ゼイ・ノウ・ゼイ・アー・トータリー・ネイキッド
機外に出たヴェラは、原子力空母、《ドナルド・トランプ》甲板に整列する儀仗兵たちを睥睨する。
なるほど、確かに見事なものである。
相当な扱いであるということが、視覚的に察せられる。
ヴェラは少しばかり安心する。
連邦政府は、それなりの敬意を払うつもりがあるらしい。
あまり突飛な要求を出されることはあるまい。
ヴェラを含め、外交の素人しかいないニューエデンでも、どうにかなりそうだ。
会談は有益なものとなるだろう。
緊張を悟られぬよう、なるべく普段の歩みを心がけてタラップを降り、ヴェラはヴィペルメーラ・マフィアたちと共に国務長官に近づいた。
「初めまして、ヴィペルメーラ知事。
私はアイシャ・ビント・バラク・フセイン・アル=スーリヤーです」
アイシャ国務長官が言った。
中東系の矍鑠たる老女だ。白銀色の短髪、高い鼻。
紺地のフルオーダースーツに、調和あるアクセサリー。
叡智に煌めく両の瞳。年齢は103歳。万能細胞による若作りはない。
だが老いを感じさせない雰囲気がある。パトリックとはまた違った形の、老錬の活力だ。
「初めまして、アイシャ国務長官。
私はヴェロニカ・マルタ・スクレンティア・ヴィペルメーラです。お会いできて光栄です」
ヴェラは挨拶を返す。
アイシャとヴェラは外交儀礼の握手とハグを交わす。
「今日はありがとう、ヴェロニカ。
本来ならこちらで業者を見つくろうべきですが、ロジスティクス担当が痴れ者で。
あなたが子守を連れてきてくれて助かりました」
早速ファーストネームで呼びかけてきたことにやや気圧されながらも、ヴェラは平然を装って答える。
「いいえ、この程度なんともありません、アイシャ。
私としても、親族の子どもたちにすばらしい体験をさせてあげる機会を得られて、とてもありがたく思っています。
さあみんな、アイシャ国務長官閣下にご挨拶なさい」
「「こ――ん――にちは――国――務長官――閣下」」
アルフとジョーの長男であるトミー、2人の声が、だらだらと不揃いながらも重なって響く。
そのほかの乳幼児たちは、未だ言葉を話せない。イヴもまたそうだ。
「元気なようで何よりです。それでは参りましょう。」
ヴェラとアイシャは連れ立って、空母艦内へとゆっくりと進んでいく。
ヴィペルメーラ・マフィアと子守業者に子供たち、そして国務長官付きの事務官と水兵たちが、2人の後に続いた。
「あの、ところで私たち子守りはどこに行ったら良いですか? 国務長官閣下のお孫様は……?」
メアリアナは、ふと近くにいた水兵に問いかける。当然、会議の場とは別のところに行くことになると考えていた。
自身が声をかけられたことを、一瞬時をかけることで水兵は確認し、上官の顔をうかがう。
水兵の上官は、事務官のうち最も年かさと思しき男と目線を交わす。
彼は素早く行列の先頭へ走り行き、アイシャ国務長官に耳打ち。
「――子守りの皆さんも、私たちの会議室にいらっしゃってくださいな。
元々、何人もの将校が集まるための部屋です。
会議を行うのが私とヴェロニカの2人なら、一部の机を運び出して、子供たちのためのスペースを作っても、十二分のゆとりがありますから」
「わかりました。そういうことでしたら、そのように。
お答えくださりありがとうございます」
一行は、再び艦内を進む。
〝子供がいるのなら、自分の親族の子も連れて行く〟という建前の元に、ヴェラはアルフとイヴを連れてきた。
戦略兵器たる竜と、精強なる戦士であるアルフを。
ヴィペルメーラ・マフィアたちも、忠節で勇敢ではある。
だが艦隊と対抗できるだけの人数を連れて行くことはできない。
竜なら、たった一人で恐るべき戦力である。万一実力行使に出られても、拮抗状態を作ることが可能になる。
そう考えて、ヴェラは2人を連れてきた。だがこの様子だ。無用な心配だったらしい。
一行は会議室らしい大きな部屋へと入る。
会議室は広々とした格式ある作りだ。
軍艦らしい、無機質な武骨さの目立つ艦内通路に続くところとは思われない。
富豪の屋敷の居間か、五つ星ホテル。あるいはワシントンのホワイトハウスにでもありそうな一室だ。
高級な調度の置かれた室内の片隅。雰囲気違いの急ごしらえのスペースがある。
カラフルなウレタンが敷かれていて、中東系の幼児が、馬役になった屈強な体躯の二等水兵に跨り、ぬいぐるみを揺すっている。
話にあった、こども用のスペースだ。
「さ、こっちだよ」
メアリアナが、自身の子とジョーの次女であるコニーを左右に抱えてから、トミーに呼びかけた。
「君たちもおいで」
「はい、エミー」
「ぎゃあ」
エマコの呼びかけにアルフとイヴが応え、子供用スペースに向かった。
日米が引き渡し条約でつながっている以上、合衆国の司法・政府関係者と顔を合わせるのは、エマコにとってリスキーだ。
新人子守りという偽の身分があったとしても、ちょっとしたことでバレないとも限らない。
そこで付け焼刃ではあるが、今日に限って自身のことを〝エミー〟と呼ぶように、予めエマコはアルフに言い聞かせて置いた。
元の名前と似た発音にした名前を選んだのは、万一アルフが呼び誤った際にも、言い訳の利くようにと考えてのことだ。
「見た通りだ、新兵。
専門家の方がいらしたから、貴様はとっとと原隊復帰しろ」
「アイアイサー!
――レディ、お別れです。どうぞ御下馬のほどを」
「しかたないね」
上官の命令を受けて、二等水兵は中東系の幼児を背から降ろして立ち上がり、部屋を出て行った。
「これで兵力が元に戻りましたね」
「おっしゃる通りですな、国務長官閣下」
「子守りの方々」
「「は、はい」」
「今日はお世話になります。お名前を聞いてもいいかしら?」
アイシャは穏やかに、エマコとメアリアナに問いかけた。
「メアリアナ・ディエス。
《マダム・スザンナズ・ナーサリーサービス》の熟練子守です」
「同じくエミー・ヨシノです。
新人子守です。よろしければ名刺を。割引券にもなりますので」
エマコは腰を折って立礼し、偽の名刺を差し出す。
「あら、ありがとう」
アイシャは名刺を受け取って、鷹揚に言った。
「もしニューエデンに行くことがあったら、あなたたちの会社にお願いするよう、子供たちに伝えておきます。
ところでエマコさん」
「エミーです。
日系の女で、ファーストネームに〝コ〟がつく人はたくさんいますけど」
エマコはぎくりとする。
致命的な失敗をしてしまったことに気づいた。
無駄だとわかっていながら、嘘を取りつくろう言葉が、にこやかに口から流れる。
「ではエミーさん。
私は日本の検非違使庁のトラウさんと仲良くさせていただいているのですが、彼に面白い話を聞きましてね。
指名手配犯のハニヤ・エマコという犯罪者が、ニューエデンに潜伏しているそうなのです。
元は背の低い、60歳手前の陰気な女だそうですが、万能細胞を使って長身の若い美女に化けているとか。
面白い話ですよね?」
「ちっきしょう!
……何でわかったのさ、政治家の婆さんよ?
私のこと〝エマコ〟って呼ばないように、アルフには言い聞かせておいたのにさ」
アイシャは間違いなく確信を持って話している。
取りつくろう意味も必要もないとわかり、エマコは食ってかかる。
「事前の内偵です。
呼び方なんて問題ではありませんよ。推理小説ではあるまいし」
「そんな、何かの間違いです、国務長官閣下。
彼女はただの――」
「犯罪者です」
うろたえて発せられたメアリアナの言葉を、にべもなくアイシャは引き取った。
そうして、アイシャは指を鳴らす。
会議室のドアが開け放たれ、武装した水兵が続々と集結する。
先ほどまでアイシャの孫とおぼしき幼児の馬となっていた男も、包囲の輪に加わっていた。
「ファックアス!
野郎ども、ドン・ヴィペルメーラをお守りしろ!」
ヴィペルメーラ・マフィアたちは慌てふためき、ヴェラを守らんとして円陣を作る。
「これは一体どういうことですか、アイシャ!?
私の友人たちに不当な汚名を着せることは許しません! 今すぐ兵を下がらせ、彼女に謝罪なさい!」
「あなたにも逮捕状が出ています、ヴェロニカ」
上ずった叫びをあげるヴェラに、アイシャ国務長官は事務的に伝える。
「マクライナリに対する一級謀殺と、ニューエデンでの虐殺への命令など、その他色々の罪状で。
100年は刑務所から出られると思わぬことです。
――さ、この女2人を逮捕しなさい。そして、そこの金髪の子供2人も。
1人はヒトクローン製造罪の証拠物件で、もう1人は戦略兵器制限条約の違反証拠。
接収して収容なさい」
本日もプソイド・カライドをご覧くださりありがとうございます。
皆様に良きことのございますように。