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ステップ・トゥ・ビー・アダルト



 ニューエデン市内、閑静な市立公園。


 その人気のないトイレの、木立に隠された裏側。


「――野郎ども、準備は良いか?」


 血走った目の男が、仲間たちに問いかける。


「ええ。しかしボス、ほんとにやるんですかい?

 ユニオンはもう無くなっちまって、プレジデントも死んじまっ――」


「ファッキンシャラップ! それはフェイクニュースに決まってんだよ!

 ヴィペルメーラは偽映像を作るくらいのことはする連中だろうが!」


「それはそうなんすけど、でも――」


「いいからやるんだよ!

 俺たちが生き残るには州外逃亡! そのためには人質! あのガキはカモ!

 え、そうだろ――」


「こんにちは、ミスター」


 言い争うシャムロック・ギャング残党たちのもとに、天から声が降ってくる。


 声の主は、公園のトイレの建物の上に立っていた。


 誘拐する予定だった金髪の少年に声をかけられ、ギャングたちは仰天した。


「「!?」」


「エマコ、顔認証も合ってるって」


 金髪の少年が呼びかけた。


 誰と話しているのか確かめる間もなく、ギャングたちは足音に左右から挟まれる。


「はーい。

 ――いやー、ヴェラちゃんから『アルフの誘拐計画が立てられてる』って、あなた方の顔写真付きで連絡があったときはびっくりしたけど、実際に会ってみるとなおびっくり」


「そういうわけだ、シャムロック野郎ども。

 武器を捨てて端末と財布を寄こしやがれ。

 射殺か闘技場送りが妥当なところだが、俺は優しいんで、従えば報告は上げねえでおいてやるぜ?」


 東アジア系の背の高い豊満な美女がまず言い、生え抜きのヴィペルメーラ・マフィアと思しき銃を構えた男が言葉の続きを拾った。


「「ファック……」」


 〝公開処刑の場にも立ち会ったドン・ヴィペルメーラ側近の少年をさらって人質にし、州外逃亡への手立てとする〟


 ギャングたちは、隠密に立てたはずの作戦が、何故か完全に把握されていることを知って、絶望した。


 そうして、破れかぶれの暴力に打って出ようと腰の銃に手を伸ばし、そこをヴィペルメーラ・マフィアに射殺された。


 ことが済むか済まぬかのうちにアルフはトイレの屋上から飛び降り、イヴの待つ公園の中央部に走り去っていた。


「……しかしこわいね……」


「そうだろう? だが暴力これがこの世のリアルよ。

 護衛を行った名誉ある男、このドン・ジョー・ウーヴァカルダによくよく感謝しやが――」


 2人取り残されたエマコとジョーは、それぞれの視点で言葉をつづる。


「いや、こういう向こう見ずな暴力もこわいけどさ。

 個人と個人の端末の通信内容さえ把握して、それを有効利用できちゃう技術とかメンタルがこわいな、って話」


 ビルディング爆破に伴う虐殺に怯えたシャムロック・ギャング残党たちの一部は、暴力による現状打破を試みた。だが、全て不発に終わっている。


 アルフ誘拐を試みた彼らにしても、捕虜となった際に端末に仕込まれたスパイウェアを警戒して、新しく購入した端末で連絡を取った。だが、やはりしくじった。


 これらは、既にニューエデンにおけるヴィペルメーラの覇権は決定的なものであり、内部から崩す余地のないことの証左だろう。


 市内の監視カメラ網の顔認証による徹底した人物追跡。


 各携帯電波基地局での通信内容傍受。


 これらの社会管理技術は、戦前においてニューエデン州政府の専有物だった。


 しかしながら州政府の権力は、ヴィペルメーラとシャムロックで分かち合う形で保有されていたために、社会管理技術が抗争に利用されることはあまりなかった。


 もし、自組織に有利なように運用しようとしても、同等のアクセス権限を持つ相手にたちまち妨害されてしまうからだ。


 そのため、両組織とも敵方に社会管理技術を使われることがないよう監視・妨害するに留め、情報収集は古臭い手段で行われるばかりだった。


 アルフの視聴覚情報のエマコへの流出は、例外中の例外だ。


 一応、シャムロックの優勢時にヴェラの捜索に使われてはいる。


 それもヴェラが地下に籠っていたことと、期間の短さのために時間稼ぎの策でしのがれたこととで、有効手段とはならなかったのだ。


 だが今は違う。


 ニューエデン州知事に就任したヴェラ率いる新生ヴィペルメーラ・ファミリーは、社会管理技術を含む公権力の一切を独占的に掌握した。


 シャムロック・ユニオンの相互連絡アプリケーションも、拷問処刑されたゲイリーが可能な限りの情報を渡してしまっている。


 アナログで連絡を取り合うにしても、そもそもシャムロック残党たちは、互いに互いを信用し得なくなっている。


 ヴィペルメーラに寝返った者たちが監視要員として雇われていることは確実であるので、誰彼構わず本音を話す訳にはいかない。


 また、闘技場でのこともある。


 闘技場に送られたシャムロック残党たちは、お互いに殺し合いをさせられ、勝者だけが釈放された。


 敵に強いられてのこととはいえ、生き残るために仲間を殺した者は、仲間に対しかつてのような友好意識を抱くことはできないだろう。


 何より朋輩たちから、ヴィペルメーラの手先としか見なされまい。


 仲間同士の殺し合いを拒否した者は、近隣施設の〝殺人体験ワークショップ〟に送られ、観光客たちのコト消費の材料として死んでいった。


 治安はニューエデンの平時の水準まで回復し、観光客たちも平年の数に戻っている。


 結果を見る限り、ヴェラのやったことは、ドン・ヴィペルメーラとして誤りではないのだろう。


 だが、アルフの視聴覚情報でかつて見たり、共に過ごした少女の振る舞いとしては、エマコは違和感を持たずにはいられなかった。


「はン、インテリは理屈っぺえ話ばかりしたがるな」


 エマコの言葉を、ジョーはなんでもないことのようにふり捨てた。


「ところでよ、今度あんたらの護衛するときは、女房と子供たちを連れてきていいか?

 アルフ坊やも、友達を作らなくっちゃなるめえ」


「え、やめた方がいいんじゃない……?

 ……アルフはいい子だけど、ちっちゃい子同士だといさかいの起きることは避けられないでしょ。

 その場合、初手から人工筋肉の怪力と格闘アクトウェアによる致命的な暴力がご子息orご息女に……

 まあ誰がなんと言おうと、アルフはいい子だけどね。うん」


「そうなったらあんた共々ブッ殺すから安心しとけ。じゃ、そういうことで」


「正気? それとも家庭を崩壊させたいの? 離婚調停が泥沼だとか……」


「ファッキンちげえよ。家族ファミリーは何より大切だ。

 あんたと違って、アルフ坊やはいい奴だ。俺やあんたと殺し合わずに済んでんだし、他の相手ともそうだろうって話だよ。

 うちの子たちはいい子だしな」


「親の目で見ていい子だからって、ケンカしないってこともないと思うけど」


「ああ。ケンカして仲直りして大人になっていくものなのさ、みんな。だから何とかなる」


「はあ……野球部の糞ジョックは人間関係に楽天的ですね。あほみたいに。

 仲良くすりゃいいってもんじゃないでしょうに……」


「……よく俺がハイスクールで野球やってたってわかったな……なんでだ?」


「決めつけて適当に言っただけだよ。

 アメリカ人のジョックがやってそうなスポーツとなると、野球かバスケかアメフトってところだろうし。

 確率としてはじゃんけんに買った程度、いやもっと高いかな?」


「日常でそんなこと考えてんのか。キモいな」


「どうも。

 ……私はアルフと公園に来たのに、そもそもなんでおっさんとお喋りしてんだろ。あほらし……」


     †


「聞いてるだろうけど、ヴェラちゃんの情報は役に立ったよ、ありがとうね。

 あの護衛のおっさんは邪魔だったけど……」


 その日の夜。


 ホテルのバーから届けさせたノンアルコ―ルカクテルを手に、エマコはヴェラに言った。


「当然のことですから。……しかし、ジョーが何か粗相を?」


 ヴェラもカクテルを口にしつつ、エマコに応じる。 


「いやそういうわけじゃなく、そもそもアルフは滅茶苦茶強いから護衛なんていらないし、私も気を使うからいなくても良かったよ、ってこと。

 まあそう何人も誘拐を企てる人はいないだろうし、これっきりだから言っても意味のないことだけどね。

 ともあれあのおっさんに罰則とかは無用です」


「そうですか……私としては、ファミリーの者たちがあなたやアルフに慣れつつあるようで結構です。

 ところで、エマコ」


「うん、なあに?」


「連邦政府の代表者との会談に、アルフとイヴをお借りしてもよろしいですか?」


「私は反対するかどうかわからないから、本人たちが起きてるときに聞いてみて。

 けどなんで必要なの? 護衛?」


「それにはファミリーの者たちの方が適当です。アルフは勇敢ですが、護衛としては勇敢すぎますから」


「まあ、話し合いで済むところをアルフは殲滅戦にしかねないもんね」


「合衆国大統領が核の発射装置を持ち歩くように、私も戦略兵器たる竜を傍に置いておきたく思いまして。

 話し合いの相手は国務長官であって大統領ではありませんが、その代理として来るわけですし」


 かつてジュディアとアルフが、それぞれ攻め手と護衛役とをそれぞれ担ったとき。


 ヴェラの愛馬の死から、アルフの護衛に向かない無鉄砲さを思い知らされたジュディアが、それでも役目を交換しなかったのには理由がある。


 パトリックを自分に引き付けることもそうだが、ヴェラの傍に竜を置いておくためでもある。


 ヴェラの傍からアルフが離れぬ限り、アルフから離れぬ竜がヴェラから離れることはない。


 アルフでは、ジュディア自身が傍に侍るほどきめ細かな守りをもたらすことはできない。


 だが、想定外の大量戦力をぶつけられても、拮抗ないし上回ることができるとジュディアは考えた。


 事実、多くの者が命を落としたホテルの爆破からヴェラは命を拾うことができた。


 もしアルフを攻勢に回していたならば、最良の場合でもパトリックとヴェラの相討ちに終わっていただろう。


 かつてのジュディアの英断に感謝し、またそのやり方を踏襲しようと思い、ヴェラはアルフとイヴを会談に連れて行こうと考えたのだ。


「ああね、なるほど……。

 しかし、アルフとイヴちゃんが行くなら私も連れてってもらおうかな。心配だし。

 スーツ着てグラサンかけて君ん家の家紋のバッジをつけて、マフィアの皆さんの中にいたら、私だって護衛マフィアの1人に見えるでしょ?」


「それも面白そうですね。

 しかしエマコ、あなたがアルフのために御同行なさるなら、より適当な立場があると思いますよ?」

 


今日もプソイド・カライドをご覧くださりありがとうございます。


あらすじタイトルが変わりましたが、内容に変化はありません。今後ともプソイド・カライドをよろしくお願いいたします。


あとがきの最後までお読みくださりありがとうございます。

皆様に良きことのありますように。

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