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ア・ライ・ネヴァー・ダイズ



「お疲れさまです、ミスター・オセロヨトゥル。じきに医療班が来ますが、まずは応急手当てを致します」


 スペイン語でねぎらう声。


 屋上に現れたのは、屈強な女だ。


 四十歳前後のヒスパニック系で、ポニーテールにした長い黒髪にパンツスーツ。


 対物ライフルを肩に吊り、人を運べそうな大型鞄を左手に携える。


「かたじけない。だが結構。既にこの通りゆえ」


 脇腹のナイフを引き抜き、オセロヨトゥルはナワトル語訛りのスペイン語で応じる。


 傷口は消えていた。

 これも祭政帝国の呪術ナウアロトゥルの力だ。


 クァクァウティンたちは心臓を傷つけられぬ限り、殺されることはない。


「ところで〝竜〟のことだが。約束通り、我らが戴く。異論はあるまいな?」


「もちろん。

 ヴィペルメーラ・ファミリーにとっては、シャムロックから竜が取り除かれるだけで十分なのです。

 何より『今後とも、貴国とは良きパートナーでありたい』というのがドンの方針です」


「結構。我らとても、御身らとのつながりは有益であるゆえ、良しなにしていきたく思う」


 縛られた童女を担ぐために、オセロヨトゥルは身をかがめる。


 ポニーテールの屈強な女に背を向けて。


 銃声。


 女が巨大な鞄の中に隠し持った大口径拳銃からの発砲だ。


 鞄の側面を貫通して放たれた銃弾は、オセロヨトゥルの背面に命中。


 隆々たる筋骨を穿ち、心臓をも破壊した!


 ついに鷲の戦士クァクァウティンは全滅した。


「!」


 息もつかず、屈強な女は急いで鞄を探る。


 手早く取り出した軍用医療キットを手に、串刺しとなったアルフに駆け寄る。


「ぎゃあ……」


 クァクァウティンの全滅に伴い、イヴを呪縛する縄がゆるむ。


「にぇえ!」


 意識を取り戻したイヴは、瀕死のアルフに気づくなり叫んだ。


「心配でしょう。が、彼は助けます。あなたの友達なら」


 急速輸血パックをアルフに繋ぎつつ、女は言う。


 嘘はない。

 アルフは生きている。


 脳への酸素供給が絶えれば、人は死ぬ。


 逆に言えば脳に酸素が運ばれる限り、蘇生の可能性がある。


 心臓を槍で貫かれたとしても。


 現代では、脳以外の体組織は万能細胞による再建が可能だ。


 正確には脳も再建可能だ。

 しかし、人格を再生することはできない。


 もし万能細胞で脳を作ったとしても、同じ遺伝子を持つだけの別物となる。


 元の人物と、同年齢の一卵性双生児の脳のような。


 人格を再生し得るほどに精密な再建は、ヒト脳の複雑性ゆえに今なお未達成だ。


 〝複雑性の低い生物の脳〟

 あるいは

 〝ヒト科でも出生直後の脳〟ならば、手間をかければ再建可能である、とする学説もある。


 だがそもそも、万能細胞は倫理的に問題のある技術だ。


 特に〝アブラハムの宗教〟が主流派の国々において、


『独立した一個人に成長し得る受精卵を犠牲とする、人肉食めいた人間性への冒涜』

 とされている。


 脳の再建は、さらに〝死者の復活〟といった哲学・宗教的問題さえ招きかねない。


 結果、脳の再建技術の研究は盛んではない。


 北米では〝悪の楽園〟たるニューエデンでのみ、細々と行われているばかりだ。


 輸血を始めるなり、アルフの胸の傷口から血が噴出する。


 屈強な女は生体スポンジ注射を行う。

 人工的に合成された疑似生体組織で、傷口を手早く埋める。


 輸血を続けつつ石槍を引き抜き、さらに生体スポンジで止血。


 胸の傷をふさぎ終えると、右足にかかる。


「ね、血が止まったでしょう? 彼は助かります。ご安心を」


「……ぎゃあ」


 右足の傷をふさぎ終える前に、医療班が到着。


「後はお任せください、コンシリエーラ」

「うむ。よろしく頼む」


 医療班はアルフをストレッチャーに乗せ、救急搬送する。


「ぎゃあ……」


 イヴはストレッチャーに取りつく。


「あ、ちょっ」


「好きにさせろ」


 引きはがそうとする救命医に、屈強な女は顎でしゃくって指図する。


「承知いたしました」


 命令に従い、医療班はアルフとイヴを連れて去る。


 女もここを去るつもりだ。


 だが時間が空いた。


 事態の概略を、最愛の主人へ伝えておくことにした。


 女は端末を取り出し、経路匿名化アプリを噛ませて発信。

 通話を行う。


「――もしもし。私です。済みました。結果としては予定通りです。経緯はやや複雑ですが」


『そう。ごめんなさいね、ジュディア。〝恩を売るための二重裏切〟なんてさせてしまって』



本日も『プソイド・カライド』をお読みくださり、ありがとうございます。


読者諸賢および関係各位の皆さま、そして僕にも、いいことのありますように。

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