フェイタル・フェアリー
円形闘技場。
一方のゲートが開き、金髪の少年が現れる。
黄金比の均整を誇る身体は半ば露。身に着けているのは、膝丈のズボンとサンダル、そして一振りのレイピアのみ。
もう一方のゲートからは、ライオンが七頭。薬物による狂った怒りが、獣の目を光らせる。
両者が、闘技場の中央付近によったところで、ファンファーレが高らかに鳴り響く。
調教通りにライオンが咆哮!
「――!」
直後、少年は走り出す。華美な拵えのレイピアを抜き放って!
左右から、それぞれライオンが飛びかかる。
怯えて速度や方角に迷いが生じれば、必殺の爪の餌食となるだろう。
猛進することで少年は回避。ライオンの群れの内、中央の一頭を刺殺する!
流れそのまま、鼻面を蹴って跳躍。少年を押しつぶさんとするライオンたちの爪牙から離脱する。
空中にてレイピアを閃かせ、一本の前足を斬り飛ばしながら。
「!」
「ファック!」
「いいぞ!」
ある観客は歓声を! またあるものはブーイングを!
晴れがましき少年の活躍に期待する者、獣が幼き肉体を引き裂くさまを求める者、それぞれの反応を示した。
そして誰もが暗示をすりこまれる。
闘技場全周に設えられたAI統御プロジェクターが、場内のあちこちにイメージを明滅させている。
サブリミナル式AR広告だ。
『!!!Too Tasty!!!』
『!!!STRONG ∞ STRONG!!!』
『FX with !!!BILLIONS JACKPOT!!!』
観客席からの視線を自動検知して、最も効果的な場所にファーストフード、アルコール飲料、レクリエーションドラッグ、高射幸性金融商品などのイメージを一瞬だけ投影。識閾下から消費欲を煽り立てる。
飛び掛かるライオンの下方を、少年は潜り抜ける。
すり抜けざまに喉を突き、深手を負わせながら。
到達点にいた一頭を、さらに刺殺!
淡いパステルグリーンの床に、血痕の花を咲かせていく。
鮮血が観客を興奮させ、同時にサブリミナル広告の的となる。
場内を飛び回りつつ、少年はライオンを次々に屠ってゆく。
一頭を残すばかりとなったとき、試合管制AIはレイピアに信号を発信。
遠隔で柄ユニットを操作。刀身を脱落させる。
片足を切り落とされたライオンと同程度に、少年の戦力を下方修正した。
猛進するライオンに、少年は刃を失くしたレイピアの柄を投げつける。
無論、気休めにもなりはしない。
ライオンの突進に、少年はなすすべもなく押し倒される。
爪が美しき肌を裂き、人間の血を流させる。
サブリミナルARが明滅し、観客の叫びも高まる。
ライオンはそれらに頓着せず、少年の喉を噛み裂きにかかる。
こうなっては人間は野生動物に抗えない。
筋骨たくましき偉丈夫とても、ただ死にゆくばかり。
しかし。
少年の身体は常人のものと少し違っている。彼の身には、少年のものとしても、成人男性と比してもなお優る怪力が備わっている。
そしてライオンは片足を失っており、獲物を抑える力は十全とはいえない。
少年は空いた手を突き出し、ライオンの眼を突く。
細く美しき手指は眼窩を貫通。脳をかき回し、運動野をも破壊する!
片目から血と脳漿が噴出。ライオンの捕食行動が中断される。
少年はライオンの死骸を脇に除け、立ち上がる。ライオンと自身の血にまみれ、肩口にはうすく歯形がついていた。
「アルフ・ザ・フェアリィプリンス! 薬物投与ライオン七頭に! 大勝ー利ィ!」
実況音声が叫ぶ。
「――!」
同時に、観客はあっとどよめいた。
アルフと呼ばれた少年は、観客席に向けて手を振る。いつものように。
鮮やかな殺戮の手管と比べ、手の振り方はどこかぎこちない。乏しい表情もあって、赤子が、意味も分からず大人の真似をしているかのような印象を与える。
しかし、だからこそ。観客は熱狂しているともいえた。
輝く金髪。海より青き両の瞳。完全な均整の肢体。およそ、少年の身に現れうる最上の美。
これに人間味の薄い動作が加われば、いやでもただならぬ印象を与える。
今日も少年の勝利を讃えて、熱狂した観客は思い思いのモノを闘技場に投げ入れる。
花束や袋菓子や貨幣など、さまざまなものが宙を舞う。
それらの中に、アルフはシシカバブを見つけた。
見るより早く走り出し、空中で串をつかむ。着地と同時にかじりだす。運動の直後なのでお腹がすいていた。
歓声と笑い声。少年の無心の振る舞いに、観客席は和やいだ。
シシカバブをかじりながら、アルフはゲートに向かって歩いていく。
退場すると、闘士控室で私服に着替える。
今日の、そして今年の出場はおしまいだ。帰るとしよう。
アルフは闘技場の外へ出る。
後書きまでお目通しくださり、ありがとうございます。
読者諸賢にも、アルフくんのファンになってもらえたらいいですね。