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ニュー・ガバナー



 ヴェラの戦いはまだ続く。


 一区切りついたこととはいえ、敵の指導者を公開処刑し、ヴィペルメーラの勝利を世界に知らしめたにすぎないのだ。


 勝者の長として、なさねばならぬことは山積みだ。


「「「ご帰還をお喜び申し上げます、ドン・ヴィペルメーラ」」」


「出迎えご苦労です。とりあえず昼食を取りましょうか」


 本部ホテルに入ると、ヴェラは集まっていた各地の構成員たちと一堂に会し、顔合わせもかねて遅い昼食を取った。


 ヴィペルメーラ・マフィアたちの方では、ヴェラのことは重々見知っている。


 しかしヴェラの方で知っている相手の大半は、パーティー会場で爆殺されたか、この戦いで死んでしまったかのどちらかなのだ。


 ただ共に昼食を取って言葉を交わすだけではあるが、とても重要な儀式といえるだろう。


 その後、ホテルの最高グレードスイートルームで、1時間ほど仮眠を取った。


 シャワーを浴び、濃厚なエスプレッソを飲んで目を覚ました後、アフタヌーン・ドレスを着なおして放送を開始する。


「――こんにちは、ヴィペルメーラ・ファミリーの皆さん。

 この度の戦いはご苦労でした。未だ正確な戦果のほどははかりかねるところですが、皆さんの勇気に間違いはありません。

 それを讃え、わずかではありますが、とりあえずの贈り物をさせていただきます」


 言葉と共に、ヴェラは経理担当者に合図する。


 ファミリーの口座から数十億ドルを分割して、ヴィペルメーラ・マフィアたち各人の口座に1万ドルずつ送金した。


「一度だけ、作業の手を止めて入金を確かめることを許します。ですが、その後は元の作業に戻ってくださいね。

 勝利を完全なものとするためには、まだ、私たちは戦い続けねばならないのですから……!」


 マフィアたちに、そして自らに言い聞かせるようにヴェラはのたまったあと、挨拶をして放送を終える。


 もちろん、これは作業の嚆矢にすぎない。


 奪還したニューエデン州政府諸機関の連絡確認、憲法改正に向けた州臨時議会の招集。


 民間軍事会社M&G社への支払い、旧サウスカロライナ州政府代表との協議、連邦政府代表者との会合日時の再設定。


 前ニューエデン州知事ドン・パオロと戦死者たちの州葬の手配、戦功著しい者たちの顕彰。


 帰順した旧シャムロック派閥ニューエデン州兵たちの身元調査、捕虜尋問の進捗確認、接収資産の分配案検討。などなど。


 ただ決裁すればいいだけの案件から、現場に向かうべき作業まで。


 多種多様にして大量の、ドン・ヴィペルメーラとしての業務を、ヴェラはこなしていった。


 寝室と定めたスイートルームに戻ることになったのは、夜半をわずかに過ぎてからだ。


 明日も、同等かそれ以上の作業に忙殺されることだろう。


 ヴェラはゆっくりとホテルの廊下を歩み、苦労の予感に悩みながらも、ともあれ勝利を喜ぼうと思った。


「――お疲れ、ドン・ヴィペルメーラさん」


 無人のはずの廊下で、意外な声がかかる。


「あら、博士。起きていらしたんですの?」


 ヴェラはタンフォリオ拳銃を抜きかけ、エマコと気づくなり態度を軟化させた。


「起きてたっつーか、今起きたとこですね。

 夕飯食べて、日没ちょい後ぐらいにアルフやイヴちゃんと一緒に寝ちまってね。ちびっ子たちは朝までぐっすりコースだろうけど、私はもう目が覚めちゃって。

 婆さんだからなのか、それともここ数日の睡眠不足生活に体が慣れちまったのか……」


「なるほど、そういうことでしたか……アルフの具合はいかがでしょう?」


「完璧。

 生まれたての赤ちゃん並みにきれいな身体になったから、ドン・ヴィペルメーラさんにおかれましては、安心してお休みください」


「良かった。

 ……ところで博士、私の立場に御配慮いただけるのはありがたいことですけれど、常のようにお呼びくださってかまいませんよ」


「ん、そう?」


「ええ。ファミリーの者が傍にいるわけでもありませんし」


「わかったよ、ヴェラちゃん。

 その方が君が良く眠れるってんならそうするさ。寝ぼけて撃たれちゃコトだもね。

 そしてそういうことなら、私の方もエマコでいいよ」


「……わかりました、エマコ」


「じゃ、おやすみなさい、ヴェラちゃん。

 少しふらついたら私もベッドに戻るから、明日は朝ごはん一緒に食べようね。

 アルフが会いたがってたよ」


「ありがたいことです。では、おやすみなさい」


     †


「それでは失礼させていただきますね、アルフ、イヴ、エマコ」


 ホテルが提供したアメリカン・ブレックファーストを手早く片づけて、ヴェラは席を立った。


「はい、ヴェラ」


「ぎゃあ」


「行ってらっしゃい」


 かわいらしく手を振るアルフとイヴに少女らしい笑みを返し、ヴェラはドン・ヴィペルメーラのペルソナをまとって去っていった。


「……忙しそうだね。まあ当然だけど」


「今日もヴェラとは遊べないのかな?」


「まあ無理じゃないかな。だからアルフは私と遊ぼうね?」


「はい、エマコ」


「いい子いい子、アルフいい子……♡」


 アルフの頭部をなでながら、ふとエマコは思い出す。


「……今日は1月1日。ってことはお正月のはずだよね。

 ここがアメリカなのもあるし、そんな時局じゃないってのもあって、なんだかそんな感じはしないけど……」


「エマコ、〝お正月〟とは何ですか?」


「新年を祝う、日本とかアジアの国のお祭りだよ。アルフは初めてだよね?」


「うん。あと〝新年〟って?」


「……そっか、そっちも初めてだよね、アルフは。

 昨日まで古い年だったのが、今日から新しい年に変わったんだよ」


「?」


「……言われてみると、〝年〟って具体的に説明しづらいな。

 季節のセットが1巡りしたって言うにしても、昨日と今日じゃ何も変わってないもんね。

 とりあえず2048年が1つ進んで、2049年になったって覚えておいて」


「はい、エマコ」


「ともあれお正月はお正月だ。やることはそれなりにある。

 研究室はパアになったし、しばらく私の仕事もなさそうだし、伝統遊戯に一通り手を出すとかして、暇をつぶすとしましょうか……!」


「はい、エマコ」


「ぎゃあ」


     †


 年が明けて1週間。


 アルフたちは、冬期休暇を過ごす一般家庭の母子のように、なごやかでとりとめのない、そして回想したときにはかけがえのない思い出と変わる日々を暮らしている。


 ヴェラは異例の若さながら、改正済みの州憲法下で一応は合法的に、ニューエデン州知事に就任。


 せわしなく、執務に忙殺される日々を過ごす。


 今日のこの作業は重大事ながら、座ったままで可能なものだ。


 端末を操作して監視カメラ映像を次々に切り替え、シャムロック・ビルディング内部の様子を改める。


 特に異常を伝える報告は上がって来ていないが、手慰みに映像を眺めていた。


 ビルディング内部には、シャムロック・ギャングの残党たちが集められている。


 ギャングたちは、〝州知事からの講話を受けるため〟という名目でビルディング内部に集められている。


 情報通信技術の発達した時代にあって、わざわざ一堂に会さねばならない理由はない。


 あからさまに不審であるが、あえて意を唱えて、不服従という粛清への口実を与えることも憚られる。


 そういったわけで、多くのギャングたちはいやいやながら、ビルディングにやってきていた。


 内部はギャングたちで満たされ、ある意味で、往時の繁栄を想起させる状況だった。


『――シャムロックの友人たち。今日は良くぞ集まってくれました』


 ヴェラの声が、ビルディング内部に響く。


 他に注意すべきものもないギャングたちは、一応ヴェラの言葉に聞き入る。


『先の不幸な戦いで、多くの者が犠牲になりました。私はそれを悼みます。

 特に<オテル・パラッツォ>の爆破によって失われた、我がファミリーの幹部たち。

 彼らの殉教は、実にいたましいものです。実利上も、精神的にも。

 よって、あなたがたを同様の方法で殺害することで、私はそれに報いようと思います。

 それでは、さようなら』


 ヴェラは放送を打ち切る。


「――天にまします我らの父よ。ねがわくは御名をあがめさせたまえ」


 そして卓上に置かれた起爆スイッチに認証鍵を差し込み、祈りの言葉と共に回す。


 ヴェラの声紋と認証鍵のコードが認証され、爆破命令を伝達。


 シャムロック・ビルディング内部の要所に仕掛けられた爆薬が起動。


 轟音と共にビルディングは爆破解体。


 パトリックの野心の象徴は、ペントハウスも執務室も何もかも、一瞬のうちに瓦礫の山と消え果た。


 内部に集められたギャングたちも同様だ。


 彼らに出来た抵抗と言えば、ほんの十数秒わめきたてるか、死に方をビルの窓からの転落死に変更するばかり。


 現地の映像を確認して、シャムロックの犠牲者数がヴィペルメーラの3倍近くになったことを感じ取り、ヴェラは一息ついた。


「……ゴミ処理のほどお疲れさまでございます、ドン・ヴィペルメーラ」


 傍らのニコラスが、ヴェラに声をかける。


「ええ、どうも。

 ――これで内政については一区切り。次は交渉ですね」


 偉大な父にも、父を殺したパトリックにも、為すことの叶わなかった務めがヴェラを待っている。


 アメリカ合衆国連邦政府が座すワシントンD.C.


 そのNo.2である、アイシャ国務長官との会談だ。



今日も「プソイド・カライド」をご覧くださりありがとうございます。


皆様に良きことのございますように。

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