!?」


「では私が命じます、ジョー。銃を置いていきなさい。

 ここは彼らの本拠地です。あなたがどれだけ勇敢に戦ったところで、一個人の戦力でできることはありません。

 融和的に振る舞ってくれる方が、よほどファミリーのためになるのですが、従えませんか?」


「失礼いたしました、ドン・ヴィペルメーラ」


 ジョーはスーツの上着を脱ぎ捨て、脇下の銃が入ったホルスターをふり捨てる。


「じゃあ行こう。パパもうんこしたくなってきた」


「ん……」


 そうして、メアリアナおよび子供たちと共に、水兵たちの包囲網に開けられた穴を通って、部屋を出ていった。


 ヴェラ他、何人かのヴィペルメーラ・マフィアたちは彼が足首に小型拳銃を隠しているのを知っている。


 だがあえてそれを指摘しようとも思わなかった。


「……静かになりましたね……

 ――ヴィペルメーラの兄弟たち。あなたがたも、銃を置いて彼らを安心させておあげなさい」


 マフィアたちの間に、しばし動揺が走る。


「聞こえなかったのですか? それとも、ジョーに言ったことをくりかえさねばなりませんか?」


「「「……はい、ドン・ヴィペルメーラ」」」


 マフィアたちは、仕方なしにその場に武器を置き始めた。


「これで私の友人たちは丸腰です、アイシャ。

 合衆国の軍とは、非武装の市民にも銃を向け続けねばならぬほど、か弱い存在なのですか?」



本日もプソイド・カライドへのご高覧をたまわり、誠ありがたく存じます。


皆様に良きことのございますように。

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